23話
こんにちは!今日もよろしくお願いします!
本日の話で一度最終回とさせていただきます!
最後までお付き合いお願いします!
「はい。行ってあげてください」
咲矢は走った。
電車に乗ろうともしたが、次の電車まで35分近くあった。だが、その時間を何もしないで待つくらいなら、咲矢はいち早く巴に会いに行くために走る。
螢田駅から二駅分の距離をノンストップで走り続けた咲矢は小田原駅に着いた時には雨にさらされたこのようにぐしょぐしょになっていた。
周りからの目線が気になるが、そんなのは今はどうでもいい。慣れている事だ。
咲矢が通う高校は小田原駅東口バスロータリーから国府津行きのバスに乗り、『東峰高校前』というバス停で降りなければならない。
「バ…バスは…はぁ…はぁ…あ? 20分…」
それだけあれば走りでも着く。
咲矢は走った。
体は悲鳴をあげ疲れ、もう何も感じなくなってしまっている。
走れているのかも、進んでいるのかもよくわからない。
走り続け、咲矢はやっとの思いで学校にたどり着いた。
「はぁ…はぁ…」
学校内は様々な部活の音が入り混じり、活気にあふれている。
咲矢は巴を探す当てなどなく、とりあえず、徘徊するほか無かった。
「ど、どこにいんだよ…!」
咲矢の体はとっくに限界を迎えている。
フラフラする足を無理矢理にでも動かして廊下を歩く。
周りからは半ば心配の目線を向けられていたが、気にしないでゆっくり赤くなっていく廊下を進む。
一度、ちょっとした休憩をとるついでに、咲矢は立ち止まって考えた。
心当たりのある場所。
「…どこだ…」
その時、空いていた近くの窓から一つの風が流れ込んでくる。
「…! …そこにいるのか…」
どこかで感じたことがある風。
その風は不思議と咲矢の直感に働きかけた。
巴とのゆかりがある場所。いつも心を落ち着かせてくれた場所。
咲矢が一番好きな場所。
咲矢は重い足を引きずって屋上にたどり着いた。
そこは先ほど吹いた風が吹き、屋内よりも開放的な空気が広がっている。
近くを通る西湘バイパスからの車の通る音、野球部のバッティング練習の音、吹部の綺麗な音のパーツの数々、ランニングしている生徒の勇ましい掛け声。
その全てが今の咲矢のいる世界から隔絶されたものだと感じる。
そしてその世界に咲矢以外の人が一人。
「…はぁ…はぁ…。巴…」
両腕を鉄格子に乗せて世界を見下ろしている少女。
「…来たんだ…」
巴は振り向いて夕日を背に咲矢を見る。
「…悪いな、遅くなった」
「…ほんとだよ。遅すぎ」
「怒ってるか?」
「…さぁね」
巴はいたずらっぽく笑う。
「お前に話したい事がある」
「…」
「巴のことが好きだ」
風は相変わらず吹き、咲矢の背中を煽り続けた。
「…」
「…」
巴は一切表情を変えず、一点に咲矢を見つめている。
だが、それは長くは続かず、
「…咲矢はさ…」
口を開いた。
「咲矢はずるいよ…。逃げてばっかで…。最後には自分の気持ちを吐き出して終わりなんて…!」
「…」
覚悟はしていた。
巴にはそれ相応の事をしたのだから。
「私だって自分なりに気持ちをまとめたのに…! それだけで終わり?」
完全に感情的になってしまった。
「でも…」
直後、巴の表情は曇り、自信を失う。
「私は卑怯者だ。私は咲矢が夢流さんや立江ちゃんのことで大変なのに、私は咲矢が私以外の人を見ていると思っただけで不安になった…! だから自分の気持ちが嘘にならないために思いを伝えた…。私のために…」
「…」
巴の心の内を聞いて、咲矢は何も言えなかった。
「夢流さんと立江ちゃんの本当の気持ちを聞いてもっと自分の気持ちに自信がなくなった! 私の想いは、咲矢への想いはあの二人に比べて惨めだって感じた」
「…」
「私はあの二人とは違って咲矢のことがわからない! 近くにいれないから…一番早く寄り添ってあげたいのに…! 私にはそれが出来ない…!」
巴の頰に流れた一筋の光。
その涙は悔しさであふれていた。
「…俺は巴のことわかるよ」
