17話
こんにちは! 今日もよろしくお願いします!
夢を見た。
10年前の和やかな記憶。
パパの膝の上でゲームをして、たまに兄ーにと姉ーねも混ぜて。
とても楽しくて、心が落ち着いて、いつまでも続けばいいと思える幸せ。
パパは家族のためにいつも頑張って、稼げない時は家事を頑張って、稼げる時はいっぱい稼いで来るプロゲーマーのパパ。
立江はそんなパパが大好きだった。
『立江! 今日はこのゲームでもするか!』
その言葉を毎日たのしみに学校から急いで帰ってきていた。
帰ったら立江は自分の部屋に入るよりも先に、父親の仕事部屋、今の立江の部屋に父親と一緒に篭ってよく遊んでいた。父はそれを拒まずに、むしろ立江にゲームを勧め、立江も父の背中を追うようにゲームをし続けた。
立江は父親から沢山の事を教わった。主にゲームのことだが…。
だが、そんな生活を立江は気に入っていたし、至福の時間であった。
8年前。
突如としてその至福の時間は訪れなくなった。
その日、立江は委員会の仕事で早く帰れなくて、兄ーにと姉ーねだけが先に帰った。遅くなって帰ったら家の前は騒然としていて救急車が止まっていたのを覚えている。
家の中から出てきた救急隊員に運ばれる人の姿はよく見えなかった。
家に入ったら母と父の姿はなく、先に帰っていた姉ーねが泣いて立江の体を抱きしめてきたのも覚えている。
兄ーにも悲しそうな顔で立江の事を見つめてきた。
『なんで泣いてるの? パパとママは?』
兄ーにと姉ーねは何も言ってくれなかった。
気づけば立江はパパがいる部屋にいた。ママと兄ーに、姉ーねも一緒に。
でもパパはいつものように笑顔で話しかけてきてはくれず、顔に白い布を被せられていた。
そこからのことはよく覚えていない。泣き喚いてみんなを困らせたかもしれないし、何もしなかったかもしれない。本当に何も覚えていない。
ただ、兄ーには優しく励まし続けてくれていたことはハッキリ覚えている…。
咲矢が目を覚ますと背中に鈍痛が走る。恐らくなれない体制で寝ていたからだろう。
大きな欠伸をしてから状態を左右にひねり、状態を上げている立江と目を合わせて椅子から立ちあがる。
「っおわぁっ!!?? り、立江!?」
「…おはよ…」
立江は驚いてよろけている咲矢を尻目に欠伸をした。
「い、いつから起きてたんだよ…」
「…さっき」
立江は素っ気なく答えるとそのまま咲矢から目線を外してしまった。
咲矢にもその気持ちはわかる。
一言で話しづらい。
何を話していいのか分からないのだ。
「…」
「…」
数分、沈黙が続く。
「おはようございます。起きましたか? 三崎さん」
沈黙を破ったのは看護師さんだった。
「もう、起きているなら教えてくださいよ、お兄さん」
「あ、はい、すみません」
「じゃあ診察しますので、移動をお願いしますね」
その後、立江は診察を終えて即退院となった。
医者からは今後気をつけろとのこと。
「…よかったなすぐ良くなって」
「…」
帰り道、小田原城付近の病院から、咲矢と立江は小田原市街地へ向けて歩く。
咲矢は賢明にも立江に話しかけ、意思疎通を図った。
よくは分からないが、まだ冷戦状態なのだろう。
立江は答えてもくれなければこちらを見てもくれない
「時間も時間だし、飯でも食って帰るか」
時刻は正午。
昼をとるにはちょうどいい時間だ。
咲矢たちはちょうど、腹を空かしたタイミングで店が立ち並ぶ商店街にたどり着く。
「何がいい? っていうか、腹減ってる?」
立江は何も言わなかったが、首だけを縦に振った。
「そうか、じゃあ、手持ちも少ないから…」
咲矢は財布と相談し、小田原駅内にある蕎麦屋に入った。そこには昼休み中のサラリーマンや、遊び途中の中高生がちらほら。
ざる蕎麦の食券を二枚購入し、受付に渡し蕎麦を受け取ってから、カウンター席しか空いていなかったので並んで座る。
「いただきます」
「…」
咲矢が面をすする横で、立江も黙々と麺をすすっていた。その表情は何も物語っておらず、ただひたすらに静寂を築き上げ、どこか咲矢を煽っている。
