4 大きな森の小さな魔女
メルは、夏休みなので、おばあちゃんから魔女の修行もつけて貰います。
と言っても、村の人達が恐れているような、人を呪ったり、家畜を病気させたりする怪しい術などは習っていません。
森に生えている薬草と、その効能を教えて貰ったり、食べられる茸や、木の実、草などを取ったりしているだけです。
「それにしても、暑いねぇ」
おばあちゃんと、バスケットにいっぱい薬草などを取って家に帰ると、素焼きの壺から水を飲みました。
「素焼きの壺に水を入れておくと、冷たくなるんだよ」
おばあちゃんは、孫のメルにあれこれ教えておかなければと、何回も同じことを話します。
「知ってるよ! もう9歳だもの」
「おやおや、私の小さな孫が、もう9歳になったんだねぇ、何かお祝いをしなくちゃね」
おばあちゃんとメルは、二人でケーキを焼こうと微笑みました。
森も何時もの夏よりは暑かったのですが、おばあちゃんの菜園には青々と葉っぱが繁っていたので、メルは村が干魃に襲われているとは知りませんでした。
二人で、ケーキを焼く為に、卵を泡立てたり、小麦粉をふるいに掛け、タネをケーキの型に流し込み、オーブンに入れます。
「さぁ、後は焼くだけだね、その間に用具を洗っておくれ」
ボールに残ったケーキのタネを、指ですくって黒猫のルーと一緒に舐めていたメルは、首をすくめて、洗い物を始めます。
壁の石造りのオーブンから、ケーキの焼ける良い香りが小さな家に満ちた時、トントンと小さく扉をノックする音がしました。
「おや? 誰だろうねぇ」
おばあちゃんは、魔女だと恐れられているので、家には訪ねて来る人なんかいません。
「メル、いるかい?」
メルは、おばあちゃんが止める前に、ロビンだ! と扉を開けてしまいました。
そこには、思い詰めた顔のロビンとアンナが立ってました。
「ロビン、それに、アンナ? わざわざ森まで、遊びに来てくれたの?」
呑気な孫に呆れながら、そんな理由で森の魔女の家を訪ねては来ないだろうと、おばあちゃんは溜め息をつきました。
『追い払おうか?』
カラスのカーが、カーカーと鳴き、二人はビクンと飛び上がります。
『いや、大丈夫だよ』
おばあちゃんは、カラスに怯える二人を追い払うぐらい、自分でできると断りました。
二人は、村が干魃で困っているので、何とかしたいと思い詰めて、森の魔女に会いに来たのですが、いざとなったら言葉がでません。
「ちょうど、ケーキを焼いていたの、一緒に食べない?
ねぇ、おばあちゃん、良いでしょ」
『ちょっと、メル! この二人の思い詰めた顔に気づかないのかい?』
おばあちゃんは、厄介な事になりそうだと思いました。
しかし、メルの友だちなので、お茶ぐらいは飲ませて帰そうと頷きました。
ロビンとアンナは、どきどきしながら、森の魔女の家の中に入りました。
『普通の小さな家だわ!』
森の魔女の家なのに、綺麗に掃除と整頓がされた、心地の良い家だと、アンナは驚き、少しガッカリしました。
ロビンも、メルが住んでいるのだから、怪しいドクロや、干したトカゲとかは置いてないだろうとは思ってましたが、本当に普通の家なので、森の魔女と言う噂は嘘だったのだとガッカリしました。
『また、子どもだ!』
黒猫が不機嫌そうに、椅子から飛び降りたのに、二人はビクンとします。
「この猫は、ルーと言うのよ」
嫌がるルーを抱き上げて、二人に紹介します。
『黒猫だなんて、魔女みたいだ』と内心で思いましたが、二人は礼儀正しく、口には出しませんでした。
二人は、焼きたてのケーキと良い香りのするハーブティに蜂蜜を入れたのを飲むと、何も言い出せずに家から出ました。
おばあちゃんと黒猫のルーは、やれやれとホッとしました。
「美味しいケーキを、ありがとう」
外まで送って出たメルに、アンナがお礼を言ってる間、ロビンは手持ちぶさたで周りをぼんやりと眺めてました。
「あっ! ここの菜園は枯れてない!
やっぱり、メルのおばあちゃんは、森の魔女なんだね」
アンナも、青々と繁っている菜園を見て、本来の目的を思い出します。
「ねぇ、メル! おばあちゃんに助けて欲しいの!
村には雨が全く降らなくて、作物が枯れていってるの、お願い!」
家の中で話を聞いていたおばあちゃんは、厄介な事になったと溜め息をつきました。
「でも、おばあちゃんは……」
メルは、おばあちゃんが村に近づかない理由を何度も聞いていたので、困ってしまいました。
『村の人達は、何か困った事が起きたら、私達に頼みにくるだろう。
でも、決して助けてやってはいけないよ』
メルは不思議に思って、何故助けてはいけないのか尋ねました。
『その時は感謝してくれるが、流行り病や、家畜が死んだりしたら、魔女の呪いのせいだと、責めらるれるからだよ。
おばあちゃんは、前に住んでいた村を追い出されたんだよ』
おばあちゃんの、苦々しそうな声で、メルはつらい目にあったんだと感じました。
「ごめんね、おばあちゃんは、そんなことできないよ」
メルは、おばあちゃんでも、干魃を救えるとは思わなかったので、正直に答えたつもりです。
でも、二人はそうは取りませんでした。
「メルの嘘つき! このままじゃ、村は大変なことになるのに!」
せっかく友だちになったアンナに責められて、メルは泣きながら、本当だよと、走って帰る二人の背中に叫びました。
「メル、こればかりは、仕方がないよ……」
おばあちゃんに抱き着いて、泣きながら、本当に雨は降らせられないの? と尋ねます。
「お天気を変えたりしたら、いけないんだよ。
今度は長雨になって、作物が腐ったり、家が流されたりするかも知れないだろ」
メルは、おばあちゃんの戒めよりも、雨が降らせるんだという事だけに注目しました。
「雨が降らせるのね! お願い、おばあちゃん! 村の人達を助けて!」
可愛い孫の言う事ですが、おばあちゃんは駄目だとキッパリと断りました。
メルは、その夜、ベッドで考えました。
「おばあちゃんが、村を助けないのなら、私が雨を降らせるしか無いわ!」
小さな魔女が誕生したのに、おばあちゃんはぐっすり眠っていたので、気づきませんでした。
黒猫のルーは、心配そうにメルを見つめていました。