おいチョコ食わねぇか
こんにちは! 私の名前は神宮寺千佳! こいつが主人公だって覚えてね!
髪質はさらさらのキューティクル、ちょっとウィーブのかかったメッシュ入りのアフロストレートだし、このボブカット部分のパーマをすっごく力いれたんだけどそんなの関係ないよね! 使い捨て主人公の外見描写なんていちいち覚えてらん無いもん!
なんなら名前だってもう忘れたんじゃない? 私の名前は天暦寺千鶴! ちゃんと覚えてよねっ!
今日は私、学校に来たんだ! だって女子校生なんだもん! はいそこ、「あ、これファンタジーじゃないんだ」って顔しない。気にしてるからね。私だってできればファンタジー世界の住人になりたかったよ。偶然手にした力を我が物顔で振り回して好き勝手に世界を蹂躙したかったよ。
こんなマイナージャンルの主人公に生まれたのが運の尽きだったんだ。三日後には私が存在したことすら忘れ去られるに違いない。鬱だ死のう。
ガッシ! ボカッ! アタシは死んだ。
「きゃー! 延暦寺千代さんが死んだー!」
モブっこい悲鳴を上げたのはドルイドの草子。レベルは28で、得意なスキルはアースウィスパーだ。明らかに使いづらそうなクラスを好んで選択することが、彼女の持って生まれた宿命である。
過酷な宿命を背負う者同士、私は彼女のことを気にしていた。いや、それは違う。こうして死の淵に貧すると気がつくこともある。私は、彼女のことを、愛していたんだ……!
愛の力で私は復活した。そしてそのまま草子を押し倒し、ちょっと描写しづらいことをねっちょりしっぽりした後、ベッドのシーツを抱きかかえて涙を流す草子の頭をくしゃりと撫でた。
お気に入りのジッポーでシュボッとマルメンに火を付け、レイバンのサングラス(特価優遇2499円)を装着して一服。
「ガールズラブタグから来た人にどう言い訳するかな……」
その後、私と草子は仲良く手を繋いで学校に行った。
*****
「ね、ねえ、永保寺千莉ちゃん。ちょっとひっつきすぎじゃない……?」
「黙れ殺すぞ。テメエの生まれてきた意味はもう消費しつくされたんだ。私専用の穴として分をわきまえた行動しろ」
「ふぇぇ……」
「ふぇぇ……」ってなんだよぶっ殺すぞ。使い古された鳴き声出してアピってんじゃねえぞ。やるんだったら断末魔ぐらい上げないとすぐに忘れ去られんだよ。テンプレ渦巻く過酷なこの世界に「現代モノ短編」とかいう圧倒的弱者の立場で生まれてきたことを自覚しろ。
ったく、しょうがねえなあ。すっこんでろ穴。私は草子に聖母のような微笑みを向け、お姫様抱っこしてから優しく口づけする。そして、喉から血を吹き出しながら溺れ死ぬボーちゃんのモノマネをした。
「何をしているのかしら」
現れたのはメガネをかけた委員長だ。ダメだこいつ、キャラの存在に面白さの欠片も感じられねえ。コンソール画面を開いてkillコマンドを打ち込み、委員長の存在を抹消する。世界中から委員長が存在していた全ての痕跡が失われ、唯一記憶を保持していた委員長の幼馴染(無個性なイケメンという自己矛盾に苦しんでいる)が大切な人を取り戻す旅に出た。
「おいカメラ、余計なもん描写してんじゃねえぞアマチュア野郎。テメエは私とその周りだけ映してればいいんだよ」
強引に描写を引き戻す。危ないところだった、下手に別視点なんて始められようもんなら主人公の影が更に薄くなる。いいか覚えとけ、私はここに居るんだよ。この世界に私と草子とその他大勢しか居なかったとしても、私のことだけは忘れるな。私の名前は鳳凰寺千陽、寺生まれの千さんって覚えてね。
それにしてもやべえな、無能どもに突っ込み入れてたらキャラがブレてきやがった。ここらでいっちょ女子校生っぽさ出しとくか。
「ねえねえロボ美ちゃんっ。今日ってバレンタインだよね? 誰か、素敵な人とかいないかなぁ?? きゃんっ」
その他大勢から格上げされたロボ美に女子校生っぽいトークを振る。瞬間、世界の時計が高速で回転して2月14日を指し示した。天から振ってきた赤いマフラーと毛糸の手袋を蒸着し、小道具担当にサムズアップを送る。演出ご苦労。
小道具の用意が間に合わなかったか、トナカイのきぐるみを着せられたロボ美はディスプレイを明滅させながら合成音声でこう言った。
『オレ ハ ロボ ジャ ナイ』
「へーっ! そうなんだ~~っ!! すごいねーっ!!」