結局、2人は完食するまで口を聞くことはなく、家に着いてしまった。
「ただいま」
「…」
立江は何も言わずに階段へと向かう。
咲矢はその静かな背中を見て思った。
ここで止めなければ…もう戻れない。
「立江…」
伝えなければ。
「あの時の返事がしたい」
その言葉に、立江の体は歩みを止めた。
「…」
「いま、この話を持ち出すのは卑怯だってわかってる。でも今、俺は…。俺はどうしてもお前と話したい」
咲矢の叫びに、立江はゆっくり体を振り返らせ、やがて咲矢の視線に自らの視線を重ねてきた。
「…俺、嬉しかったんだ。お前に好きって言われて。嫌われ続けてきた俺だから。周りから疎まれていた俺だから。人から向けられる好意がすごく…嬉しかった」
たしかに立江に告白をされた日には驚いた。多分今まで生きてきた中で一番。
「けど、俺はもうこれ以上お前に隠し事をしたくない」
立江は黙って聞いてくれている。真っ直ぐで綺麗な瞳を向けて。
「…俺は…他に好きな人がいる」
吐き出した心は空っぽでそれ以上何も考えていなかった。
自分の中に吹き抜けて行く何かを感じる。
訪れた静寂は咲矢の気持ちを欠かすような冷たい風にも思えた。
「…そう」
その静寂を破ったのは意外にも立江の方だった。
咲矢の中に緊張がはしる。
「…なら…誰…なの? だいたい見当はつくけど…」
帰ってきた質問は子供っぽく、好奇心、というよりは詮索。立江の方もモヤっとさせるのは嫌いらしい。
今更黙秘するのはあまりにも酷なことと判断した咲矢は答えた。
「…はぁ、俺は…巴の事が…」
「…そう…やっぱりね」
立江は咲矢の言葉を遮って、見透かしたような、それでいてどこか悲しそうな顔で優しく笑った。
「!?…わかってたのか?」
「だって兄ーに、巴ちゃんといつも一緒にいるからそうだと思った。巴ちゃんの話とか巴ちゃんがそばにいるときだけ顔を作るし」
「…わかるものなのか」
「うん」
久し振りに見せた笑顔はとても無邪気で勝ち誇っていた。
「私に分からないことは無い」と言わんばかりの表情。
「…立江」
だけど、表情は隠せても感情は隠しきれていなかった。
「…」
立江の頰を伝う涙。
「…ぐすっ…。でもね…立江…ずっと兄ーにのことが好きだった! いつも一緒にいる巴ちゃんが羨ましかった! 立江どうしても兄ーにのことが好きなの! 誰にも負けないくらい! ずっと…兄ーにの事を…考えてきた…!」
咲矢は歩み寄り、嘆く立江の震える体を抱き寄せた。とても細く、弱く、力を入れれば折れてしまいそうな体。
「…ごめんな…ごめん。…でも…俺はずっと立江の味方だから」
咲矢にはそれしか言えなかった。
「うわぁ…うあああぁぁ…!!」
立江は蓋が壊れたように泣きじゃくり、咲矢の胸に顔を埋め、叫ぶ。
咲矢はそんな立江の呼吸が落ち着くまで咲矢は背中をさすり続けた。
「…ひっく…。ぐすっ…、兄ーに…もうそろそろ背中痛い」
「あっ悪い!」
咲矢は慌てて立江から体を話す。
すると立江の体は力を失ったように床に座り込んでしまう。
「お、おい大丈夫か?」
「…うん…大丈夫…」
また体調を悪くされても困る。
「…兄ーに…」
「なんだ?」
立江は咲矢の方に頭を乗せ、体重も乗せてきた。
「立江、ゲームでもなんでも負けず嫌いなのは知ってる?」
「…おう、よく知ってるよ」
「…じゃあ、ここからは第2ラウンドってことで!」
「!?」
いたずらっぽく笑った立江の顔は楽しそうで、とても晴れていた。
「あ、それと、ドア直しておいてよ?」
「あ、忘れてた…」
迂闊にドロップキックとかするんじゃなかった。と後悔する咲矢。
1人、ドアのない部屋に戻った立江は天井を見上げて咲矢に言われた事を思い出していた。
「俺は味方…か…」
この言葉、立江は前にも言われた記憶があった。
父親が居なくなって大変な時、咲矢が立江に言ってくれた言葉だ。
『どうしてみんなゲームしないの?』
『あの子ゲームの話しかしないからつまんないよね』
