騎士団長は人生周回プレイに飽きた
愛する家族に手を握られ、私は目を閉じた。幸せな人生だった。
最期を迎えた余韻に浸る間もなく、閉じた瞼が開かれる。簡素なベットで横になっている私。狭い部屋の中、周りには誰もいない。
私は穏やかな木漏れ日の差し込む小さな手作りログハウスの中にいた。ここは私達の秘密基地だ。父が幼かった頃に近所の気のいい大工のおじさんが建ててくれたそうだ。それを譲り受けて今は私達が使わせてもらっている。
壁にかけられたコルクボードには、10歳前後の少年達の写真がいくつも貼り付けられていて、季節の思い出を保存している。
この光景、この匂い、まさしく私の少年時代の故郷だ。自分の体を見ると、手指に皺一つなく細い肢体へと変わっていた。懐かしいなと感じることもない。見慣れてしまった。
小さい身体を起こし、かけられているタオルケットを畳む。もうすぐ友人が秘密基地に入ってきて「おはようテッド、よく眠れたか?」とニヤニヤして私に言うのだ。
木製の薄いドアが割れんばかりの勢いで友人トムが入ってきた。
「おはようテッド、よく眠れたか?」
「あぁ。素敵な夢を見ていたよ」
「それはよかった。夢もいいが、現実の素敵なニュースがあるんだ」
「なんだ、聞かせてくれよ」
何回聞いたかわからないが一応話を聞く。話を聞いて驚くフリをしないとトムからデコピンを食らうはめになる。「寝ぼけてんのか?」と怒ってくるのだ。
この頃の僕たちは騎士団ごっこに精を出していた。隣国への進軍と領地拡大が全盛期だったこの時代、帝国騎士団への憧れない少年はいなかった。拾った木で作った武具を装備し、剣を振り、戦いの真似事をする。特に私達が憧れていたのは「白の竜」だ。白の竜は騎士団の中でも特に武勇に優れた者の選抜隊であり、生まれを問わず完全実力主義で構成された超人集団だ。私達のような田舎の少年にとってまさにヒーロー的存在だった。ログハウスには白の竜の軍旗を模して、白い鳥を描いた布の旗が掲げられている。大きくなったら帝国騎士に、ゆくゆくは白の竜に選ばれるのだと夢を抱いていた。
「騎士団のパレードがシティに来る!」
「……本当か!」
我ながらベタに驚くことができたと思う。
再来週にシティで祭りが開かれる。そのイベントの一つとして帝国騎士団の軍事パレードがやってくるのだ。シティは私達が住む村から馬で3時間ほど離れたところにあるこの地方で一番大きな街だ。
トムの提案で私たちは祭りで本物の騎士団をこの目で見るために、シティへ半日かけて歩いて行くことになるのだが。若い私たちは興奮していたため全く苦ではなく、ハイテンションのままパレードを見つめることになる。
5回目くらいまではまだ楽しめたが、今は何の興奮もない。見慣れた騎馬・砲兵の行進だ。
パレード見学の誘いを断ってみても、結果的には特に変わらなかったので大人しく参加することにしている。見飽きたイベントではあるが、私という人間の人生にとっては重要な思い出になるのだ。
祭り当日のシティは普段の5倍以上の人で賑わっていた。私達はもし人混みの中ではぐれてしまってもすぐわかるようにとそれぞれの左手首に白いスカーフを巻いた。背の低い私達だがスカーフを巻いた手を挙げて振れば、どこにいるか探しやすい、とトムの提案だった。パレードの時間が近づくにつれ人の流れは濁流と化し、案の定私達は離れ離れになった。
今日この日、私の人生における大切な人物との出会いがある。2人。
1人は悪漢に腕を掴まれ引きずられていた少女、後に私の妻となるフェリシア。もう1人は私がフェリシアを助けようと悪漢を追い、返り討ちにあっていた際に助けてくれた青年レヴィンだ。実はレヴィンが白の竜副長だったのだが、そんなこと当初の私は知らなかったのである。レヴィンはこの日は非番で、ただパレードに出る同僚をからかう目的でこっそり遊びに来ていただけだったらしい。
悪漢を追い払うと、レヴィンは静かに納刀し私とフェリシアに振り返った。
「もう大丈夫」
数十年ぶりに見る青年時代のレヴィンは爽やかに若々しい。この人は何故何年経っても外見が歳をとらないのだろうかと恐ろしく思った。
