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選ばれし者 〜10年越しの贈り物を君に〜

 若干、世にも奇○な物語を意識しました。

 俺は……いや、名前を語る必要もないだろう。ありふれた名前とだけ言っておく。

 俺は疲れていた。

 生きることに疲れていた。こんなことを言うのは自分を産んでくれた親や関係者の人たちに申し訳が立たないが、言わざるを得ないほど心は疲れていた。


 だから死ぬ。


 今、月が昇って間もない頃、雨が降る中、俺は傘もささずに家を飛び出した。

 服も髪も濡らし、こうして高層ビルの屋上までやってきて、目下にある走る無数の光を観察していた。大雨だけあって、ドライバーたちも急いで帰路についているのだろう。事故なんかが起きなければいいけど。


 俺が事故を気にしてどうするのだろうか。


 俺は瀬戸際にいた。踏み出せば、事故が起こる。




“それでいいのか”




 幻聴だ、昔からこういうことはよくあった。気分の沈んだ日は決まってこういう風に幻の誰かが俺に語りかけるのだ。




“それでいいのか、○○○”




 幻聴が俺の名前を呼ぶのは初めてだな。今までは一言かければそれでお終いだったのに。……最後の機会だ、返事くらいはしてやろうか。


「いいんだ、俺は疲れたから。今までありがとう、幻の誰か」




 幻の誰かは少し間を空けて、

“ようやく、君と交信できた、今まで君はこちらのことを無視してきたから”


 幻の誰かは食い下がる。そんなにまでして俺のことを気にかけていたのか。


「最後だからさ、もう二度と声を掛ける必要もなくなる」

 降り続く轟音の中にかき消されそうな小さな声で投げ返す。幻聴はさっきよりも少し長く間を空けて、


“残念だ、しかし君がそれをするなら、君の友人Aは死ぬ”


「…………何?」

 幻聴の癖に俺の人脈を知っているようだ。生意気な奴だ。その上、何か恐ろしいことを口にしている。


“君の友人Aは死ぬ”


 A、俺とは長い付き合いの友人のことだが……なぜあいつが死ぬ? あいつは珍しく昨日学校を休んでいたが……。


“生贄さ、君は生きなければならない”

 幻の誰かは答える。


 生贄——、このご時世に生贄か。随分物騒だな。まさか、Aはこれから人柱に立てられるとでも言うのか。

 ……誰のために?


“そうでもしなければ君は死んでしまう、それにこちらの言っていることを信用させるいい機会だ。何せようやく君が答えてくれたのだから”


 こいつは、何を言ってるんだ?

 そうでもしなければ君は死ぬ、だと。何をわかった風な口を利いているんだ。

「——冗談じゃない! 俺はもう死ぬんだ、嘘じゃない! Aが死のうが、どうしようがそんなこと俺には関係ない! お前の言うことなんて関係ない!!」

 土砂降りの中に今度は俺の声が響く。頰に雨と汗を垂らしながら、俺は息切れしていた。


“君が死ぬことはできない”


 嘘だ。お前の言っていることはデタラメだ。幻聴相手に意地を張るのは癪だが、俺が言っていることが本当だとわからせてやる。


“なるほど、強固な意志を持っているな。それでこそ、だな”


 何を言っている。さっきからこいつは何を言っている。そうだ、こいつは幻聴の癖に喋りすぎだ。こんなやつに耳を貸すからいけなかった。

 俺はビルの縁に足を掛ける。もう、あと一歩。


“君は、『選ばれし者』だから”


 最後まで、幻聴は俺に語りかけた。頭上が激しい光に包まれる。

 俺の身体は、これから地表に迎え入れられて飛び散るだろう。

 でも、前に倒れるはずの身体は何故かそこから動かない。頭の奥で轟音を何度もリピ—ト再生したまま俺の身体は動かない。


 幻聴の言っていたことはわからないが、俺は自分に起きていたことを何となく察していた。


 こんな都市部で? まさか——


 落雷は俺の身体を打ち抜いていた。死ぬとすればどちらが要因となるのか。転落か、雷か。どちらにせよ、そんなことを気にする必要はない。もう、俺という意識もなくなるのだから————






 目が覚めた。俺は目が覚めることの意味をしばらく理解できなかった。


「……生きてる」


 俺はあのビルの屋上で倒れていたらしい。原因は落雷による意識障害。それから誰だかが俺のことを発見してくれてすぐに病院に運ばれたらしい。それで俺が目覚めたのはそのすぐ翌日、要するに普通に睡眠していたのと変わらないほどの時間だ。


