師匠の料理
「で、何を頼むんだ?」
「俺はいつものだ」
「はいよ、で、嬢ちゃんはどうする?一応メニュー表はあるが」
「えっと、でしたら私もアビトと同じもので」
「はいよ〜」
二人はカウンター席に座った。
店内は外観からは想像できないほど綺麗だった。
ただ、客は誰もいないが……
「んじゃま、アビトがここを出てからの話を聞かせてもらおうか。料理が出来るまではまだ時間がかかるしな」
「……嫌だと言ったら?」
「嫌というか、めんどくさいだけだろ?」
「……」
「お前、人と話すのは昔から嫌いだったからなぁ」
「え?そうなの?城では楽しそうに話しているのに」
ルミアはアビトの新事実に驚いた。
「ん?そうなのか?心変わりでもしたのか?」
「うるせぇよ。俺は別に人と話すのが嫌いなわけじゃない。ただ必要最低限しか喋らないだけだ」
「よく言うぜ、お前と仲がいいやつとは結構喋ってるの知ってんだぜ?」
「そうよ、城でもよく喋ってるじゃない。まぁ、確かに、周りと比べたら口数が少ないかもしれないけど」
「ほら、嬢ちゃんもそう言ってんだろ?」
「ほらほら、喋っちゃいなさいよ〜お城でどんな生活をしてたのかさぁ」
「……この二人を合わせたのは間違いだったのかもしれない……」
アビトは嫌そうな顔をしながらそう呟いた。
「まだ嫌そうな顔をしているだけマシだろ?お前が本当に嫌な奴はまず相手にすらしないからな」
「……」
「無言、つまり肯定ってことね」
「……余計なことを覚えやがった」
「ふふ、さっきの仕返しよ」
「で、どんな生活してたんだよ?」
「……はぁ」
渋々ながら、料理が出来るまでの間、アビトは魔大陸であったことを話した。
合間合間に、ルミアが付け足すような感じで。
料理が完成する頃には、ルミアとアビトの師匠との間によそよそしい感じは無くなっていた。
「はいお待ち!レッドドラゴンの丸焼きだ!」
丸焼きと言いながらも、食べれる部位しかないのだが。
「へぇ、ドラゴンのお肉ねぇ〜」
「あれ?あまり驚かないんだな」
「えぇ、あっちではドラゴンを食べることも珍しくないからね」
「へぇ〜覚えておこうか」
「いや、んなわけねぇだろ。魔大陸でもドラゴンを食べれるのはお前みたいなやつだけだ。普通はんなもん一生に一度食べるか食べないかってもんだよ」
「え?そうなの!?」
「いや、箱入り娘かよ……」
「ふむ、なるほどな、だがまぁ、こっちじゃ一生に一度食べれるかって感じだがな!」
「そ、そんなのね……ドラゴンのお肉ってそんなに珍しのね……」
「そりゃそうだ。まず、食べれる部位があるドラゴンと何も食べれるところがないドラゴンがいるからな。それに、ドラゴン自体が基本的に珍しい。まして、ここは魔大陸じゃないからな。比較的魔物の数も少ないからな」
「いや、アビト。それ以外にもあるだろ。例えば、ドラゴンを討伐するほどの実力者が少ないとか。」
「え?そ、それならモーガンさんはどうやってこのお肉を……」
モーガンというのは、アビトの師匠のことだ。
「別に呼び捨てで構わねぇよ。それと、肉のことだな。それは俺が直々に討伐しているからな!」
「え?いや、いまさっき……あっ」
「そういうこった!俺は魔王とやり合ったこともあるんだぜ?ましてや、その魔王を倒した勇者の師匠だ。ドラゴンごときにやられやしないってこった!」
「な、なるほど……」
二人の会話をアビトは疑い深い目で見ていた。
その視線に気づいたモーガンがアビトに話しかける。
「なんだよ、その視線は。なんか文句でもあんのか?」
「いや、嘘をつくのが下手くそだなぁと思って」
「え?嘘?」
「……ガハハハ!やはりお前はさすがだな!よく分かったじゃねぇか!その通り!だが、どこが嘘だと思うんだ?」
そう言われたアビトはモーガンの左手を指さした。
