プロローグ
この物語はフィクションです。
潮の香りがする海岸沿いの道が夕暮れの色に染まるころ、冷たい風を全身に受けながら全力で走っていた。
左に広がる大きな海に夕日が浮いている。
歩道から見下ろす砂浜には一組のカップルと釣り人が一人。
目線を前に戻すと道は下り坂になっていく。
こけそうになる足を上手くコントロール。速度を落とさず坂を下りると砂浜へ入る道が見えて来た。ガードレールが切れた所を左に曲がり、駐車場に入る。
白いミニバンが一台。夕日の色に染まっている。
ミニバンの横を通り過ぎると砂浜が広がる。
そこで、立ち止まった。呼吸は乱れ、足は重い。 空に近い背中の鞄もやけに重い。
両手を両膝に置き、呼吸を整える努力をした。落ち着け。落ち着け。
そして、自分にそう言い聞かせながら、ゆっくりと砂浜に視線を戻していく。あいつはいるのか。
緊張する。
鼓動は走っていた時よりも早い。
頼む。
赤い砂浜、そして海が見え、大きな丸い夕日を見た。歩道から見えたのは一組のカップルと釣り人。
その場所には今も三人しかいなかった。
正面には夕日と砂、左に三人。残るは右。
そこにいなければ…。不安が大きくなり今度は心まで重くなってきた。朝、彼女の下駄箱に入れた手紙に、砂浜で会いたいと書いた。
気持ちは届いただろうか。
どうしても来てほしい。 そう書いたほうがよかったかも。
今更どうにもならないことを嘆く。
ますます心は重くなる。とりあえず深呼吸。
一回。二回。三回。
少しだけ落ち着いた。
大丈夫。大丈夫。
全身に力を入れる。目を閉じて集中する。
大丈夫。いる。
拳を握る。
何とか気合いが入ってきた。
残るは右。
いてほしい。あいつに。 言葉で伝えたい。ずっと隠してた思いを全て。
赤い砂浜に吹く冷たい冬の風にも冷まされず、体は熱かった。
目を開けると正面の夕日が少し海に沈んでいるのが見えた。
きっと同じ夕日を見てる。
あの夕日に照らされながら、優しく微笑むあいつ。
もう一度目を閉じ、体を右に向ける。
心に襲い掛かる不安と緊張を振り払い、僕は一気に目を開けて、少し暗くなりはじめた砂浜を見た。
三年前の冬の出来事。
あの頃の思い出が蘇りはじめた。