食堂にて
入学式は、午前中で終わったので、学食で萌ちゃんと優子と3人で昼食をとることした。
萌ちゃんは、どうやらあたしたちのフクザツな関係に興味津々らしい。食事をしながら、昔のことをいろいろと聞いてきた。
「昔はなかよしだったの?」
「なかよしっていうか・・・私たちタイプが正反対だから、あんまり一緒に遊んだ記憶がないわ。ねえ?」
「そうね、一緒に遊びなさいって部屋に入れられても、そのうち別々の遊び始めちゃったりね」
あたしがそう付け加えると、萌ちゃんは信じられないというような顔して「えーっ」と声を上げた。
「そりゃ、ホントにちっちゃいときのことは覚えてないわよ?」
あたしは苦笑して、「でも少なくとも、物心ついた頃にはそんな感じだったわ」と続けた。
「仲悪くもないけど、仲良くもない感じ?」
「そう、まさしくそんな感じ」
「じゃあ、ケンカもなかったんじゃないの?」
実は、そのとおりだった。一緒に遊ぶことさえ少ない姉妹だったもんだから、ケンカをした記憶がほとんどないのだ。
あたしだって、はじめから優子のことを毛嫌いしていたわけじゃない。
あの時までは・・・。
保育園の頃、あたしたちのクラスにいわゆるガキ大将的な存在の男の子がいて、おもちゃを横取りしたり順番を守らなかったり、しょっちゅう先生を困らせていた。
だいたいの女の子はそんなことされたら泣いちゃうんだけど、あたしは嫌なことは嫌ってハッキリ言っちゃうタイプだった。彼もそれが気にくわなかったのかしょっちゅうあたしに突っかかってきてたから、あたしたちがケンカするときは、きまって取っ組み合いの大ゲンカにまで発展していた。
もちろん、そういうときはすぐに先生が駆けてきてくれたから、ケガしたりするようなことはなかったのだけれど。
そして、あの日も。彼は優子の手から読み終えた絵本を奪い取って、読む順番を抜かそうとしてきた。
「ねえ、なんで絵本盗るの?つぎはあたしがよむんだよ」
「へっへーん、こんなの、はやいものがちだよーっ」
「つぎその絵本かしてって、あたしがさいしょに、ゆうことやくそくしたもん!」
「だからなんだよ、はやいものがちだっていってるだろ」
「絵本はじゅんばんによんでねって、先生いってたでしょ。じゅんばんぬかしたらいけないんだよ」
「はあ?」
こんな時に限って先生は他の子の相手をしていて、すぐにはこっちまで来てくれなかった。
優子は優子で、あたしたちが言い合っている間に、さっさとその場を離れていっちゃうし。
気がついてはいたけど、でも、まあ、いいか、と思っていた。先生呼びに行ってくれたんだと信じ込んでたから。
・・・でも、先生があたしたちのところへ来てくれたのは、それから何十分もたって、取っ組み合いにまで発展してからしばらく経過したあとだった。
「ちょっと、2人とも、何やってるのっ」
優子は、他の友だちと楽しそうにおままごとをして遊んでいて、こっちには見向きもしなかった。
分かってる。優子だって、決して悪気があったわけじゃないって・・・普段は先生にも、友だちにさえも自分の気持ちをハッキリ言えないような子だったから、あの場面で先生をすぐに呼ぶってことが、優子にとっては至難の業だったはずだってことも、分かってるの。
だけど、許せなかった。先生に声を掛けられなくて隅っこでうつむいてるとかなら良いけど、妹を放って友だちと仲良くおままごと?どういうことなのよ。
もっと、何かすることがあるんじゃないの?
・・・笑っちゃうでしょ。こんなくだらないことで、あたしは優子のこと、嫌いになったのよ。
「ごちそうさまっ!」
「!」
萌ちゃんの元気な声で、ハッと我に返った。
「あ・・・」
「翔子、全然食べてないじゃない。大丈夫?」
気がつけば、優子ももう食べ終わっていた。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて」
あたしは慌てて言って、残ったおかずに箸をつける。
「今日は親御さんもいっぱいいるのねえ」
「入学式だからね、今日は親子で学食って人も多いんじゃない?まあウチの親はさっさと帰っちゃったと思うけど・・・優子ちゃんたちのとこは?」
「私のお母さんは、式だけは行くけどすぐ帰るからねって、最初から言ってたから。翔子のところは?お父さんなら来たんじゃない?」
「え?いや、お父さんも今日は・・・」
お父さんも今日はすぐ帰ったわよ、と言いかけたとき、「おい、翔子」と後ろから男の人に声を掛けられた。
「えっ!?」
振り向くと、スーツ姿のその男の人は「おいおい何だよ、なんでそんなにおどろくんだ?」と苦笑した。
「うそ・・・」
「お父さん!」