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六道  作者: 吉川 凌
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霊性


「この部屋で変な音や、視線などを感じることがある。そうですね?瀬良さん」


「はい、その通りです。この部屋で何かの気配を感じるんです。その正体を知りたいんです」


この時が、「拝み屋」榊 清司と僕の初めての出会いだった。



このアパートに越して来て、早一ヵ月。

奇妙な音と視線は日に日に強くなるばかりだ。

大学からアクセスが良く、家賃の安いアパートはここしかない。

向かいの通りは人気が少なく、閑散としている。


「家賃は3万以内でお願いします!!間取りはこだわってません。あっ、あと大学から近い所で探してください」


僕が不動産屋に出した条件はたったこれだけだった。その中で案内されたのが、今住んでいるこのアパートだ。建物自体は古びておらず、築7年程のアパートだった。外壁の塗装や清掃も行き届いている。

室内も綺麗に清掃され、シンクも輝いている。何故このアパートに空き部屋があるのか不思議に思うくらいだった。そう、住み始めるまでは。


初めて奇妙な音を聞いたのは、住み始めてから2日目のこと。最初は、フローリングが軋む「ギィギィ」という音だった。やがて、天井の端から「パキッ」という乾いた音もするようになった。

当初は些細な音だったため、僕もさほど気にしなかった。

しかし、その音は日に日に大きくなり、床から天井、天井から床へと、まるで何かが這い回るかのように上下に伝うようになった。

意識をそこに向けたくなくても、音が耳の奥へと伝ってくる。眠る場所を変えても、耳栓をしても全く効果がなかった。

それは、頭へと直接伝わってくるような音だった。僕の部屋を這い回る「何か」はやがて室内を引っ掻くようになった。

戸や壁、床に爪を立て、ガリガリと引っ掻いている。ふと何故このアパートの部屋は格安だったのか、察しがついた。この「何か」が出るからだ。

不動産の従業員は何も言わなかったが、どうやらいわく付きの物件なのかもしれない。

僕はこうした得体の知れない何かに対して、不思議と冷静でいられた。怖くないのだ。恐怖心が全く湧いてこない。

僕の中に生まれたのはただの「好奇心」だった。この部屋の「何か」の正体を明らかにしたい。その為には何をすれば良いだろうか。

あまり使っていなかったタブレットを引っ張り出し、見えない何かに関して色々と調べた。そこで目に留まったのが、「拝み屋 六道庵」というサイトだった。

そのサイトには「榊 清司」と名乗る胡散臭そうな男が載っていた。端正な顔だが、無精髭のくたびれた感じの男だ。

料金は「現地直収」としか書かれておらず、詳細もよく分からない。

ただ、レビューだけはやたらと良い。皆、この榊という男のことを絶賛していた。カスタマーレビューなどがあるとは、霊媒師も大変だなと思いつつレビューに目を通す。


「見えない何かの正体を教えてくれ、その何かと一緒に過ごすための方法を丁寧に教えてくれました」


というレビューが僕の目に飛び込んできた。


「えっ? 一緒に過ごす? ただお祓いして終わり、じゃないのか。何だそれ」

僕は、気づいた時には六道庵の番号をメモしてい

た。



翌日、六道庵に電話をかけ、ハキハキとした女性が応対した。そこで一通りの要件を話す。

すると、すぐにこの部屋を見せてくれという返事を受けた。

しばらくして、玄関のチャイムがなり、ドアを開ける。

そこには、サイトで見た時と同一のくたびれたサラリーマン風の男が立っていた。

無精髭で、髪は無造作にセットしてある。

男が胸ポケットから名刺を取り出し、僕へと手渡した。


「どうも、拝み屋 六道庵の榊です。瀬良 涼太さんですね? 部屋の中、見せていただけますか。何やら変な音がするとか。じゃ、お邪魔しますよ」


そう言うと、榊がズカズカと部屋の中に入り込んで来た。

部屋の中を一瞥してから、床や壁を手で触り始めた。


「この部屋で、変な音や視線を感じることがある。そう仰っていたようですが 」


「はい、その通りです。この部屋で何かの気配を感じるんです。その正体を知りたいんです」


榊は触り終えると、ふぅと溜息をついて僕の方を見た。


「本当にこの部屋にいる何かの正体を知りたいですか?」


僕は迷わず首を縦に振った。そのために、この怪しげな男を呼んだのだから。

正体を知らぬままで済ますつもりなど毛頭なかった。


「そうですか、じゃあお教えしましょう。この部屋にいるのは、この部屋で亡くなった男の霊です。若くして亡くなったようです。病気だったようです。だから、何か怨みがある訳じゃない」


