初対戦
暗闇から抜け明るさを取り戻した。
その時目に映った景色は、赤みを帯びた荒野。やっぱり、と言うべきかマンションから生き物がいそうにない土地への瞬間移動は異世界を感じさせる。
「これ以上いる必要もないかな」
そう思って博士からもらった時計を覗く。マンションで説明を受けている時から、帰るタイミングは探っていた。それでも危険らしい危険がないかぎりは様子を窺うつもりでこうなっているわけだ。だけど、その理由にしたって何も起こりそうにないならいても仕方がない。
「情報収集ならずってとこかな」
ピーターの話を聞いていても分かったことは少ない。ここがなにかしらのゲームを行うところ、それによって勝者は望みが叶えることができる――それぐらいなのだ。
「俺のゲームは終了だな」
勝手に決めつけた終わりを宣言し、時計に手を伸ばした時だった。
「っ!?」
耳の奥で小さなノイズが走る。
『プレイヤー、エン様。これより初期装備に関しての説明をさせていただきます。なお、一度のみの説明となります』
機械的な女性の声が頭の中に鳴り響いた。
「ま、まった!」
あまりに突然の事で声の主に静止を試みた。ピーターの時と違って前置きすらされないのは戸惑いが大きすぎる。
しかし、
『初期装備とはプレイヤー様に最初から供えられたアイテムにございます。鍵を肌身離さず持っていれば、『ポルタンド』の掛け声で装備可能です。では、試しに装備してみてください』
会話など一切生まれる様子がない。あくまで順序を守るため、録音されたテープを流すように一方的に続けられる。いるのかいないのか分からない人物に押し問答をする価値があるのか、ここは声の通りに従うしかない。
鍵を片手に持ち、言われたとおりに発声する。
「『ポルタンド』」
変化は二つ。
手に持っていた鍵が腰の脇にぶら下がっている。
もう一つは、鍵の代わりに分厚い本が手に持たされていた。
「これが装備品?」
『アイテムに関しましては、脳裏に思い浮かべることで手元に呼び寄せることが可能となります。最初だけ特別にこちらで出現させていただきましたが次回からはプレイヤー様の意思で呼び寄せてください』
本のカバーは分厚く硬い。辞書なんかよりも叩かれたら痛そうだ。
「これで戦うのか?」
想像しても不格好どころの話じゃない。これだったら素手で戦った方がいい気がする。さすがに足りない情報に次を待つことにした。
そして、機械的な女性が次に発した言葉は、
『以上です。生き残るために――』
「な、それだけ!?」
『――困難を乗り越えてください』
最初の困難の壁が高すぎる気がする。キャラにもなく叫んでしまったのが妙に恥ずかしいくらいだ。
『――――』
静かにノイズが途切れた。
「…………まぁいいか。もう来ないだろう」
普通であれば、この世界からの帰り方すら分からない状況だろうが、俺には博士からもらった時計がある。これがある限りこの世界とは無関係でいられる。
一応装備とやらで出てしまった本を何気なしに開こうとした。すると、またそこでノイズが走る。
『プレイヤーの皆様にご通達!』
今度は明るい声が空から大々的に鳴り響いた。
「なんなんだいったい……」
俺の言葉は空しく通過する。なにせ一方的に伝えられる言葉は、今度は俺だけに向けられた言葉じゃないからだ。
『最後のプレイヤーが参加されたことにより、人柱版が終了。これより正式にゲームが始動いたします! 数々のプレイヤーを撃破し強くなられた方も、逃げまどい何も手にしなかった方も、このアウグーリデセオに参戦した間もない方も、不条理なことは多いです。ですが、たった一人のプレイヤーを目指し頑張ってください! なお苦情は一切受け付けません』
少しだけラストプレイヤーがなんなのか理解できた。俺はこのゲームの参加者で最後の人物だということだ。
それ以前にプレイヤーとしていた奴らは、何かしらの方法で強くなっている。これはどう考えても長い時間いた者が有利ってことになる。
『それでは、ゲームスタートです!』
うるさく鳴り響いた声がなくなり、怒りを通り越して俺は呆れ果てた。ゲームが本格化し、俺が立場上不利だと知った上で無理に参戦する理由がない。
煩わしい本を地面に置いて、帰る。その内誰かが拾ってくれるかもしれないなどと本の命運を祈っていればいい。
だが、俺はゲーム開幕の意味をすぐに知ることになった。
「ぅううううおっしゃあああああ!!」
叫び声と共に俺目がけて誰かの腕が伸ばされていた。
「なっ、んだっ!」
その腕を間一髪のところで本を盾代わりに弾き返す。
そして気付く、
「良い反応だね初心者の割にわー。って、なんだこの使えそうにない装備はよー」
俺の手元から分厚い本が無くなっていた。
「なんだ……」
状況が掴めない。
「いらないから返してやるよー。ラストプレイヤー」
「キミもプレイヤーなのか?」
投げ返された本を受け取り、初めて見る人間に訊く。
「はは、そうだよー」
一定の距離を持った中学生くらいの小柄な少年は俺を見下したように嘲笑い、少年は革でできた黒い手袋を嵌め直し言い放つ。
「俺っちの戦闘方法は後手にまわることが多いんだよー」
じゃあ、なんで目の前に堂々と向かってくる?
それをなぜ俺に明かす?
