000話 黒と白
目の前には一人の少女がいた。
白いワンピースを着て。麦わら帽子を被っている裸足の少女。
こちらを見据えながら。サラリと伸びたブラウンヘアーをしたその少女は優しそうな面持ちで微笑んでいる。
真っ白な景色を背に佇む彼女のその姿は。まるで俺の中の理想を描き出されているのかと思うほどのそんな絶景だった。真っ白な空間に居るただ一人の少女。そして俺という存在。
空も無ければ大地も無い。それなのに。こんなにもポカポカとした暖かさが俺の体の中に染み渡るようにやってくるのは。この場所が。彼女の俺に向けられたその穏やかな笑顔が。言うまでもなく俺にとって。とても心地の良いものであることを提示していたのかもしれない。
「綺麗だ……」
ポツリと本音がこぼれてしまうほどの。美しさ。
そんな俺の言葉が耳に届いたのか。彼女は顔を少しだけ傾け。眠るような目をして瞳を伏せた。それはまるで目でお辞儀をしているような。そんな風にも見えた。
「あの……あなたは誰なのですか?」
俺は彼女に尋ねた。キミが何者なのか知りたかったから。人間だっていい。人間じゃなくったっていい。神だっていい。審判だっていい。天使だっていい。怪物だっていい。魔物だっていい。それでも俺はキミのことを知りたくなった。もっとキミのその笑顔を見ていたくなった。ただただキミの俺に向けているその優しい笑顔を。もっとよく見ていたくなった。
だけど。彼女は俺の問いかけた言葉を聴くと。一歩二歩と後ろに下がって動き出してしまった。
俺のその質問。それがまずかったのだろうか。こちらに体を向けてはいるけれど。彼女は後ろへとどんどんさがって俺から遠ざかっていく。
「ま、待って!」
俺は懇願した。もっとキミを知りたい。俺の心は彼女のことで一杯だった。
それでも。俺の希望とは反対に。彼女は優しそうな表情でこちらを見つめていた顔を。全身を。前方へと向けてしまった。
そうして。彼女の一歩二歩と進んでいた歩みは。やがてスキップへと変わり。上手な足さばきをしながら彼女は真っ白な先へとどんどんどんどん進んでいった。俺と彼女との距離がどんどん開いていく。
ワンピースが風に靡くようにふわりと優しく舞っている様はまるで。ゆったりとした速度で白鳥が空へと飛び立ちたいと願い望み続けているかのような。そんな錯覚を感じさせてくれるほどの。希望ある穏やかな舞いだった。
「ふふっ……そうだよね。うん。諦めるのはまだだ」
たとえその先に苦難が待っているのだとしても。
「救うよ。みんなを……必ず」
彼女にそう言い残し……俺は。
「ありがとう──」
そっと。
瞳を閉じた。