「…え…?」
「わかるよ。箸を持つ手は右なのに剣道では左利きで、楓のことが食事よりも大好きで、友達や家族のことになると助けになろうと余計なお節介だろうと助けるために動く。ずっと見てきた。好きだから…!」
「っ!! …うぅ…。なにそれ…バカみたい…!」
巴は堰き止めていた涙を一気に流し始める。
その涙を両手で拭い、嗚咽が混じった声で何かを話し始めた。
「…ひく…。ずるいよ…そんなの…ぐすっ…」
「…あぁ…」
「私だって咲矢の事、もっと知りたい…!!」
巴の涙が夕日の光を反射し輝いた目はしっかりと咲矢を捉えている。
咲矢はそれでも目線を外さずに巴の目の奥を見つめた。
「知って、咲矢の力になりたい! もっと近くにいたい! 咲矢と…ずっと一緒にいたい…!」
力強く言い切ると、巴は涙を一度拭ってからもう一度さらに強い意志のこもった目線をぶつけてきた。
「…」
「ぐす…。…」
しばらくした後、咲矢は自身の異変に気がつく。
その異変に巴も気がついたよようだ。
「…あ…あれ…?」
「…さ、咲矢…。な、なんで泣いて…」
咲矢の頬を熱い涙がこぼれ落ちていく。
「…おかしいな…」
「…咲矢」
咲矢は慌てて涙を拭う。
泣いたしまった理由は心のどこかでわかっていたのかもしれない。
夢だった。巴に自分の思いを伝えることが。
そして、ただ単に嬉しかった。巴が咲矢のことを思ってくれていることが。
「…くっ…こんなはずじゃ…」
「ったく…なに泣いてんのよ…。男のくせに」
「…うるせぇ…」
「…ぷっ、あはははっ…! あんたなにその顔」
「…ははは…。お互い様だ」
お互い、お互いの酷い面を見て笑いあった。
その時、最終下校時刻を報せるチャイムが鳴り響く。
「っと、もうこんな時間か…」
「そうね、暗くなってきたし」
「…巴」
「ん? 何?」
巴は風に吹かれる髪の毛を抑えてこちらに目線を送る。
「ありがとうな、待っててくれて。今度は俺のことを知ってくれ」
咲矢は笑顔でそう言い放つと、気恥ずかしさから、巴から目線を離した。
「…。…さ、さぁ、帰ろうぜ」
「ふふっ。うん!」
その夏、高校2年生の三崎 咲矢は夏休みの宿題を終わらせられなかった代わりに、もっと大切な、かけがえのないものを手に入れた。
それから1年後の春。
「やべー! 遅刻!! 立江の奴も弁当忘れやがってー!」
高校3年生の三崎 咲矢は慌ただしく家を出た。
立江から、『起きたらお弁当持ってきてくれる? 忘れちゃった☆』なんて馬鹿げたメッセージがきた時は流石にキレかけた。
「夢流姉が起こしてくれると思って余裕ぶっこいてたぁ!」
家の門を出てすぐに、見知った少女にぶつかりそうになる。
「うおっ! 危ね!!」
「きゃあ!」
間一髪のところで、咲矢は右半身を後ろへひねり、回避する。
「っとっと、君大丈夫…って、楓」
「はー、びっくりしたぁ…」
咲矢が振り返ると、そこには尻餅を着いた私服姿の楓がいた。
「ごめんごめん。立てる?」
「…うう、はい」
咲矢は楓の手を引き、起き上がらせる。
「…咲矢お兄ちゃん、遅刻ですか?」
「あぁ、もう確定だな」
「まったく、早く起きないとダメですよ?」
「ん? そういう楓は学校休みなのか?」
「はい。土曜日に学校があったので、振替休日です」
「そっか。今から何しようとしてたんだ?」
「その、暇なのでお使いにでも…」
「またか…。まぁ、偉いんだけどね?お母さんと行けばいいのに」
「えっと…。んー…判断を任されてるのは私だから…」
何やらブツブツと独り言を初めてしまった楓。
「どうした?」
「あの、私お姉ちゃんになるみたいです?」
「…」
あまりの衝撃に、今日の日付を思い返してみた。
たしか記憶が正しければ今日は4月の19日。うん、エイプリルフールは終わっている。
つぎの線とすると、何か比喩的意味かもしれない。例えば親戚の一人が子供を産んだとか。
「お母さん、今お腹が大きくて、動かせるのは少し可哀想だから…私がお使い係に任命されました」
「…」
まじか!!
