理由
「ちょっと!急にどうしたのよ!出発は明日じゃなかったの!」
ミレウスが魔王城に到着したタイミングで、入れ替わるようにして人間達の大陸に連れてこられたルミアはまず初めにそう言った。
「すまない。少し面倒なことになりそうだったんでな」
アビトはそうルミアに答えたが、もちろん、そんなことでルミアが許すわけもなかった。
「何よ、面倒なことって。その面倒なことがちっぽけな事だったら、さすがに私も怒るわよ?」
「…」
アビトは迷った。ここで神の一人であるミレウスが来たことを話してもいいのかと。
しかし、無言になったことで、ルミアを余計に腹立たせてしまうことになった。
「…私にも言えないようなことなの?最近ずっと私といたくせに?」
「うっ…」
そう言われると弱い。
アビトはココ最近、何かがあると、上手く理由を付け、ルミアについてきていた。
たとえルミアが断ったとしてもだ。
そんな相手にそう言われるとあまり強くものを言えなくなってしまう。
「…はぁ……本当のことを話すしかないか…」
そしてアビトが折れた。
「ふふん、それでいいのよ。で、その面倒なことって何かしら?」
「あぁ、魔王城に神様がやってきた」
「………………………………………は?」
かなりの間、二人の間にはなんの音もない静寂の時間が流れた。
そしてやっと絞り出した言葉もそれであった。
「つ、つまり、神様が魔王城にやってきたから、そこから逃げたって訳?」
「いや、逃げた訳では無い」
「ならどうしてこんなに急いでいたのよ?」
「……それについて話すとなると、色々と話さなければならなくなるんだが…」
なぜ神様から逃げるようにして離れたのか?
それは厄介事に巻き込まれると判断したからだ。
なぜそう判断したのか?
自分は邪神を倒した時に、色々と神様連中に目をつけられることをしたからだ。
邪神って何?
そう掛け合いになることを先に予測したアビトはどう説明したものかと悩んだ。
「いいじゃない。私はアビトの昔の話とか聞きたいし」
「……聞いて得するようなものじゃないと思うが…」
「前にそう前置きして話したのはアビトが人間達に裏切られる話だったわよね。なら、今回はどんな話が出てくるのかしらね?」
「…」
もう聞く気満々のルミアを前に、アビトは困った。
アビトは正直言うと、勇者と呼ばれていた時の話も含め、邪神と戦い、神達に攻撃されたことをあまり思い出したくないのだ。
思い出してしまうと、自分はなんのために生きているのかが分からなくなってしまうからだ。
今は元仲間などに復讐をしようと思ってはいるが、神達については、それすらの気持ちも湧かないのだ。
なんだ、神と言えど、こんなものなのか。と思う程度だ。そして自分はそんな奴らによって生み出されたのかと思うと、自分が虚しくなるだけだった。
なので、その話は魔族の大陸に来た時にも話していない。
かと言って、このまま話さないわけにもいかないだろう。
アビトはそう考え、ルミアに神界で起こったことを話すことにした。
「…俺は邪神を倒した」
そしてアビトによる邪神討伐の話が始まった。
「何よそれっ!人間だけでなく、神様達もアビトのことをそんなふうに扱ったの!?世界の救世主なのに?」
話を聴き終わったルミアは怒っていた。
「あぁ、この世界に戻ってからも何度か俺を殺しに来てたな。まぁ、何回目か忘れたが、さすがに面倒になったから、俺の存在を気づかれないようにしたがな」
だから今になって、最高神が復活し、俺のことを改めて狙い始めたんじゃないか、とアビトは後に続けた。
「アビトは二度もそんなことを経験していたのね……アビトって、どうしてそこまで報われないの?」
「俺が聞きたい」
ルミアはアビトに向けて、可哀想な人を見る目で見つめた。
「まぁ、アビトが私を急いで連れていったことは分かったわ。でもそれって、魔王城の方がまずくないかしら?」
「どうしてそう思う?」
「だって、神様達はアビトを殺そうとしてるんでしょ?なら、その人質に魔王城の誰かを捕まえるかもしれないでしょ?」
「あぁ、それなら大丈夫だ。まず第一に、俺が魔王城にいることがバレても、お前以外に人質に取るようなやつはいないだろ。魔王城の連中ならともかく、ほかの魔族たちで俺が四天王とも仲良くしているのを知っているやつはほとんどいない」
「あっ、言われてみれば、確かにそうね。でも、第一にってことは、それ以外にも理由があるの?」
「あぁ、というか、正直こっちの理由の方が大きい」
「聞かせてくれるかしら」
「あぁ、神達は特別な理由がない限り、人間などの生き物を殺すことは出来ないんだ。なぜなら…」
神は全ての生き物達を作り出した存在である。しかしその存在がなんの理由もなしに生き物を殺してしまえば、それは頂点に立つ神としては禁忌にあたる。なので、それはできない。
事実、その禁忌を犯そうとしていた邪神は神達によって倒される算段が立っていたからだ。