この日の出会いが私が騎士団に入る大きなきっかけとなり、後にレヴィンは私の上官であり師となる。初めて会った時は美しい剣さばきに見とれ、格好いいお兄ちゃんだと思ったものだがその印象はもう無い。人の皮を被った血生臭い修羅だ。
恐れおののいて身を固くする私に対し、レヴィンはやさしい笑顔を見せて頭をそっと撫でた。
「君、よく気がついたね」
言葉の表面はフェリシアのことを指しているが、彼の正体のことを言っているのはわかった。レヴィンの勘の良さは異次元で、何でもない雑談の最中「そういえば、お前いま人生何周目なんだ?」と急に核心をついてこられた。きっと初めて会ったこの時から疑われている。
正直何周目かは覚えてないが、レヴィンに聞かれたら正直に「100は過ぎました」と答えている。人生100回越えると全分岐パターン覚えてしまって、全ての物事に対処できてしまうのだ。「危機管理能力が高すぎて予知能力を疑う」と同僚にも言われるのだが、予知能力ではなく暗記能力というか……レヴィン以外には話しても理解してもらえないので「全ての可能性を予め思考するんだ」と説明している。
数年後、戦火はさらに激しくなり私達は晴れて帝国騎士団に入隊することになる。騎士団員は慢性的に不足して募集を締め切ることは基本的にない。そして、騎士となり武勲を挙げたいと願う少年たちの入団志望は後を絶たなかった。
16歳の春だ。騎士になった私は上京し、フェリシアと帝都で偶然再開する。
フェリシアが務めているレストランの場所はもちろんのこと、勤務時間も全て把握している。彼女はコックになることを夢見ているのだ。フェリシアは伯爵令嬢であるがゆえに私より悩みの多い人生を送っていた。家族の誰にも夢を打ち明けられず、内緒でレストランで働いていた。
16歳で再開した時、私は運命を感じていたのだが20歳になるまで彼女に愛を伝えることが出来なかった。彼女も同じように感じてくれていたのだが。ただ単純に私が彼女に想いを打ち明ける勇気がなかったことと、彼女が美しい御令嬢だったので下級騎士の私などが彼女に想いを寄せてはならないと心に蓋をしてしまっていた。
「貴女を心から愛している。私とこの先ずっと、共に生きていただけませんか」
今ではもう最短ルートで告白をすることにしている。17歳の冬だ。この機を逃すと、フェリシアの幼馴染の婚約者が出てきたり、フェリシアの夢がご両親に露見し店を辞めさせられてしまったり、同僚の騎士たちにフェリシアが好意を寄せられてしまったりする。苦難を乗り越えても結局は私とフェリシアが結ばれる運命に変わりはないのだが、フェリシアの悲しい顔は見たくない。彼女が瞳を潤ませ嬉しそうに頷く姿は何万回見ても幸福だ。フェリシアがいない人生は人生じゃない。フェリシアと結ばれ幸せ絶頂の私に対する独身貴族レヴィンのかわいがり、いや、特訓指導はよりハードになった。おかげで私の剣の腕はぐんぐん向上していった。
レヴィンは史上最年少21歳で白の竜の一員となり、翌年には副長に任命された。1000年に1人の天才と30歳で団長となったがその翌年には再び副長に戻った。命令するより自分が動いてやる方が効率良いと感じてしまう彼に長は向いてなかった。私が16歳で騎士団に入った時、レヴィンは28歳。本人曰く「死ぬまで続く全盛期」に入ったらしい。全盛期のレヴィンに目をつけられた新米騎士の私は20歳で白の竜に半強制的に入れられてしまう。最年少入隊記録を塗り替えたのだが、実際任務中はレヴィンの世話係として働くことがメインだった。
後に10年戦争と呼称される大規模侵略作戦か開始されたのは、26歳の頃だった。帝国騎士団の侵攻は烈火のごとく、次々と領土を拡大していった。白の竜が参じる戦地は必勝などという噂が広がり、噂を真実にし続けるために白の竜の団員は日々東奔西走で奮闘した。白の竜は確かに剣の腕や指揮力が高い面々が揃っているが無敵の存在ではない。しかし白の竜の旗があるだけで周りの騎士の士気を高め、全体的に軍が強化される。よって勝利を積み重ねることが出来た。