「えっ、じゃあ一体何をしてるんですか。この部屋で」

僕の心の中に、えも言われぬ不快感が湧き上がって来た。


「どうやら、この部屋から出る術を知らないようです。そして、たまらなく飢えているらしい。それで食物を求めて部屋中這いずり回っているみたいですよ。この部屋の隅に、水を入れた器と食物を供えてやると良い。そしたら収まるでしょう」


「出る術って?」


「霊だから壁をすり抜けてどこへでも行けるとお考えかもしれませんが、それは間違いだ。中には外に出ることができないタイプもいる」


「霊もお腹が空くことなんてあるんですか?死んでるのに?」


目の前に立っている男は、そんなことも分からないのかという様な気怠そうな表情を見せた。


「えぇ、空腹を感じる者もいますよ。話すと長くなるので詳しくは言いませんが……。霊も霊として生きているんです。腹が空くこともあるんでしょう」


この答えに納得したわけではなかったか、僕が沈黙して考える素振りを見せたことで、それを納得したと榊は判断したらしかった。


「ところで、瀬良さん。あなたが祓ってくれと言うならやりますよ。特に無害な霊ですが、どうしてもと言うのであればね」

榊はそう言うと、少し顔を曇らせた。


「あの、榊さんはお祓いしたくない理由があるんですか?」


「祓ってしまうと、この霊の居場所は無くなる。私は、お祓いって人間でいう暴力みたいなもんだと思ってるんですよ。霊に対する暴力だと。だから、私は基本的に霊と共存する方法を教えているんです。中には祓うべき奴もいますが、基本的に無害ですからね」


榊は軽く微笑んだ。そして、懐から紙とライターを取り出した。


「さて……。では、瀬良さんの要望通りお祓いします。危ないので近づかないでください」


そう言うと、止める間もなく小声で何かを唱え始めた。

まっさらな紙に、つらつらと文字が浮かび上がってくる。それはまるで、見えない何かが筆で書いているかのようだった。

紙の表面の上下から、草書体のような字が浮き上がり、文字のいくつかが紙面を離れ地面へと落ちていく。

落ちた文字は蒸発するかのごとく、床へと染み込んでいった。

そして、榊はその紙に火を付けてから床へと投げた。その刹那青い炎が立ち上り、獣のうめき声のような音が部屋中に響き渡った。

うめき声はほんの一瞬で止み、部屋の中には今まで感じたことのない静寂が訪れた。


「あ、あの、お祓いして欲しいとは一言も言ってないんですけど......。その、何かすみません」


「確かに声には出してませんでしたが、瀬良さんの気持ちが伝わってきましたよ。あなたの心の声がそう言ってましたので」


「え? 僕の心を読めるんですか?」


「読めるというか、瀬良さんの魂に本心を教えてもらっただけです。じゃあ、お支払いはこちらにお願いしますね」


榊は口座番号と料金が書かれた紙を手渡し、帰ろうとした。

咄嗟に、僕は榊の腕をつかんだ。


「待ってください! 僕、昔から霊とかそういうのに敏感で興味があるんです!僕を六道庵で雇ってもらえませんか」


榊の形相が瞬時に鬼のように険しくなった。


「霊に敏感なら、なおさら霊に寛容であるべきだ。あなたは平気な顔して私に祓わせたでしょう。そんな人にこの稼業は出来ませんよ」


そう言い残して、榊は部屋を後にした。

部屋には、異常な程の静寂と紙が燃えた匂いだけが充満していた。

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