まぁ、邪神に隠れられて、どこにいるか分からない時にアビトが最高神に隠れていた邪神を倒したのだが…
「ふ〜ん、つまり、魔王城の誰かが人質にされたり殺されたりすることはないって事ね」
「あぁ、だからお前は心配する必要は無い。最悪、神であろうと殺すだけだしな」
「……アビトならそれが出来るものね……邪神をも倒すくらいだしね……」
ルミアは疲れたような顔でそう言った。
もしここにロシェアがいたら、ルミア様も大概ですよ、と言ったに違いない。
「それにしても…神様も暇なのかしらね?世界を救った救世主を殺しにくるなんて」
「……もっと他にあるべきことがあるだろうに…」
アビトは世界を回っていたため、この世界のことを色々と知っている。
その中でも、暗い世界があることも知っていて、その世界の子供たちは大人になることすら難しく、なったとしても奴隷として使い古され、死ぬのがオチだ。
アビトは自分のことを殺しにくる暇があれば、救える命を救えと思った。
「…なんだか酷い顔をしているわよ?大丈夫?」
その事を考えていると、自然に顔に出てしまっていたのか、ルミアにそう言われたアビトは…
「あぁ、問題ない。ただ……先に言っておくか。ルミア、この世界はお前の思っているような綺麗なものじゃない。表もあれば裏もある。魔族たちと違い、こっちの大陸にはそれがある。獣人なんかは特にそれが酷い。だから……」
「分かっているわよ。それを見るため、知るためにここに来たのよ。まさかこんな急に来ることになるなんて思ってなかったけどね」
「…」
「まっ、必要なものはまた時間のある時に取りに戻ればいいわよ。アビトならそれくらいすぐでしょ?」
「…もちろんだ」
「なら、お願いするわね。私だと一回の往復で魔力がほとんど無くなっちゃうからね」
「あぁ」
「でも!ちゃんと私を連れていくこと!これは絶対ね!勝手に私の部屋に入って、物を持ってくるとかはしないでね!絶対よ!」
ルミアは勝手に、自分の服などを持ってこられるのはさすがに嫌だった。
そりゃそうだ。女の子だもの。
が、アビトはそういうことには無関心そうなので、念の為にルミアは釘を刺したのだ。
「…もちろんだ」
事実、時間がある時にぱぱっと行ってしまうつもりでいたアビトはそう言われて少し動揺していた。
「…まぁいいわ。それよりも早く行きましょ。ずっとこんな所で話しているわけにも行かないでしょ?」
そう、アビトとルミアが転移したのはとある街の近くの平原だった。
こんなところにいては、そのうち魔物が来たり、冒険者などがここを通ったりする。なので変に思われないように、一度街に向かった方が良かったのだ。
「そうだな。では行こうか」
「うん!」
アビトは久しぶりの人間の街に対して戻ってきてしまっまたという気持ちで…
ルミアは人間の街がどのような所か、早く知りたい気持ちで…
二人は街に向かって歩き始めた。
「そうなんですか!?」
「えぇ、もしかして知らなかったの?」
「は、初耳ですよ!そんなの!」
とある魔族のお店でミレウスはほとんど人間と見た目の変わらない種族の魔族、ヒューマン族の親子に話を聞いていた。
ついでに、このヒューマン族の名前がついたのは、その魔族が人間に見えるからである。もう少し違う名前はなかったのかと思った人間や魔族はこの世界の人口の約9割にも上ると言う。
閑話休題
ミレウスはその親子から色々話を聞き、最後に聞いた、勇者様は魔王城に住んでいるという情報を手に入れ、魔王城で嘘をつかれたことをやっと気づいたのだった。
「ここにいる魔族たちならみんな知ってますよ?」
「うんうん!僕も知ってるもん!」
「そ、そんなぁ……」
ミレウスは思った。どうしてそれをみんなは言ってくれなかったのだろうか、と。
「も、もしかして、それほどまでに警戒を…?」
「「?」」
小さくそう呟いたミレウスは少し多めのチップをそのヒューマン族の女性に渡し…
「魔王城に行ってきます!いいお話、ありがとうございました!」
「え?ちょ、ちょっと!……行っちゃった…でも、こんな量のお金なんて貰えないわよ…」
女性の話を聞かず、すぐに魔王城に向かって走っていった。
「…今度あったら返さないといけないわね〜」
魔族は基本的に、人間達とは違い、お金にあまり関心がないため、ミレウスに次あった時、お金を返すことを決めた。
魔族はほとんどの種族が人間よりも長命のため、お金が全てじゃないことをよく知っているのだ。なので、関心がないのだが、まだ若いその女性の息子はと言うと…
「わぁーい!いっぱいお金をくれてよかったね!ママ!」
「ふふふ、そうね〜でも、人生はそれ以外にも大切なものがあるのよ、それを忘れちゃダメよ?」
「そうなの?分かったよ!」
「いい子ね。それじゃ、そろそろお家に帰りましょうか」
ミレウスがお店を飛び出していった数分後にその親子もそのお店を出ていったのであった。
次は人間の街に入りまーす!