悪役令嬢の中身は4歳です〜学園へ行こう〜
いつもの時間
いつもの通り道
講義を受けてから生徒会室へと向かおうと、近道する為に中庭を横切る。
すると、人目につかない木陰で、1人の女生徒がうずくまっていた。
具合でも悪いのかと思い声をかけようと顔を覗き込んでみたら。
それは、自分のよく知る人物が、ただただ眠っていただけだった。
「で、話を纏めると、君はエアリス嬢の妹君で、聖霊様のイタズラで入れ替わってしまったと。」
口いっぱいにクッキーを詰め込み、頬をリスのように膨らませながら、コクコクとうなずく、エアリス嬢。
「まえは、すぐにもどれたけど、こんどはねむって、おきても、もどれなかったの。でね、おねえさまが、がくえんは、おやすみしないとねっていってたけど、かなしそうだったから、セレネがおねえさまのかわりに、ここにきたの。」
成る程、かなり荒唐無稽だが、信じざるを得ない。
目の前のエアリス嬢の様子を見る限り…。
何故なら、普段のエアリス嬢と、この目の前のエアリス嬢は、明らかに別人としか、思えないのだから。
嫌いなはずの僕へこんな風に接するなんて、ね。
あの後、木陰で眠っていたエアリス嬢を起こしてみたら。
覗き込んだ僕の顔を見た瞬間、見開いた大きな瞳から、みるみる内に、大粒の涙が溢れ出した。
「だ、だれ?せんせー?ここ、どこ?ひろすぎて、わかんない、おうち、かえりたいの。」
そう言いながら、抱きついてきた。
ただならぬ様子で、やはり具合が悪く混乱しているのかと思い、中庭から1番近いこの生徒会室へと連れてきた。
そのまま泣き続けるようだったら、講師を呼んできて救護室へと運んで貰おうかと思っていたら。
後でみんなで食べようと用意していたクッキーを見つけた途端、ピタッと泣き止んで、クッキーを凝視した。
具合が悪く無いのなら食べてくれと進めた途端、パアッと笑顔になり、さっそく、ソファに座り、いただきますとお祈りをしてから、口いっぱいに頬張りはじめた。
そして、語る。
自分はエアリス嬢の妹だと。
姉の代わりにこの学園にきたけど、迷子になって疲れて寝てしまっていたと。
「せんせー、クッキーありがとうございました。おいしいもの、たべれたから、かなしいきもちが、なくなりました。」
眉毛を下げてふにゃっとした笑顔でお礼を言われた。
うん、これは、エアリス嬢では、考えられない。
まあ、居眠りも、大泣きも、食べ方も全てが有り得ないことだったが。
「…僕は先生じゃないよ。君のお姉様と同じで、ここの生徒だよ。」
「おねえさまと、おなじ?では、おにいさまですね。おにいさま、ありがとう。」
そう言いながら、花のように笑い、僕が座っているソファの横にちょこんと座って、僕の頭を自分の胸に引き寄せた。
「おれいに、いつもおねえさまがセレネにやってくれる、しあわせになるおまじないを、かけてあげますね。」
─やさしい、おにいさまが、あしたも、たのしくすごせますように。きょうも、すてきなゆめを、みれますように。
自らの胸に閉じ込め、耳元で甘く、優しく、歌うように、囁く。
そして、仕上げとばかりに僕の頬へとそっとキスを贈られた。
「おねえさまの、このおまじないは、とってもきもちいいのです。おむねが、ぽかぽか、するのです。」
─おにいさまも、するでしょう?
「…あ、あぁ、ありが、とう…。」
頬に集まってくる、言いようのないこの熱は。
普段は有り得ない、豊かな表情を見せてくれたエアリス嬢への戸惑いか。
若しくは…。
「…そろそろ、君の家から迎えが来るだろうから、門まで送ってあげよう。」
馬鹿げた思考に陥る前に、彼女を促し生徒会室を後にする。
話を聞き出していた間に、彼女の家へと伝達を頼んでおいたから。
「はい!おにいさま。」
すっかりと、おにいさま呼びが定着したようで、苦笑する。
程なくして、彼女の家の馬車が到着したようだ。止まると同時に中から、彼女の元の身体らしい小さな女の子が飛び出して来た。
「セレネ!無事で良かった。ダメよ、心配させないで。」
どうやら、エアリス嬢に無断でここにやってきたらしい。
「ごめんなさい。あのね、あのおにいさまがセレネがこまっていたら、たすけてくれたの。」
「おにいさま?」
小さな身体のエアリス嬢が、こちらへと視線を投げかけてきた。
と、僕の顔を見た途端、微妙ながら一瞬嫌そうな顔になったが、すぐさまいつものエアリス嬢の様な無表情へと戻す。
うん、ちびっ子の姿での無表情は、怖いよ?エアリス嬢。
「…会長、セレネの面倒を見ていただき、ありがとうございました。このお礼は後程、必ず。」
「あぁ、いいよ。お礼はもう貰ったし…ね。」
僕の断りの言葉を聞き、また怪訝そうに表情を崩したが、すぐさま深々と礼をし、執事らしき人物と一緒に、馬車に乗り込み家路へと向かった。
それらを見送った後、無意識に頬に手を当て、瞳を閉じる。
…12歳の年の差も、結構ありだよな?
先程閉じ込めたばかりの馬鹿げた思考が、再び僕の頭の中を駆け巡った。
実はこんな設定で書いてました
エアリスは副会長
毎回会長に成績争いで負けるから嫌い
婚約者以外のイケメンはなんか嫌い
生徒会長は乙女ゲームの攻略対象者
セレネちゃんは、知らない大人の男の人はみんな家庭教師だと思っていたから、せんせーと呼んだ
お家に帰ったら、会長のことおにいさまと呼ぶのは禁止された