「師匠は左利きだ。なのに料理をしている時に使っていた手は右手だった。そして今、皿を渡す時も左手には相当力を入れてたよな?というか、俺が師匠から見て左側に座った時にも凄い嫌そうな顔をしてたしな。まぁ、俺にその事をバレてしまうと思ったんだろ?左手に怪我を負ったことを」
アビトはそう言った。
それに対してモーガンは……
「ガハハハ!その通りだぜ!全く持ってその通りだ!やっぱお前のその油断ならない視線にゃかなわんな!」
「言っとけ」
モーガンは大きく笑いながらそういう。そしてアビトも慣れたようにそう答える。
だが一人、ルミアはそんな様子を見て……
「だ、大丈夫なんですか?」
「おう!重いものを持ったりすると、というか、左手に何か当たると痛いが、まぁ、我慢できる痛みだ!」
それはモーガンにとって、我慢できるだけであって、常人からするとその痛みはかなりのものなのだが……
「いや、それ大丈夫じゃないですよ!」
「ん?そうなのか?」
「あぁ、少なくとも、普通の人からすれば大丈夫じゃないだろうな」
「うーむ、まぁ、大丈夫だろ!」
「ダメですよ!ほら、左手を見せてください!すぐ治しますから!」
心配しているルミアはモーガンにそう言った。
「あぁ、それは無理だな」
「え?ど、どうして!」
「そりゃ、もう治らねぇからなぁ」
「え……」
ルミアはそう言われて何も言えなくなる。
この世界には回復できないものがいくつかある。例えば古傷や欠損だ。
傷を負ってから時間が経ったものは基本的に回復が出来ないのだ。まぁ、ルミアのような魔力の持ち主が回復魔法をかけると治ることがあるのだが……
そして欠損の場合は、時間があまり経っていなければ、失った部位を繋げて、回復させれば一応元に戻るが、欠損する場合は基本的に、魔物に噛みちぎられることが多い。そうなると、失った部分は魔物の口の中のため、回復ができない。これもルミアのような魔力を沢山持っている者に限られるが、欠損した部分がなくとも、時間があまり経っていなければ、回復させることが可能な者もいる。ごく少数だが……
そして病気。これは薬草で治せるが、魔法では不可能だ。
他にも、死んだ者を蘇らせることは不可能だ。
一度魂が消えてしまえばそれで終わり。
だが、基本的にはそれくらいだ。
それ以外のことならば、大抵は回復出来る。
火傷だろうが、切り傷だろうが、毒だろうが、回復魔法をかければ基本的に治る。
強力すぎる毒にはそれ相応の魔力が必要になってくるが……
なので、今のルミアは基本的になんでも治すことが出来る。
だが、それが出来ないということは……
「……呪い……ですか?」
「あぁ、そういうことだろうなぁ」
「……」
そう、呪いの場合も治すことが不可能だ。
いや、少し語弊があるかもしれない。
治すことが不可能なだけで、マシにすることは出来る。完治することが出来ないのだ。
呪いを完全に消すには、術者が呪いを解くか、術者を殺す、もしくはその呪いになんらかの対抗をして、効果を打ち消すしかないのだ。
「この呪いは見た感じだと、' 対象の力を感知する度に痛みを与える 'って感じだな」
本当は、痛みではなく激痛なのだが……
「それに、この呪いをかけたのは俺の知り合いの誰かだな。そうでもないと俺の利き腕を知ってるやつはいねぇからな」
モーガンはこの大陸ではそこそこの有名人だ。そのため、戦うことも多かったので、あまり相手に情報を与えないためにも、そういうことを上手く隠していたのだ。
「だが、現に左手は呪われている、と」
「あぁ、もしかしてお前か?」
「んなわけねぇだろ」
「だよなぁ〜第一、アビトにそんなことをする理由がねぇしな」
「あぁ。たとえ師匠が昔、稽古の一環だ、とか言って俺をボッコボコにしてたり、たとえ師匠が戦闘中に俺のことを急に攻撃してきて、油断するな!味方が敵ってこともありえるからな!とか言ってきたり、ほかにもーー」
「よーし分かった!お前を疑ったことは謝るからそれ以上俺の悪口を言うのはやめてもらおうか!」
「モーガンさん……」
「おい!アビトのせいで嬢ちゃんにやばい人を見る目で見られたじゃねぇか!」
