1 大きな森の小さな女の子
『日だまり童話館』の『のんびりな話』企画に参加作品です。
大きな森の中の小さな小屋で、小さな女の子が、おばあちゃんと黒猫のルーと住んでいました。小さな女の子の名前はメル。両親は、赤ちゃんの時に亡くなり、おばあちゃんに引き取られて、育ったのです。
黒猫のルーは、メルが森で拾って、育てました。メルは、育ててくれたおばあちゃんが大好きでしたが、黒猫のルーは育ててくれたメルが少し苦手です。猫は、子どもが嫌いだから、仕方がありません。
この大きな森には、恐ろしい魔女が住んでいるとの噂があり、近くの村の人達も、なるべく出入りしないようにしてました。メルは、そんな噂の事など気にしないで、森で茸を取ったり、家の周りの菜園を耕すのを手伝ったり、牛や鶏の世話をしながら、おばあちゃんと暮らしています。
まだ春も浅いある日、メルは小屋から離れた谷間まで来ていました。ここは、南向きなので、森の何処よりもお日様がいっぱい当たるのです。
「まだ野いちごは無いわね」
おばあちゃんのいちごジャムはとっても美味しいのですが、冬の間に食べてしまったのです。メルは小屋から遠い谷間まで野いちごを探しに来たのですが、未だやっと白い花がちらほら咲いているだけでした。
がっかりして小屋に帰ろうとした時、ガサガサと落ち葉を踏む音がしました。メルは、急いで木の影に隠れます。魔女が住んでいると村人から怖れられている森ですが、時々は木を切りに大きなひげもじゃの男がくることもあるのです。
『大きな声で話すし、嫌い! 早く森から出ていって欲しいな』
メルは、おばあちゃんと一緒に村に行った時にも、大きな男の人の大きな声に驚いて、後ろに隠れたりしていたのです。
しかし、現れたのは男の子でした。落ちた枝を一杯に背負っています。きっと、森に薪の枝を拾いに来たのでしょう。
「あれ? ここは前にも通ったかな? どちらに行けば、森から出られるのかな?」
メルは、その男の子が道に迷ったのだとわかりました。普通は、村の子どもは魔女が住んでいると言われている森には来ません。来ても、森の入り口の辺りまでです。こんなに奥に来たのは、きっと薪の枝を探すのに夢中になったからだと、メルは考えました。
「あっちの方が明るいから、あっちに行ってみよう!」
明るい方向には谷があり、そこからは森の奥にと向かいます。
『このままじゃあ、あの子は村に帰られないわ。夕方には、雨も降ってくるのに……』
メルは、木の影から声をかけます。
「そっちじゃないわよ」
男の子は、びっくりして振り返りましたが、誰もいません。
『本当に魔女が住んでいるのか?』
どきどきしながら周りを見まわします。シーンとした森に何か潜んでいる気がして、落ちつきません。学校の友だちが言っていた恐ろしい魔女の噂を思い出した男の子は、大きな声で歌いながら明るい方向に歩いて行きます。
「もう! そっちじゃないのに!」
メルは、どんどんと森の奥へ進む男の子に腹が立ちました。折角、親切に間違っていると教えてあげたのに、聞いてくれなかったからです。
しかし、そんなのんびりとした生活に、変化が訪れます。
「メルは、何処に行ったのかねぇ、もうすぐ日が暮れるよ」
何時もは、もっと早く家に帰って、夕食を作る手伝いをしてくれるメルを心配して、おばあちゃんは外に出ました。
おばあちゃんは、木の枝にとまっているカラスのカーに、メルの居る場所まで案内して貰おうかと思いましたが、どうやらその必要は無さそうです。
「おばあちゃん! ただいま」
森の小道を、メルが茶色のお下げを跳ねさせながら駆けてきて、おばあちゃんに抱きつきます。
「メル、遅かったねえ」
メルを家の中に連れて入ると、思ってもみなかった事を言い出しました。
「おばあちゃん、私も学校に通いたい」
おばあちゃんは、少し困った顔をして、孫のメルに言い聞かせます。
「学校なんて、誰から聞いたのかは知らないけど、ここからは遠いから通えないよ。
それに、文字や計算なら、おばあちゃんが教えてあげているだろう。
友だちなら、ルーがいるし」
村の人達は、魔女の噂を恐れてはいましたが、薪や茸を取りに、時々は森に来る事もあるのです。
『子どもが薪でも拾いに来て、メルに余計な事を話したのだろう』
おばあちゃんは、村の人達にかかわると、厄介なことになるのを恐れて、大きな森でひっそりと暮らしていたのです。
何故なら、おばあちゃんは魔女だったからです。
魔女と言っても、悪い事などはしません。
でも、前に住んでいた村で、病が流行ったり、家畜が死んだりしたら、魔女のせいにされたので、人から離れて暮らした方が良いと考えているのです。
これで話は済んだと、おばあちゃんは茸のシチューを温めなおします。
黒猫のルーが、眠っていた椅子からトンと床に飛び降りると、おばあちゃんの脚に身をすり寄せます。
鍋では、森で取った茸と菜園で作った野菜がコトコトと煮え、良い香りがしてきて、メルはお腹がグゥとなりました。
「おやおや、そんなにお腹がすいてるなら、パンをテーブルに出しておくれ」
何時もは、おばあちゃんに言われる前に、パンを食物戸棚から出したり、シチューの器や、スプーンなども、ちゃんとならべます。
でも、今夜のメルは、違ってました。
「ルーは遊んでくれないわ! 私は人間の友達が欲しいの! お願いだから、学校に行かせて」
黒猫のルーは、大声に驚いて、飛び上がりました。
おばあちゃんは、娘も同じように頼んだと、昔を思い出しました。
「でも、お前は魔女だから、友達なんかできないよ」
メルの茶色の目に、涙が浮かびます。
「魔女だけど、悪い事なんかしないもの!
それに、お母さんも学校に行ったのでしょう」
おばあちゃんは、若くして亡くなった娘を思い出して、学校になんかに行かしたからだと反対します。
「お前のお母さんは、魔女じゃなかったからね。
だから、森では生きていけないと思って、学校に通わせたけど、そのせいで早く死んでしまったよ」
おばあちゃんは魔女なので、獲物を呼び寄せて罠にもかけられるし、食べて良い茸もわかるし、菜園にも野菜がたっぷりと育っています。
それに、薬草を売って、小麦を手に入れる事もできます。
メルのお母さんは、魔女ではなかったので、獲物を呼び寄せたりできません。だから、おばあちゃんは学校に通わせたのです。
そこで知り合った村の男の子に恋をして結婚しました。
しかし、メルを産んだ直後に、流行り病に掛かり、夫婦とも亡くなってしまったのです。
魔女の孫を引き取る村人はいなかったし、おばあちゃんも頼むつもりはありませんでしたから、赤ん坊の時からメルを育てたのです。
「お母さんが死んだのは、病気になったからでしょ。
学校に行ったから、早く死んだんじゃないわ」
おばあちゃんは、メルが学校に行くまで諦めないだろうと、溜め息をつきました。
「言い出したら頑固なのは、誰に似たんだろうね。
メル、学校に通ったら良いさ。
でも、魔女だとバレないように気をつけるんだよ」
「おばあちゃん、大好き! 学校では、魔法なんか使わないよ」
ギュッと抱きついたメルの頭を撫でてやりながら、上手くいけば良いけどと、おばあちゃんは心配しました。