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アウグーリデセオの世界

博士の機械によって運ばれてきた場所は見慣れたコンクリートの上、そこに立っていた、それは把握する。


理解ができなかったのは、そこが、扉が幾重にも並んでいるマンションの廊下で、住人らしき影が近づいてきたこと。さらに、その人物だと思っていた者は人ではなかったことだ。


「おや、正規のご入場ではないようですね」


そんなことを言ってきた者は、長い耳の片方を閉じるように曲げ、三本の髭を両サイドから生やしたウサギ面の人間(?)だった。姿、恰好は紳士のそれで恐怖やらの感情は生まれてこない。


「まぁ、経緯は分かりませんが受け入れましょう。ようこそアウグーリデセオへ」


「アウグーリデセオ?」


「シシ、混乱なさってますか?」


紳士姿のウサギは嘲笑うように俺の状況を尋ねてきた。不愉快ではあるけど頭に来るほどでもない。なにより紳士ウサギにそう言われて冷静になれた。


ここは異世界、博士が作った機械で飛ばされた俺の理解できない世界だ。


「おかげさまで落ち着いたよ」


そう言ってやると、少し驚いたようで折れていた耳が立ち上がる。


「おや? そうでございますか。ここに初めに来た方は大概混乱なさっているのですが。確かに中にはすぐに対応される方もいらっしゃいますねシシ」


笑い方が独特だが受け入れられなくもない。悪気は感じられないのだ。


「ここがどういう場所か訊いてもいいか?」


「シシ、よろしいですよ。そのために私はここに居るのですから」


そう言うと何処かへ案内してくれるようだ。だが、その距離は目と鼻の先、すぐそばにあった扉の一つに近づいただけだった。


ウサギ面の人間はマンションの扉へと手を伸ばす。中に入るだけかと待っていると、まるで邪魔者を払いのけるように腕が振り払われた。


「――!?」


瞬間的に体が反応して後ろに飛びのいた。たぶん、本当に反射的な行動だけだったのだと思う。ウサギが敵意を持ったとはあの表情からは窺えない。


「シシシッ」


俺の中でのウサギのイメージはこれから悪戯好きに変わる。


と、勝手なウサギのイメージ改革をしている内にさっきまで並んでいた扉が勢いよく横にスライドし始めていた。


「なんで扉が横に動いてるんだ……」


「これが本当の自動ドアなのかもしれません、シシシッ」


扉が移動する自動ドアがどこにあるんだよ、と思ったが何も言わないことにした。なんとなくウサギの掌で踊らされるのは癪に障る。ただ沈黙を守ること長い時間は掛からず、目的らしき白い扉が紳士ウサギの前まで来ると自然に速度が緩やかになり停止した。


「中でお話しをしましょう。ここに居ると他のプレイヤーの方々の邪魔になります」


「プレイヤー……?」


口に出したものの、これからその説明をすると公言したウサギ面の人間は何も答えない。それも踏まえて説明するのだろう。


白い扉の部屋へと入るとそこには丸いテーブルに二脚の椅子が中央に置かれている。それと、入り口とは別の扉がもう一つ。部屋の広さに対してそれだけしかない部屋は寂しげな雰囲気が窺える。


「どうぞお座りください」


紳士的に椅子を引いてくれたので流れに従い席に着いた。俺が大人しく座るとその前に紳士ウサギが着座する。そして、俺が訊きたかった事情をすっ飛ばし、ウサギの立場でする必要がある、前置きが始められた。


「それではルールを説明させていただきますが、質問などはほとんど答えることができません。尚、会話の途中に口を挟まれた場合であっても私は説明を止めません。その場合に聞き逃したことがありましても私は二度説明をすることはありません。なので、聞き逃しがないことを強くお勧めいたします」


この段階では説明は開始されていないはずだが、俺は口を挟まなかった。訊きたいことは山ほどあるけど、訊けない。なぜなら最初から理解できていないからだ。


ここに来たのは博士の作った機械で飛んできただけで、ウサギ面の人間には関係ない。じゃあ、なぜこの世界なのかと問いたくてもそれは博士に訊くべきことで、すでに答えは出ている。ランダム、あるいはあの鍵の影響。


大雑把にも聞ける内容が乏しすぎる。


「シシシ」


またウサギ面の人間が嘲笑ぎみに歯を見せた。


不愉快な笑みだ。俺が理解できない事を、ウサギ面の人間が理解しているからそう感じてしまうのだろう。


「この世界のルールはただ一つ、たった一人のプレイヤーとして生き残ること。その際アウグーリデセオの入場退場は自由です。入場の合言葉は『コンタクト』、部屋への出入は鍵をご使用ください。必要なアイテムの使用は『プラティカ』、必要最低限の呪文です」


言葉が終わり、ウサギ面の人間と目が合う。


その意味していることに思わず訊いてしまった。


「それだけ……?」


「ゲームを行う上で説明できることは以上となります。他は順を追ってお伝えすることがあると思いますが、数は多くありません」


質問に答えてくれたのか、たまたま俺が口を挟んだタイミングが合っただけなのか分からない回答だった。それに、その言い方は他の事は関わらないと言っているようにも聞こえる。


「では早速プレイヤーになっていただくための手続きをさせていただきます」


「それを断ることは?」


勝手に進行されることに抵抗を試みた。


「できません。この世界に呼ばれたということは少なからず、願いがあるということです。ですから、あなたには必要な世界ということになるのですよ」


本当に身勝手にしか進まない。そして、説明は本当に終わってしまったらしい。


「シシ、順番が前後いたしますが、最初にお尋ねしましょう。あなた様の望みはなんでしょうか?」


いちいち異世界の存在価値を考える必要もなかったのだが、博士の意向はおそらく異世界の調査だ。だから考えることを自然としている。その所為で、尋ねられて慌ててしまった。