『つまんないやつ』
『あの子は、ほら趣味が合わないっていうか…ね?』
『くだらない』
そんな事を吐かれ続けてきた。
味方なんていない。誰も肯定なんてしてくれない
けど、兄だけは、違った。
『まあ、いんじゃね? お前が好きなことすれば。だって、周りなんか気にしてたら何もできないじゃん。どちらにせよ、俺は味方だから好きなやりな?』
向こうからしてみれば些細で、適当に言ったことかもしれない。
けど、その一言に救われたのは事実だ。
「まぁ、無責任な事を言われた日には本当にイラッときたけどね」
立江は気分がよさそうに笑った。
流した涙を拭き、両頬を叩いて気合いを入れる。
「よしっ!」
立江は階段を降りて兄のいるリビングへと向かった。
近づくにつれて何やらいい匂いが漂ってくる。
「兄ーに何してるの?」
「? 立江、起きたか…」
「うん」
「今夕飯の準備してるから待っててくれ」
「え? 兄ーにがご飯作るの?」
どこか心配そうな顔で見つめてくる立江。
「な、なんだよ」
「いやあ…なんか不安」
「そんなこと言ったって、今までだってそうしてきただろ。お前が部屋にこもってた時も俺が作ってたんだぞ」
「あー、どうりで…」
「あ? なんだ?」
「…いや…なんでもないです」
立江は咲矢の放つ何かを感じて吐こうとしていた言葉を飲み込む。
「え? 姉ーねは?」
「…」
立江は引きこもっていたので知るはずがない。
「い、家出してます」
「…え?」
その後、久しぶりに誰かと食事をとった咲矢は半ば安心したように、湯船で息を吐く。
立江はなんとか仲直りする事ができた…
『第2ラウンドってことで』
…けど。
なんだかまた新たな問題が起こっている気がしていた。
立江から向けられている想いは咲矢が立江に向けている想いとは全く違う。
一言で言うなら、立江はまだ諦めていない、という事。
「…」
その夜、立江は寒いという理由で咲矢の部屋を使うことになった。
もちろん、咲矢は追い出されてしまったが。
「…まあ…自業自得かな…」
ドアがないので冷房を入れると電気代の無駄になってしまうのでエアコンを使えない始末。
蒸し暑い。
その夜、咲矢は妹のベッドを汗で汚さないように気を付けながら寝るというよりはとにかく気を付けた。
翌朝、咲矢は寝不足ながら、自分の部屋で寝ている立江を起こしにいった。
「おい、立江、起きろ…」
「んん…おはよぉ」
声にもならない声で挨拶をしてくる立江。目も全く開いていない。
「起きてるのか? それ…」
「うぅん…ログボ…今日は石の日…ガチャ…」
なんだかよくわからない事を言っているが、とにかく立江を引きずり起こして昨日の夕飯の残りを朝食として食べることにした。
『今日はお昼頃から明日の朝にかけて大雨の予報です…』
「夕立の恐れあり…か…」
「たしかにジメジメしてるもんね」
「今日は洗濯物乾燥機にかけちゃうか」
「なんかさ?」
「ん?」
「兄ーにってさ? そんなに働き者だったっけ?」
立江は久しぶりにまともな話をするのが恥ずかしいのか、目を逸らしながら話しかけてきた。
咲矢はなんだかイラっときたので立江の寝癖が立った頭を片手で鷲掴みにし、わしゃわしゃと撫で回す。
「きゃあぁぁ!」
「それじゃあまるで俺が毎日働いてないみたいじゃないか」
なんだか立江とこうして他愛のない話をして笑い会うのもすごく久しぶりに感じる。
「姉ーね…帰ってこないの?」
立江は心配そうな顔で見上げてくる。
知らなかったとはいえ、立江にとっても家族は咲矢と同じように大事なのかもしれない。
「…安心しろ、すぐに連れ戻すさ」
そう言って今度は立江の頭を優しく撫でた。
17話を読んでいただきありがとうございます!
最近、宣伝活動が最近おろそかになってしまってすみません。(懺悔)
尚、これからも頑張っていきます! もうそろそろクライマックスです!
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