6話
こんにちは今日もよろしくお願いします!
一応、山場です
翌日、土曜日。
咲矢を起こしたのは、優しいささやき声だった。
「ほーら、咲、起きなさイ? お出かけするヨ?」
その声に懐かしさを感じる。
昔はよくこの声に起こされた。
「ん…母さん…。おはよう」
「うん、おはよう」
上体を起こし、目をこすって伸びをする。
久しく忘れていた。
朝というのは静かなものなのだ。
フライパンも、修羅場もない朝が普通。
「? どうしたの? 咲?」
「いや、母さん大好き」
「んもう! 寝ぼけたこと言ってないで、朝ごはんにしよう? 夢流ちゃんと立江ちゃんも起こしテ?」
静寂な朝を終え、4人は外に出て日差しに晒されていた。
「んー! 日本は熱いネ!」
「今日は今のところ今年一番熱いってさ」
ロシアから帰ってきた母親には今日の気温は高いと感じるだろう。
…後ろにいるテンション低めの二人はどう感じているのかは定かではないが。
「で、母さん? どこ行くの?」
「立江、ゲームしてたいんだけど…」
「私も、バット磨きたいんだけど?」
夢流のやりたいことは理解に苦しんだが、出かけたくないと言う事だけはわかった。
だが、2人の意見も虚しく。
一行は小田急に乗り、小田原駅まで出た。そこから出ている無料のシャトルバスに乗り鴨宮の地域にたどり着く。
男子ならわかるかもしれない悪寒がよぎる。
圧倒的女子率、近づくショッピングモール。
予想的中。
咲矢は良い荷物持ちとして引き摺り回された。
しかし、最初は警戒心むき出しだった夢流と立江はいつの間にか母親とショッピングを楽しんでいた。
それを見た咲矢は「なら良いか」と、甘んじて荷物を持って歩いた。
家に帰ってからも、咲矢を抜きにしてリビングで着せ替え大会を開く女子たちを尻目に、咲矢は自分の部屋で横になって読み飽きている雑誌を開く。
「さすが母さんだな、相手の気持ちを無理やり捻じ曲げれるんだな」
その後、親子の溝は元からなかったかのように、日々が過ぎて行く。
だが、三崎 咲矢と言う男に平穏という言葉はないのかもしれない。
土日を開けて学校が始まってから三日ほど経った頃、先日のテストが全て返却された。
結果はどれも進展なし。前回と一点や二点の差しか無く、下がっても上がってもいない。言うなら少し下がった程度。
「まぁ 上出来だろ」
なんだか地味な気分で帰ろうとした、その時。
「神野さん」
正門のあたり、聞き覚えのある声に足を止めて物陰に隠れる。
話しているのは巴、そして新屋。
「ん? あ、確か君、新屋君だよね」
「そうそう、知ってたんだ。俺のこと」
「女子受けいいから有名だよ」
「え!? ホントに? なんか恥ずかしいな」
そう言って気恥ずかしそうに笑う新屋。
「ホントだよー」
…なんだか良いムード。
二人はそのまま楽しそうな会話をして足を揃えて帰っていった。
「いよいよ、まずいか…」
咲矢はもう約10年、巴を思っているのだが、中々一歩の勇気が出ないでいた。
このまま清水の舞台の上で尻込みをしていたら新屋に先を越されてしまう。
咲矢の焦りはどんどん大きくなっていく。
家に帰るといつも通り立江が先に帰り、ゲームをしていたが、制服だけは母親が片付けてくれたようだ。
「ただいま」
「あ、お帰り、咲」
何やら浮かない表情の母親。
「どうしたの?」
「え、えぇ…立江ちゃん、まだゲーム続けてるんだネ」
「え、あ、うん」
今思い出した。
母親はとある出来事から立江の趣味に対してあまり賛成派ではない。
たしかに立江のやっていることは、夕飯の時以外はずっと部屋にこもっているプチ引きこもりのようなもの。