「え? あ、願い……か」


一旦、異世界の事は忘れて質問に答えようとした――のだが、考えた上で思いつくことがない。正確にはいくつか思い当たることはある。


例えば、お金。


必要な分は働いているから願いとまではいかない。


例えば、一般的なもので俺にないもの――血縁者。


今まで考えたことが少ないし、今のままで俺は十分すぎる環境だと素直に思えている。むしろ、このままが良い。


だから、願いは――


「ない」


必要以上にほしいものは俺には無かった。


そう答えた後のウサギから一瞬表情がなくなった。そうしてその間が収縮したとたん笑いを堪え、


「シシシシ、そうでございますか。思いつかないのであればそれも結構、シシシ。願いが届けられるのは最後までプレイヤーであった場合でございます、シシ。それまでじっくりお考えください。では手続です、シシシシシ」


もはや、笑いを堪えられてないのだろうけど、人間と笑い方と違って分かり難いから注意もし辛い。そのまま放っておくと前置きで質問を答えないと言っているだけあって、その間は短く纏められる。


「この世界でのプレイヤー名をお答えください」


説明にない単語を使いながら尋ねてくるのは止めてほしい。知っている単語から推測して答えるのに少し時間が掛かってしまう。おそらくは『名』という単語から察するに、この世界での呼び名を付けなくてはいけないといったとこだろう。


「……本名じゃダメなのか?」


「結構ですよ」


推測は当たった。


だが、俺は名乗る気はない。考えすぎかもしれないが、よくわからない環境で自分だけ相手に情報を与えるには抵抗がある。


「じゃあ、カタカナで『エン』」


「『エン』様でよろしいですね」


「ああ。それと、一つ説明には関係ないことを訊いてもいいか?」


「…………」


無表情でウサギは押し黙った。


質問には答えないと言っていたが、俺の疑問で必要なことには答えている。ようは説明の範囲内、あくまで説明以外の質問であれば良いということだ。だからこそ聞く耳を持ったということなのだろう。


なにやら緊張感を作られた気がするが、そんな重要な質問をする気はない。もっと単純で本当なら最初にしておくべきことを訊く。


「ウサギの名前は?」


ウサギ面の名前を尋ねた。


相手の名前を知らないと不便なことがあるし、なにより名前は呼び合うために必要だ。それが偽名であろうとプレイヤー名ってやつだったとしてもそれは変わらない。


それから、どんな名前が訊けるのかと少なからず期待していたと思う。心躍るほどではないがウサギの発表を待っていると、拍子抜けした表情でウサギの両耳をピョンと立てていた。


「シシシシシ。大概の方は答えられないことを尋ねえられるのですが」


ようやく分かったことがある。ウサギは感情によってシの数が増えるみたいだ。


「私の名前ですか、そうですね。ウサギとしか呼ばれたことがありません」


「……まんまだな」


「シシシシシ」


どうやら俺の表情が可笑しかったらしい。


「名前は無いのですよ。付けられておりません」


「それはなぜ?」


「シシ、お答えできません」


今度はこっちが拍子抜けする番だった。


一応、鎌をかけたつもりだ。だが、誤魔化してはいるようだけど、少なからずウサギは嘘を吐いていない。とりあえず、プレイヤー名はさほど重要ではなかったということなのだろう。……たぶん。


「それで、何て呼べばいい?」


「ご自由で結構ですよ」


「好きな名前とかないのか?」


「??? 不思議な方ですね。そんなことを気になさる方は今までいなかったのですが、さて、好きな名前ですか……」


本当に今まで名前なんて気にしたことなんてなかったのだろう。すらすらと質問に答えていた姿は微塵もなくなり、検討しだしてもどうやら思いつかないようだ。


それなら、


「ピーターは?」


「ピーター?」


「俺の世界の童話でピーターラビットってのいうがあるんだよ」


「シシシシシシ、なるほど。ではこれからピーターと名乗りましょう」


髭がピョンと跳ね上がりウサギ耳が忙しなく動いている。たぶん、あれが喜びだ。


「それではピーターが最後の説明とこちらを差し上げましょう」


すると、ピーターはこの世界へと来るきっかけになった鍵をテーブル越しに差し出してきた。


「この鍵……」


「おや、ご存知ですか?」


「これを拾ったからこの世界に辿り着いた」


「なるほどなるほど、それで入場方法が違ったわけですね! どうやったかはわかりませんが、それはプレイヤーの印になるものです! それと同時にこの世界で能力(ちから)を使うのに必要な物でもございます!」

俺はその灰色の鍵をテーブルから拾い上げる。拾った鍵とは色が違うだけで他は同じようだ。


「大切にしてください。失くされるとプレイヤーの能力を使えなくなりますし、エン様に用意される部屋にも入れなくなってしまいます」


「部屋?」


機嫌が良かろうとピーターはそれ以上答えなかった。


「では、フィールドへご案内! どのプレイヤーも最初はここから始まります」


部屋に初めからあった二つ目の扉、その扉を開きピーターは退場を促す。これ以上は何も話さないと言いたげな対応に俺も何も言わない。そのまま流されるままに扉へと向かい、何も見えない扉の向こうへと踏み出した。


「ごゆるりとお楽しみください。ラストプレイヤー」


新たな言葉だけを残し、ピーターの言う異世界の存在意義(ゲーム)が始まりを迎える。


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