 そんなバカな、と俺は医者がデタラメを言っているのだと疑ったが、ご丁寧に俺の身体には打たれた際の跡がしっかり残っていた。

 それに俺は落雷注意報が出るほどの豪雨の中、よりによって都市でも有数の高層ビルの屋上に立っていた。打たれたことは不幸だが、不自然ではないと。

 それはそうだな、高いところにいる方が雷に当たりやすいなんて小学生でも知っている。

 後遺症も特に残らず、明日からは普通に学校に登校できるとのことらしい。医者曰く君は幸運とのことだ。

 こういう極端な不幸と幸運っていうのは、嬉しくないもんだとつくづく思った。


 さすがに今日は自宅療養を言いつけられ、俺はそのまま迎えに来てくれた親とともに家に帰った。


 帰ってすぐ、いや、車の中にいる時から、俺は親に「どうしてあんな場所にいたんだ」と散々聞かれたが、俺は特に何も言わなかった。


 家に着いて、自分の部屋に戻って、そこで俺は昨日から何も変わっていない現実があることに気がついた。


 俺は死にそこなったのだ。あれほどの決意をして、邪魔する意思を跳ね除けてようやく踏み出した一歩を誰かによって妨げられていた。むしろ、一度死にそこなった分、俺の中には更なる死への恐怖が生まれていた。

 まるで何者かが、俺から死を遠ざけるかのように。




 俺は、あの幻の誰かに生かされたのだ。


「おい、いるんだろ。今まで散々俺に話しかけてきたんだ。俺からの問いかけに答えてくれ」

 誰かと話す時のように、俺は姿の見えない相手に対して語りかける。部屋全体をぐるりと見渡して、どこから話しかけられてもいいように。


“無事戻ってこれたみたいだね、退院おめでとう”

 幻の誰かは天井から声をかけた。人間の社会についても知っているようだ。

 しかし俺の中に渦巻いていたのはこいつに対する怒りだった。


「なんで余計なことをした。俺は君によって生かされたんだろう?」


“どうやら、こちらがただの幻聴ではないと信じてくれたようだね”


 違う、信じたわけじゃない。お前は俺の中にいるただの幻聴だ。


“……なるほど、まぁ、そうとも言えるかもしれない”


 どういう意味だ。

 幻の誰かは構わず続ける。


“君が生きなければならない理由、それは、君が『選ばれし者』だからだ”


 俺が……選ばれし者、だって? 選ばれると、どうして俺が生きなければならないことになる。


“それは君の存在が、いずれ世界に大きな意味をもたらすから”


 バカな……普通の学生の俺が世界に大きな意味? それに俺はもう死にたいんだ、世界に意味を残す前に死にでもしたらどうする。


“そのために、こちらがいる。それに、学生だから、といったことはこの際関係ない。重要なのは君なのだ。君だけが、今この世界に必要とされている。だから死んでもらうわけにはいかない”


 とすると、何か。俺は死んでも死にきれないとでも言うのか。冗談じゃない、そんな役誰かに譲ってやってくれ。


“それはできない、それは君以外には務まらない”


「————ふざけんなよ、畜生!!」

 なんで、どうして俺が生き続けなければならない。そんなの、ただの生き地獄じゃないか……。


“……では、逆に聞こう。君はなぜ死のうとする。見る限り、君が生活に不自由を感じることはないはずだが”


 なぜ? 俺は……疲れたから。

 それは理由にもなっていない子供じみたものだった。

 ……あまり詳しいことは言いたくない。


“ならば、その要因を取り除けばいい。そうすれば、君は疲れることを失くし、君の人生を歩むことができるのではないかな”


 もっともらしいことを言う。しかし、そんなことで解決するぐらいなら、俺は疲れることなんてなかったさ。


“そうか、限界というものがあるのだな。ならば、それをこちらで取り除こう”


 ……何だって。


“こちらはただの君の幻聴などではない。君を導く者だ。君の言う、疲れる要因が君をむしばみ続けるなら、いずれ世界への影響を大きく妨げることにもなりかねない”


「お前がなんとかしてくれるっていうのか」


“そうだ”


 ——ならば俺はどうすればいい?


“ただ待てばいい”


 いつまで?