「おーい!」
咲矢の頭の中を真っ白にしていると、馴染み深い声に呼ばれる。
すると、咲矢たちのいる道路の脇に一台の黒いオートバイが停車し、乗っている女性がヘルメットを脱ぐ。
「あ、夢流お姉ちゃん! おはようございます!」
「あ、楓ちゃん! おはよう! お母さんとお腹の子は元気?」
「はい。おかげさまで! バイクかっこいいですね」
「そう? ありがとう、今度後ろに乗せてあげよっか?」
「いいんですか!? やったー!」
空っぽの咲矢を置いて話は進んでいく。
「待て待て待て!! 何がどうなってる! なんで夢流姉は知ってるんだよ!」
「…そりゃあ、会ったからに決まってるじゃん。っていうか、あんた学校は?」
「あ! 忘れてた!」
「はぁ…。あれほど朝起きなさいよって言ったのに…。ほら、乗ってきな?」
夢流は自分の乗っているオートバイの後部座席に乗るように促してきた。
「あぁ、悪い」
咲矢はヘルメットを受け取って装着すると、間も無くしてバイクは前進した。
程なくして、学校に到着した。時間はいつも咲矢が登校する時間だ。
だが、その前に壮大なアトラクションに乗った気分だったが。
「…し、死ぬかと思った…!」
「あー、悪い悪い」
夢流は近道と言って狭い脇道をブレーキなしで爆走したのだ。
免許を取ってから時間もあまり経っていないのに見事なドライブテクで難解か落ちかけた。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫、ありがとう、行ってきます…」
咲矢は夢流に手を振って姿が見えなくなるまで見送った。
夢流は今、遠く、遠くと言っても県内の大学で、栄養士になるための勉強をしている。
一年で夢流は成長した。
自分の本当にやりたいことを見つけ、それを実行に移したのだ。
咲矢はそんな夢流に改めて感心して、校舎の中に入る。
まだ部活動が朝練の片付けを開始している時間。
遅刻しそうだったのに夢流のおかげで逆転勝利だ。
咲矢は自分のクラスに行き、自分の机に荷物を下ろす。
そこまでの工程で、1年前とは明らかに違うのは、クラスメイト数人に挨拶を交わされた事。
あの夏以来、クラスでの咲矢の居場所ができた証拠だ。
朝のホームルームまで少し時間があるので、今のうちに立江に弁当を届けることにした咲矢は一つ下の階の2年生の教室へ向かった。
教室の中を覗くと、ぱっと見では立江の姿を確認できなかったので、近くの生徒を呼び止め、
「ごめん、立江っている?」
と、尋ねる。
最初は戸惑っていたその生徒は、咲矢が立江の姉だと気がつくと、一気に表情を明るくして
「立江ちゃーん! お兄さん来たよー!」
と、楽しげに立江を呼んだ。
教室の端で楽しげに女子トークをしている中から、立江が返事をして、咲矢に駆け寄ってくる。
「何? 兄ー…! に、兄さん…」
「?」
何やら頰を赤く染めて、何やら言い直した立江。咲矢はそれを見逃さなかった。
「なんだその呼び方…いつもは兄ー…」
直後、咲矢のひざ下、脛に激痛が走る。
「ったぁ!!!!」
「バカっ! 余計なこと言わないで!!」
と、脛を抱える咲矢の耳元で皆に聞こえない程度の声で囁く。
「もう、要件は何なのよ…」
「…べ、弁当を…」
「あぁ、ありがとう」
「わぁー! 立江ちゃんお兄さんと仲いいんだねー!」