母親としても心配するのが当然だろう。
ここは兄として、咲矢がどうにか説得するしか無いだろう。
母さんがいる時だけで良いからゲームを控えるように。
「立江、入るぞ」
いつも通りながら返事は無い。
ドアを開けると、冷気が足元に流れ込んでくる。
部屋にはボタンを押す音やスティックを倒す音、そしてクーラーの音だけが響いていた。
たまに立江の独り言。
「立江…」
「? なぁに?」
ちょうどゲームが落ち着いたのか、ヘッドホンを片耳だけ外して咲矢を見てきた。
「いや、テ、テストどうだった?」
「…まぁまぁ」
「見せてみろよ」
「やだよ」
「良いだろ別に、家族なんだから」
頑なにテスト用紙を見せようとしない立江。
何か怪しい。
「悪かったのか?」
「べ、別に悪いってわけじゃ」
「じゃあ見せろよ」
「だから嫌だって!」
立江の目は本気そのもの。
敵を威嚇する時の目だ。
「っ! なんだよ急に怒るなよ」
「怒ってないよ!」
「いや、怒ってるじゃん」
「兄ーにがしつこいんだよ!」
立江が立ち上がった直後、部屋のドアが開く。
「大丈夫? かなり大きい声出してるけど?」
母親が騒ぎを聞きつけて下から上がってきた。
「ん、大丈夫だよ、母さん」
「咲、何をもめてるの?」
「いや、この前テストがあったんだけどさ」
「あぁ! テストね? 母さんも見たいな、どうだったの? 二人とも」
両手を胸の前で合わせていつもの明るい笑顔を見せる母。
「お、俺は少し下がったかな」
「むー、ちゃんと勉強しなきゃダメよ」
「あー、はい」
「立江は?」
「…」
「?」
さすがに後がなくなったと言った感じでテスト用紙を無言でカバンの中から差し出す。
「…!」
酷い。
あまりにも酷すぎる。
前回は咲矢も驚くほど良い出来だったが、今回はどれも前回の点数の半分以下。
「立江、この点数…」
「え、えへへ、ちょっと難しかったかも」
「いや、ここは取れる所だろ」
「立江ちゃん…勉強…したの?」
「…」
その沈黙は答えだった。
テスト週間、咲矢は自分の遅れを取り戻すのに精一杯だったから気付けなかったのかもしれない。
立江はテスト週間、ずっとゲームをしていたという解釈で間違っていないようだ。
「り、立江ちゃん、母さんネ? 立江がゲームをしていて楽しいっていうのはすごくわかる。けど、そのせいで立江ちゃんの未来が台無しになるのは嫌だナ」
「…」
立江はうつむいたまま黙ってしまった。
「立江ちゃん…お願い…お願いだからゲームを…やめて…ほしい」
「…やだ」
短く発せられた言葉は凄まじい拒絶をはらんでいた。
「…やだよ…ゲームしてなきゃ…こうしてないと…」
震えた声で絞り出す。
「パパのことを忘れちゃう!!」
その言葉に咲矢と母は絶句することしかできなかった。
もう8年前になる。
三崎 和也。
咲矢たちの父親にしてマリアの夫。
プロゲーマーの父は仕事と称して部屋にこもっていた。
しかし、家族行事はしっかり参加し、仕事こそ少ないが稼ぐ時は膨大なお金を稼いでくる。
そんな父親だった。
立江は大のお父さんっ子で、休日は父の部屋に2人でこもって遊んでいた。
だが、その時は来てしまった。
急性心筋梗塞。
その時の咲矢には難しくて理解できなかった。
一瞬だった。
急に家族が一人消えてしまったのだ。
それからだっただろうか。
立江がゲームに没頭する日々が始まったのは。
長年、立江をただのゲーム好きとしか見ていなかった。
「そうだったのか…」
「立江には遊びじゃないんだよ…。ゲームも、兄ーにも!!」
「っ!」
「立江ちゃん? 母さん…その…ごめんネ」