“君が望む日までだ”


 明日でもいいって言うのか。


“いいだろう、今までは最低限命を守ることを優先していたが、明日からはそれ以上の待遇を与えよう”


 幻の誰かは俺の思わぬところで何かに働きかけ、そして、俺の望みを叶えると言った。

 薄れる衝動。生への欲求。


 いつのまにか、俺は幻の誰かに期待していた。






 翌日、俺は学校に行った。俺が学校に着いた頃友人のAはいつもの席に座っていた。

 どうも、ただの風邪だったらしい。


 しかし、俺には幻の誰かが言っていたことが妄言だったとは思えなかった。きっと、あいつが少しでも働きかければAも一捻りだったのだろう。

 そしてそれをしなかったのは、俺が生への執着を取り戻したから、らしい。

 誰のことも気にかけなくなった昨日までとは違い、友人たちのことが大切でならない。


 俺はかつての正常な生活を取り戻していた。

 疲れさせる要因は綺麗さっぱり無くなっていたのだ。それが何だとは言わないが、今思えば一時の気の迷いだったとさえ思わせる。


 それも全て、俺が『選ばれし者』だったから、か。幻の誰かが言うには、俺には命の保証に加え、今以上の幸運が与えられるらしい。

 何だか虫のいい話だ。選ばれただけで満ち足りた幸せを得ることができるなんて。


 とは言え、この世界の全てが悪意に満ちている訳でもないのだろうが。時には手違いや偶然から始まる縁や、宝くじで大金が当選することだってあるのだから。


 待てよ。自分で思って気づいたが、もしかすると、今の俺なら宝くじに当選することも簡単なのだろうか。

 だって俺は『選ばれし者』だから。


 ……いや、やめておこう。そんなことをするために俺は今の日々を願ったのではない。


 今は、この一瞬一瞬の幸せを噛み締めて生きていこうと思う。






 あれから時が経って10年。俺は製薬会社に就職し、そこで出会った女性と結婚した。彼女とはプレゼンに遅れそうになっていた俺を偶然助けてもらったことで出会った。

 そして何と、今は子を宿すにまで至った。




 あの日——俺が過ちを犯しかけたあの日から10年間、幻の誰かの声はぱったりと聞こえなくなった。

 たまに、ピンチなことがあったりすると、なぜかそれが上手くいくこともあったけど、やはりあれも彼の仕業なのだろうか。

 そして今に至り、ようやく俺は人様に顔向けできるくらいには成長できたのではないかと思う。ただ、幻の誰かが言っていた世界への大きな意味をもたらす役割とは程遠いかもしれないが。


 俺は……これで良かったのだろうか?


 最近、ふとそんなことを思う。どんな時、どんな場所でも。




“君は選ばれし者としての役割を果たしたよ”




 突然だった。10年前と変わらず懐かしいあの声が俺の中に聞こえてきた。

 俺の思念が呼びかけたということなのか。




 そうか、俺の役割は果たされたか。

 ……ということは“俺はもう選ばれし者ではない”?


 その時ヘッドライトの光が横顔に当てられたかと思ったら、俺の身体は横転しそのまま地面に吸い込まれるように意識を失った。




 それから数時間後、息を引き取る男と入れ違いになるように、子供は誕生した。

 子供の名前はセツナ。一瞬一瞬を大切にして生きて欲しいから、と妻は男から既に伝えられていた。






 17年後。


 ——俺の名前はセツナ。顔も成績も中の上程度の普通の高校生だ。隣に住むうるさい幼馴染みの広田インコや、一緒にバカばっかりやってる友人の新庄ユウジたちと毎日を適当に過ごしている。


 でも、俺の両親は家にはいない。

 母親は海外赴任中なこともあって家事全般はプロ級にできるようになった。

 父親のことは俺が生まれて間もなく死んでしまったからよく知らない。

 今は要するに一人暮らしってことだ。


 両親がいないのは辛いけど、俺は毎日頑張って生きている。

 そんな何不自由ない日々を過ごしているはず————だった。


 ……実は昨日突然現れた謎の美少女、水照アスナから世界を守る任を下された。

 どうも彼女が言うには、これからこの世界には危機が訪れるらしい。悪魔やら天使やら鬼やら妖怪やらが攻めてきて、対して俺は聖剣やら邪眼やら異能やらを使って戦わなければならないらしい。俺としては面倒で仕方ないのだが……また退屈な日常を取り戻すためにももう少しだけ頑張ってみるさ。

 ——なんたって、俺は選ばれし者だからな。

 選ばれし者とは決められた役割を担うことです。例えどんな結末が待ち構えていたとしても、その役割からは逃れられません。

 もしもあなたが選ばれたなら、その役割を担うことができるでしょうか。


 拙い文章でしたが、読んでいただきありがとうございました!

 感想、ご指摘など、何でも受け付けております!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不思議な雰囲気と、選ばれしものというのが結局具体的には謎に包まれた点が余計にこの話のミステリアスさを醸し出していました。 小説家になろうではなかなかないテイストでグッド。 [気になる点] …
[良い点]  発想、プロットともに素晴らしいと思います。小説家になろうに投稿されるクオリティーのものとはとても思えません。 [気になる点]  名前ェ…… あとは、要所要所に雑なところが混じっていること…
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