立江の両肩からひょこっと顔を出し、立江をからかう。
「そ、そんな事ないよぉ!」
「えー? 本当にぃ? カッコいいお兄さんだね」
「そ、そんなことないよぉ…!」
何故か立江の方が照れている。
「なんで立江ちゃんが照れてるのよ」
しばらく、立江が友達とじゃれているのを見て、咲矢は自分のクラスへ帰ろうとした。
「あ、に、兄さん。ありがとうね」
その時、立江が照れくさそうに咲矢の後ろから礼を言ってきた。
「…おう」
咲矢は振り向かずに返事だけしていかにもかっこいい兄風を装ってその場から離れる。右足を引きずりながら。
立江たちから去っていく際に、立江の最初の友達である、小雨とすれ違う。
「あ、咲矢先輩、おはようございます…って、足がどうかしたんですか?」
「おはよう。立江に蹴られた」
「だ、大丈夫ですか?」
「うん、まぁ、一応。小雨さん部活は?」
「朝練が今終わったところです。片付けは先輩がしてくれたので先に上がってきましたけど」
「そうか、巴は?」
「来てましたよ? 多分まだ片付けをしていると思いますけど…」
「そうか、ありがとう」
「え? 会いに行かないんですか?」
「うん、昼休みにでも会いにいくよ。それより県大会頑張って」
「あ、はい! ありがとうございます!」
小雨と別れた後、自分のクラスに戻り、いつも通りの1日を開始する。
一年前の夏以来、咲矢の生活、『いつも通り』は少し変わった。
一つは皆と普通に話せるようになったことと、あまり姉妹の事を心配しなくなったこと。
そして、咲矢の高校生活に楽しみができた事。
その楽しみとは、毎日の昼休みに訪れる。
「咲矢ぁ、今日は?」
新屋は自身がつるんでいるグループと一緒に昼食を摂るか尋ねてくる。
だが、咲矢には先約がいるため、答えはいつも決まっていた。
「悪い、今日もパス。ありがとうな」
「おいおい、彼女かー? 三崎ー」
新屋以外の男子が全く同じような咲矢を冷やかす笑みを浮かべている。
「ちげーよ。そうだと良かったなんだけどな…」
その言葉に一同、頭上にハテナマークを浮かべた。
そうそう、変わったことはもう一つ。
昼休みの時に、人を待ってから弁当を食べ始める事もそうだ。
午前が終わる頃、咲矢がいる屋上には春の終わりを告げる風が吹きわたる。
暖かく、心地よい風。
「咲矢」
その風に乗せられてきたこのように、聞こえた声。
「おまたせ」
彼女は明るく咲矢の隣にやってくる。
「別に待ってねえけど、そろそろ返事が欲しいかな」
実は、咲矢はあの夏からずっと巴から返事をもらっていないのだ。
巴曰く、『仕返し』らしいのだが…。
「だーめっ! 卒業したらね」
「えー」
もう、この下りをして1年。
巴は毎日のように咲矢に尋ねられては、いたずらに笑っては咲矢をからかう。
このまま、返事が帰ってこないかもしれないかもしれないと考えると、咲矢の気が休まらない。
三崎 咲矢の苦戦はまだまだ続きそうだ。
「俺の姉妹は問題あり」を読んでいただきありがとうございます!
連載を始めて少しの期間の間でしたが、なろうの暖かさを感じられました!
「俺の姉妹は問題あり」は完結しますが、好評であれば続編も考えております!
しばらくはTwitterの方で読み専として活動していきますので、完結後もよろしくお願いします!
最後までお付き合いありがとうございました!
またお会いしましょう!