言葉が見つからないと言った感じで立江と目を合わせない母親。
「なんだって…。お前にはそれだけじゃ無いだろ? 立江」
「…」
「っ! そ、そうだ! 友達…友達いるんだろ?」
「…」
その立江の反応を見て咲矢は確信に迫った。
机に置いてあったスマホを拾う。
「あ」
立江の焦りの声を無視してスマホの画面を操作する。
パスコードを解くのは簡単だった。立江の誕生日を当てはめるだけだった。
開いたメッセージアプリの項目を見て驚愕する。
「お前…これ…」
家族である「夢流姉」と「兄ーに」、そして「パパ」だけが寂しく並んでいた。
咲矢の手から乱暴にスマホが抜き取られると、咲矢は胸を強く押されて尻餅をついてしまう。
「…て」
「「?」」
「…二人とも出て行って!! 大っ嫌い!!」
悲鳴にも近いその叫び声と共に母親と咲矢は部屋を追い出されてしまった。
知らなかった。立江の心情。
「ごめんネ…咲…母さん」
「母さんは悪く無いよ」
それから立江が部屋から出てこなかった。
リビングには重い空気が充満し、久しぶりの母の夕食の味もよくわからなかった。
風呂に入り、歯を磨く。
異変に気が付いたのはその時だった。
「夢流姉、帰り遅いな」
結局、夢流が帰って来たのは日付が変わった後だった。
「夢流ちゃん、何してたノ!」
「いやぁ、ごめんなさい。ちょっと遊んでたら遅くなっちゃった」
珍しく頰を膨らませて怒る母親。
「夢流姉、いい加減にしなよ。最近多いぞ」
「んーまぁ、仕方ないよー。私だってやることがあるんだから」
「母さん、夢流ちゃんが心配だよ…。夢流ちゃん昔から少し弱いから」
その言葉の直後、夢流の顔から余裕が消える。
「…は?」
「? 夢流ちゃん…?」
明らかに先ほどまでとは声音が変わった。
「何それ…」
「夢流姉…?」
「弱い? 私が?」
目の色が変わった。
手が出る前に母親の前に出る咲矢。
「あんたにそんな事言われたくねぇよ」
鳥肌が立った。
その声は昔の姉そのものだった。
「いつも大事な時に、大切な時にそばにいれない、そんなあんたに、オレの何がわかるんだよ!!」
「っ! 夢流ちゃん? 母さんは…!」
「オメェなんか母さんでも何でも…!」
乾いた音とともに夢流の左頰を咲矢の平手が捉える。
ダメだ、それ以上は言わせない。
「それ以上言ったら、いくら夢流姉でも許さねぇぞ!!」
声が裏返ったのも気にしないで心に湧いてくる言葉を吐き出す。
「何が大事な時だ、何が大変な時だ! 母さんだってお前のために頑張ってんだよ! 俺らのために頑張ってん…」
吐き終わる前に鈍い音が響く。同時に、鼻先の感覚がなくなり視界がぼやける。
続いて腰に痛みが走る。どうやら吹き飛ばされたようだ。
後から顔の中央に痺れるような痛みが滲んで来た。
「きゃあ! ちょっと! 咲!」
すぐに視界に母親が入ってくる。
「…大っ嫌い」
そう吐き捨てると玄関を強く締めて出て言ってしまった。
「いてて…」
鼻を抑えていた手を見て初めて鼻血が出ていることに気がついた。
暖かい血液が鼻から滴る。
「咲…」
母親が心配そうな顔をして覗き込んでくる。
と、思ったら表情はどんどん暗くなっていく。
「ごめんネ…。母さん、帰ってこなかったほうがよかったネ」
と、から元気な笑顔を見せる母。
そんな姿、見るに耐えない。今までにこんな悲しそうな母を見たことがあるだろうか。
「…母さんは、悪く無いよ」
ここから物語が動き始めますので、これからもお付き合いのほどよろしくお願いします!
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