「仕方ねぇだろ?事実なんだし。てか、久しぶりに食べたけどやっぱ美味いな」
「呑気に食べてんじゃねぇよ!」
アビトはモーガンのことを全く気にしてないように、お肉を食べる。
「そうよ。いくらなんでも今食べるのはさすがにどうかと思うわよ!」
さすがにこの空気の中、お肉を食べるのは良くないとルミアがアビトに注意する。
「ありがとな嬢ちゃん、でも、嬢ちゃんも涎を垂らしながら言ったら説得力ないぜ?」
「こ、これはその……美味しそうだっからつい……」
「ガハハハ!そいつぁ嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか!まっ、俺のことはいいから、嬢ちゃんも食べなっ冷めちまったら美味しくなくなるぞ?」
「そ、それじゃ、いただきます」
「おう」
「師匠の料理は冷えても…もぐもぐ」
アビトは食べがら親指を立てた。
「おう、冷めても美味しいって言ってくれんのは嬉しいが、その親指を立てる動作がなければ何言ってるか分からんがな」
「うわ!本当に美味しい!」
「見た目詐欺だと思ってたんのか?」
「い、いや……その……」
ルミアはそう思ってたが、事実を言えるわけがなかった。
だって、仕方ないじゃない、目の前の人、とても料理が上手そうには見えないんだもの。
そう心の中で言い訳をした。
「ガハハハ!まぁ慣れてるからいいってことよ!こいつなんか、初めは全く俺の料理を食べてくれなかったからな!」
「こんないかついやつが作る料理が美味しいと思うやつなんて、そうそういねぇよ」
アビトは隠さず、思ったことを口にした。
「ったく、可愛げのない弟子だなぁ」
「どうも」
「褒めてねぇよ」
「ふふ」
そんな感じで最初は少し暗い雰囲気にもなったが、モーガンの料理を堪能することが出来たのであった。
「で、心当たりはないのか?」
レッドドラゴンを堪能してから少ししたあたりで、アビトはモーガンにそう尋ねた。
「いや、俺には全くねぇな。というか、こうなったのは一ヶ月くらい前だからなぁ、よく覚えてねぇわ」
「なるほど」
「それに、少なくとも1年近くは表舞台に立ってねぇからなぁ、今頃過ぎやしないか?」
そう、モーガンが邪魔だとするのならば、少なくともそれ以前に呪いをかけるはずだ。なのに、呪いの症状が出たのは一ヶ月前。遅すぎるのだ。
「そうなんだよなぁ、もしこの店を潰そうって思うのなら、それこそ放っておけば勝手に潰れるだろうしなぁ」
「おい、今、客が来ねぇって言ったか?」
「なら、また別の理由か?」
「無視しやがったよ……」
アビトはモーガンのことを無視しながら考える。
「……とりあえず、左手を見せて貰えませんか?」
「ん?まぁ、別にいいが」
ルミアにそう言われ、モーガンは左手を見せた。
「……確かに、この感じは呪いですね」
ルミアは人目見ただけで呪いだと分かった。次期魔王の力は伊達じゃないのだ。
だが……
「見たことない感じです……」
「俺も同意見だ。こんな呪いがあったなんて知らなかったぜ。アビトはどう思う?」
「そうだ……な……」
モーガンにそう言われ、アビトも呪いの部分を見たが、それと同時に言葉を失った。
「ん?どうしたの?」
「もしかして何か当たったか?トイレならすぐそこにーー」
「違ぇよ。というか、なんでもない」
「なんでもないわけないでしょ。私もモーガンさんもアビトの様子が変わったから聞いたのよ?」
「そうだぞ?具体的にいえば、俺の左手を見た瞬間にな」
モーガンもモーガンで、意地の悪いところがある。
「……はぁ」
アビトは面倒だなぁと思った。
「……言った方がいいのか?」
「えぇ」
「俺もどうしてこうなったかくらいは知りたいな」
「……分かった。俺が知ってる限りで話そう」
「頼む」
そしてアビトは話し始めた。
「まず、この呪いをかけた犯人だが、それは、神様だ」
アビトは一番にそう話したのだった。
神様登場!