そんな理由一つしか思いつかない。
それに、
「生き残るっていうのはそういうことか……」
「アイテムも持たない初心者は楽勝なんだよーっ!」
少年が踏み込むのを合図に、俺は返された本を少年目がけて投げつけた。
「いいねぇー! ここでプレイヤーは全てを使わなきゃ生き残れなーい」
そう言いつつ、自分が格上だと知っているからこそ少年は向かってくる。
「じゃあ、拳も俺の一つだな」
林檎の喧嘩を止めることがあるだけあって、サマになった構えから拳を突き出す。
「おっと」
だが、相手をぶっ飛ばすどころか拳はかすりもしない。成り行きとはいえ、林檎みたいに喧嘩早いわけではないから、様子を見る為にそうしたまで、
「終わりだー!」
だから、次は別の物を武器にしてみる――
「『プラティカ』」
アイテム使用の呪文、嘘に嘘を重ねれば武器になる。動揺させて動きを止めることができれば、逃げることが俺にはできる。
――はずだった。
「へへっ、ザンネーン! すでにアイテムがないのは知ってるよー!」
「――!?」
どうやったかは知らないが調査対象になっていた俺の持ち物を知っていたようで、嘘は簡単に見破られた。だから少年の動揺した表情は一瞬のうちに消え、時計を押す時間は作れない。
ゾクリ、と全身が恐怖に総毛立った。
少年は刃物を持っているわけじゃない。それなのに手袋を嵌めただけの少年の手が大きく感じる。
直感だけが俺の体を動かしていた。
「くそっ」
今度は拳を当てるつもりで適当に振りかぶる。狙いを定めていたわけじゃない、タイミングだけが合えば何かしらのラッキーパンチが生まれる可能性に掛けただけの運試し。
「なっ!?」
その運試しの成果は少年に驚きの声を上げさせるだけの効果はあった。
だが、その効果は俺すらも予想にしない形で現れていた。
「なんだ……これ」
全ての色を食いつくし、全てを受け入れない存在感を醸し出す黒刃塗、長いものでも一〇〇とされる長さをさらに伸ばしたそれは確かに俺の手に握られていた。
「黒刀!?」
少年がその正体を口にし、俺に届く距離だった拳を引っ込め後ろへと飛びのこうとしている。
思わぬ武器に俺は拳を縦に切り替え、刀を振り下ろす形に変えた。
正直、考えている時間はなかった。
思いつくままに行動していただけ――ただそれだけだった。
飛び退いて間合いを取っていたため刀が少年を切り裂くことはない。だが、引っ込める途中だった拳に刀の先が掠る。
その瞬間、パキンッ!
ガラスが割れるような破壊音が聴こえ、少年の手袋の片方が粉々に壊れた。
「な、なんでお前がそれを……」
そんなこと知るわけがない。仮に知っていたとしても、すでに俺は逃げる為にやるべき行動を取っている。刀が地面すれすれに振り下ろされると同時、時計のボタンを押した。
特に音などの変化はない。
相手からどう見えていたかは知らないが、俺は元の世界へと飛んでいた。
だから、少年の独り言の質問に否定も肯定もできなかった。
◆
暗から明へ視界がシフトする。
「くっぁ!」
突然、足に負荷がかかり苦痛が漏れた。異世界へと移動するにも意識的に対応できない所為で着地のタイミングが全くと言っていいほど分からない。立っているのが奇跡的なぐらい偶然だと思える。
「…………危なかったな」
それでも、何事もなく元の世界には戻ってこられた。
その証拠に、
「縁ッ!?」
俺の帰還をスピーカー越しに気付いたのだろう。博士は慌てて扉を開けて呼びかけてきた。
「ああ、大丈夫だよ。怪我はしてない」
「そう、そうか」
博士の安堵する顔を見ながら逃げる直前の事を思い出す。
本当に黒い刀が現れたのか疑いたくなるほど、感触も重みも手の中から違和感なくなくなっていた。その代わり、ピーターから渡された灰色の鍵が手に握られている。装備をしてから腰にぶら下がっていたはずだが、その効果が無くなっているようだ。
おそらく、装備やらアイテムやらというのはアウグーリデセオの世界でしか機能しない。それが当然と言われれば当然だった。
見た目は古めかしいだけの鍵に不思議な力がある物かと思いつつ、手に持ったまま眺めていると、
「なんじゃ、またその鍵を持ち帰ってきたのか?」
「ん? ああ、そうか……」
博士の言葉を無視するように、神隠し機械に分析され装着されたままの鍵が他のプレイヤーの物だったことを思い出した。
「なにを一人納得してる? 詳しく聞かせんか」
「ん? それも、そうだね」
それから学園に行くぎりぎりの時間まであの世界の事を博士に説明して、帰還用の時計が重要になったことを教える。そのついで、時計のボタンが押せない状況の時を想定して別の機能も付け足した方が良いことを伝えると、改良はすぐにするらしいが実装はもう少し後になることだけ教えられ、一回目の実験は終了を迎えた。
◆
「なんでだー!? なんで持ってなかったアイテムを奴が使えるんだー! しかも、帰還用のアイテムまでぇ! 納得いかなーーーーーいっ!」
少年は手袋の片方を外し地面へと投げつけた。
「しかも壊されたー! ちくしょう!!」
頭を掻き毟りながら投げつけた手袋を拾い上げ、もう一度投げつけようとして今度は止まる。
「まてよー……。所詮は初心者、あいつ自身も黒刀に驚いていたなー。理由は知らないけど黒刀の所持者が変わったのかー……それなら、」
少年の表情が次第に喜びに満ちていく。
「……奪える。あいつからなら奪える!」
子供の用に無邪気にガッツポーズを加えながら、ふいにまた動きが大人しくなる。
「……でもなー、気になることもあるなー。よしっ、情報は集めてからの方がよさそうだ!」
少年は新たなアイテムを取り出し『プラティカ』の呪文を呟いた。
「はは、勝負だラストプレイヤー」