うっし、満点。女子校生って大体こんな感じだろ。私は振袖を着て嬉しそうにしている草子の口内に砲撃のようなベロをぶちこみ、次元の狭間から呼び出したチョコレートを取り出してはにかむ。
「私ねっ、実は、好きな人がいるんだ……っ」
「えっ」
裏切られたような顔をする草子に養豚場の豚を見るような目を向ける。てめえは黙ってろっつったろが。
どうでもいいけど実際養豚場の豚を見た時、私はそれなりに目を輝かせる自信がある。動物好きなんだよ。たとえその後屠殺されるとしても、生きてる姿って結構新鮮だし可愛げがあるじゃん? あ、でも臭いのは無理。
「ねえねえ、気になる? 気になるよね? そうだよね、ロボ美ぃ」
『オレ ハ ロボ ジャ ナイ』
「だよねだよねっ! えーでもー……、どーしよっかなぁ??」
ロボ美に合わせつつも私は失策を悟った。やべえ、女子校生っぽさの演出に夢中になるあまり、ガールズラブタグ付けてんのに男の存在を匂わせちまった。このままだと童貞野郎どもが失禁絶命する可能性があるが、それくらいはまだいい。問題はガールズラブタグから来た亡者たちから暗殺者が送り込まれることだ。この固有結界において全知全能の存在であるこの私でも、絶対に敵に回してはいけない存在がいる。ふざけんなよ、こんなところで死んでたまるか。
包囲網をジリジリと狭める刺客を相手に、桜がトリックする感じのOPダンスを踊りながら時間を稼ぐ。何か手はないかと活路を探して目を走らせた先に、それはいた。
「あーっ! あのひとっ! あのひとだよっ!!」
「きゃー><」って顔をしながらぶんぶんと指を振る。芸術点が加算された。いいぞ、こういうあざといアクションを積み重ねてキャラ人気を高めていけば、いずれはファンアートなる宝具を賜る日が来るかもしれない。この「髪質はさらさらのキューティクル、ちょっとウィーブのかかったメッシュ入りのアフロストレートだし、このボブカット部分のパーマをすっごく力いれてる」部分とか特にどうですかね。あ、顔はエーゲ海で体型はドラム缶です。スリーサイズは100・100・100。
指を指した先に居たのは、きらきらした金髪を優雅にたなびかせる学園のカリスマ。くっきりした鼻筋とつぶらな瞳が人懐っこさと知性を感じさせる、人気ナンバーワンの絶対的アイドル。
ゴールデンレトリバー先輩だ。
「はぁぁ~~……。ゴールデンレトリバー先輩、今日もかっこいい~~~」
甘ったるい腐臭が匂い立つほど媚びた鳴き声を出しつつ桜がトリックする感じのOPダンスをビシっと締めると、百合の刺客は拍手を残して消えていった。そう、申し訳程度の伏線回収で恐縮だが私は動物好きだ。動物好きならゴールデンレトリバーに股をやめとこうこれ以上踏み込むと今度は他のところから刺客が送り込まれる。下手に道を踏み外すほど動物好きな野郎どもを敵に回そうものなら穴という穴に馬のこれ以上もやめとこう。運営さんごめんなさい。
「ねえねえロボ美ちゃんっ。どうしよっ! どうしよおっ~~!」
『オレ ハ ロボ ジャ ナイ』
「え~っ! でもでもっ! うまくいくかなぁ……?」
余計な葛藤はカット(天地開闢宇宙創生ジョーク)。どうせなんだかんだで告りに行くことなんて全人類が知ってるし、余計なことは省いていこう。尺が足りないんだよ。
私は顔を真っ赤にしながら、ゴールデンレトリバー先輩に近づいてチョコレート(カカオ100%)を手渡す。
「せ、先輩っ……! これ、私の気持ちです! 受け取ってください……っ!」
「わふ」
ゴールデンレトリバー先輩はチョコレートを受け取ると、前足で丁寧に包み紙を剥がして口からワイルドにかぶりついた。
で、死んだ。
「先輩ーっっ!!」
アタシは泣いた。
いくつもの涙があった。いくつもの悲しみがあった。何度も心が折れそうになって、何度もくじけたりもした。
一人ぼっちじゃ膝を抱えて子供のように泣くことしかできなかった私たちを繋いでくれたのはゴールデンレトリバー先輩だ。だから今、不器用な私たちは手と手を取り合い進んでいける。
見上げれば満点の銀河。見下ろせば白銀の雪景色。星と大地の間で祈りを捧げ、私は涙をぬぐって立ち上がる。
(さようなら、先輩。大好きでした)
先輩が食べ残したチョコレートの欠片を口に入れる。口の中にいつまでも後味を残すそれは、苦い恋の味がした。
なにこれ