5 雨乞い
メルはおばあちゃんが早寝なのを利用して、コッソリと色々な術が書いてあるノートを読み漁りました。
『あった! 雨乞いの術だわ!』
小さな文字なので、読むのは難しかったけど、おばあちゃんを起こさないように、蝋燭は使わず、月の光に照らします。
「ええっ? 雨乞いなのに、大きな篝火をたくの?」
メルは自分に出来るか、自信が無かったので、コッソリと雨乞いをする計画を立てていましたが、大きな篝火なんかたいたら、村の人達に気づかれるし、おばあちゃんも気づくだろうと、溜め息をつきました。
『早く、寝よう』
黒猫のルーは、馬鹿なことは止めて、ベッドで寝ようと、身体をメルの膝に擦り付けます。
メルはルーを抱き上げて、滑らかな毛を撫でてやると、気持ちが穏やかになりました。
『ルー、でも雨が降らないと、作物が全て枯れてしまうのよ』
メルは、どうしても諦める気にはならず、篝火をたく位置や、薪の積み上げ方などを、月明かりの下で夢中に読みます。
「ダメ元で試してみよう!」
おばあちゃんが知ったら、止めたでしょうが、すやすやと寝ていました。
その日から、メルは森で薬草を探して来ると言っては、コッソリと村に行って、雨乞いに相応しい場所を探しました。
「ううんと……雨乞いをするには、篝火で湿った空気を上にあげなきゃいけないんだから、川の近くかしら?」
雨乞いと言っても、呪文を唱えて降らすものではなく、自然を観察したり、本来は何年もの気象を記録したりしなくては、いけないのです。
「おばあちゃんが、毎晩寝る前に、お天気をノートに書きこんでいたのは、このためだったのかな?」
簡単な日記をつけているのだと思っていたけど、メルはまだまだ修行が足りないと気づきました。
自分が修行不足なのには気づいたメルですが、村に来て雨乞いをする必要も目にしました。
家の周りの菜園すらも、毎日水やりをしていても、緑の葉っぱは萎れていたし、今の時期なら青々としている筈の小麦畑は、まるで荒野のように黄色く変色していたのです。
早く雨乞いをしなくてはと、気は焦るのですが、場所を決めるだけでも、大変でした。
何故なら、おばあちゃんが、怪しんでいたので、そんなに長い間は森を留守にできなかったからです。
「場所は、あそこにしよう!」
川の上の小高い崖の上なら、大きな篝火をたいても、周りに飛び火しそうに無いからと決めると、森へと走って帰りました。
急いで、薬草や、ベリーをバスケットにいっぱいに取ると、家へと走りました。
『メルは村へ行ったぞ』
バサバサと、おばあちゃんの肩に舞い降りすと、カラスのカーは報告します。
『おや、まぁ、何を企んでいるのかねぇ』
おばあちゃんは、カラスのカーにパンを一切れやると、木の上にかえらせました。
「おや、凄い汗だねぇ……」
おばあちゃんは、カラスから報告される前から、メルが何か企んでいるのに気づいてましたが、止めても無駄だと溜め息をつきました。
『雨乞いでもする気だろうが、メルには無理だろうねぇ。
あれほど、村の人達の頼みをきいては、いけないと言い聞かせていたのに……まぁ、失敗すれば、懲りるだろう』
雨乞いなんて、高度の術は、日頃から観察を続け、魔力も強くなくては、成功させれないので、おばあちゃんは失敗するに決まってると無視しました。
メルは、ロビンとアンナに雨乞いの手伝いを頼みます。
「雨乞いをしてくれるの!」
喜ぶ二人に、メルは慌てて注意しました。
「私は修行中だから、雨乞いが成功するかわからないの!
村の人達に無駄な期待をさせたくないわ。
それに、おばあちゃんには駄目だと言われているから、秘密にしなくちゃ……と言っても、大きな篝火をたいたら、バレちゃうだろうけど……」
ロビンとアンナも、村の人達も篝火に気づくだろうと、頭を抱えました。
「何か、イベントだと誤魔化せない?」
イベントとねぇと、三人で頭を寄せ合い考えます。
「そうだ! ミッドナイト・フェスティバルは?」
ロビンの言葉に、アンナは手を打ちましたが、メルは何のことかわかりません。
「メルは、ミッドナイト・フェスティバルを知らないのね!
毎年、真夏の満月の夜に、村の集会所で音楽やダンスを楽しむのよ。
今年は干魃で、大人達はそれどころじゃないけど、子どもだけですることにすれば良いのよ」
メルは上手くいくのかなと、首を捻ります。
しかし、大人達は火の取り扱いを注意しましたが、ミッドナイト・フェスティバルを許可してくれました。
毎日、小麦畑を救う為に、何度も水嵩が減った川と畑を往復していたので、反対する元気もないほど疲れていたのと、それを手伝っている子ども達にも、何かご褒美をあげたかったからです。
「薪の積み上げ方は、これで良い?」
他の子ども達には、雨乞いだとは教えて無いので、コッソリとロビンはメルに確認をとります。
崖の上には、子どもの背丈よりも高く薪が積み上げてあります。
「後は、夕方に火をつけて、カネや太鼓を叩きながら、踊りながらまわれば良いはずよ」
何だか上手くいくのか不安だと、三人は顔を見合わせた。
「とにかく、やってみましょう!」
満月の夜に、篝火をこうこうとたきながら、村の子ども達と一緒に、メルはカネを叩きながら、雨乞いの呪文を唱えます。
ミッドナイト・フェスティバルと偽っているのには、心が傷みましたが、おばあちゃんを誤魔化せないと、夜に外に出してくれなかったと、メルは考えました。
それに、ミッドナイト・フェスティバルの為に、ベリーのタルトや、ポップコーンなどを用意したので、子ども達は雨乞いだとは知らされなくても、楽しんでました。
「何時まで、雨乞いをしなくてはいけないのかな?」
楽しんでいた子ども達も、篝火の薪が焼け崩れていくと、段々と飽きてきて、カネや太鼓を叩いて周りを踊っているのは、メルとアンナとロビンだけになってしまいました。
「さぁ、でも、メルが周りを回ってる間は、僕達も止められないよ」
ロビンも、雨乞いは失敗だと、ガッカリしてましたが、メルが諦めないうちは、頑張ろうとアンナを励まします。
メルは、そんな二人の心配には気づいていませんでした。
何周も篝火の周りを、呪文を唱えているうちに、心が暖まった空気と共に空の上へと飛んで行ってしまっていたのです。
真夏の満月が浮かぶ夜空で、メルは雨雲を呼び寄せます。
『お願い! 雨を降らせて!』
満月に向かって叫んだメルの心は、スットンと身体に落ちて、その衝撃で倒れてしまいました。
「メル!」
突然、倒れたメルをロビンは抱き抱え、アンナは心配そうに覗きこみました。
「雨乞いは……」
失敗しちゃったと、二人に謝ろうとしたメルの頬っぺたに、一粒の雨が落ちました。
「雨だ! 雨が降ったよ!」
みんなも、手に雨を受けて、飛び上がって喜びました。




