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結縄縁と博士

自転車を返し終えてから、博士の所持している広い土地へと足を踏み入れた。


「そろそろ草刈りしたほうがいいのか? でも、草がなくなると目立つんだよな、博士の家って……」


敷地の広さと家の大きさのバランスが悪いことに草刈りをするか考えながら、背丈まで伸びた草をかき分け小屋を発見する。外から見れば物置小屋のような建物が家だ。


だが、物置小屋の中には地下通路に続く隠し扉があって、通路を抜けるとごつい扉が待ち構える。


「慣れている自分が不思議だな」


頑丈な扉を目の前に、今更ながら地下組織が存在するかのような空間が違和感だらけだと思いつつ、いつも通り暗証番号を入力した。


これからが長い。一般家庭の家と違って鍵を開けてもすぐには入れないのだ。扉は自動で開くのだが、扉が重いせいでゆっくりと静かに動いてくる。そうすると、数分の時間を要してしまう。それが朝の行動を速めないといけない理由でもある。


「朝の時間は貴重だって言うのにな」


ようやく扉が開き、開けっ放しにしておく。出る時も開く時間は短縮なんてされないから、家の中に俺がいるときはこうしておくのが一番なのだ。


家の中に入ってから、時代を感じるリビングを通り過ぎる。向かう先は台所、ヤカンに水を入れ、火をかけた。


暫くしてから呼び鈴代わりにヤカンが蒸気を吹き出し甲高く鳴く。すると地下の主が眼を覚ましてやってきた。


「今日は少し遅かったの?」


ボサボサの頭の毛は一本も残さず白髪に染まり、明らかに運動不足の出っ張った腹、なんの意味があるのか白衣に身を包んだメタボリック老人、それこそが博士。


「朝から林に会ったから」


「なんじゃ、あいつはまだ喧嘩に明け暮れているのかの?」


「前よりは減ったよ。――というより減らしたと言った方が正解だけど」


高笑いしながら席に着いた博士にお茶を入れて朝食の準備に入る。まるで奥さんのような状態だが、俺が働くのには意味がある。簡単に言うと新聞配達とは別の仕事。特に気にしているわけでもないのが俺は少し家庭環境が特殊とされている。簡単に説明すると、親とされる人間は俺が赤ん坊の時に博士に託していなくなった。


今まで興味も湧くことがなかったし、博士も特に気にしていないようだから放ったらかし。そんな事情がごたごたとあり、戸籍上で言うと博士が俺の親となっている。


「そうだ、そろそろ家賃の時期かの?」


「こないだ貸家買い取ったはずだけど」


学生の俺が住む場所と生活での金銭を工面できないので、博士が出している。別に「働け」と言われているわけではないのだが、自堕落な生活を送る博士のフォローをしている内に自然とこうなった。


ちなみにこの地下室は人が住むような環境が整っているわけではないから、俺は滅多にここに寝泊まりすることはない。俺が暮らしている家は元々博士と一緒に暮らしていた家で、家賃の支払いが面倒とかで土地ごと買い取っていた。だから、昔の癖で博士も家賃を支払うということを思い出したのだろう。博士は暮らしの上で面倒な事は俺任せで適当な感じだ。


「あれ? そういえば現は?」


世間話をそこそこに、いつもならすぐに駆け寄ってくる犬の現が姿を現していないことに気が付いた。朝食をテーブルに並べて、辺りを見渡しても近くにはいないようだ。


「昨日少しうるさくしていたからの。まだ寝とるわ」


そういった博士が何かを思い出したように、不吉な笑みを一瞬見せた。

嫌な予感がする。


「そ、じゃあ散歩は夕方にしとく」


とりあえず、その笑みには気づいていないフリをしておく。

ところが、


「そうじゃ、縁少し頼まれごとを引き受けて――」


言われるとは思った。


「却下」


「はやっ! 断るのはやっ!?」


どうせ、ろくなことではない。


「そういえば、博士の噂が出回っているらしいよ。年寄の幽霊が出るって」


「まぁ、話ぐらい訊いてくれてもいいじゃ――誰がっ、ゾンビのような年寄の幽霊だ!」


「そこまで言ってないよ」


「幽霊扱いとはご近所さんは何を広めておるのかの」


たぶん、小学生の親御さんが夜は危険だから早く帰りなさい、って意味を込めて地元都市伝説を作り上げたのだろう。


「まぁ、いいわい。それよりもまだ時間はあるじゃろ」


「ない」


「嘘こくな、散歩の時間分余っておるじゃろ」


知っているなら聞かなきゃいいのに。


「それで?」


「まぁ、朝食を食べ終わってからでいい。奥の部屋にソレがある」


「じゃあ、食べ終わったら呼んで食器洗ってる」


「なにっ!? もう食べ終わっとるのか!?」


目の前で食べているのになんで気付かないのか……。博士と呼ばれている理由を疑いたくなってくる。


林檎(バカ)みたいだな」


「失礼なっ!」


「お互いにね」


そんなやり取りを続けながら片づけを終わらせると、いよいよ面倒ごとにご対面となった。


リビングにある壁と同化した隠し扉を博士の指紋センサーで解除して開け、わけのわからない機械だらけの部屋を通り過ぎる。一つ一つの部屋には意味があり、地上にある小屋はカモフラージュと言いたげに地下には地上の面積分の部屋が広がっていた。


博士が先導するまま後に続き、一番奥の部屋に俺は連れてこられた。

そこには何やら個室のような空間が作られている。見た目で例えるなら窓の無い電車の一両を切り離したような箱だ。


「なにこれ?」


「ふっふっふ」


言いたくてしょうがなさそうだ。仕方ないので邪魔はしないでおく。それに箱の正体が気にならないこともない。


博士は箱に近づき手を触れる。


博士が作り出すものは時に世界を震撼させるほどのものがある。


発表されたら、時代が変わるほどに。


「これはな――」


そして、正体は明かされた。



人工(じんこう)神隠し(かみかくし)機械(マシーン)だっ!!」



意気揚揚と告げられた機械の正体。それこそが、『博士(ドクター)』と称される由縁。そして、俺たちが『博士』と呼ぶ理由でもある。


「どうじゃ!」


変人このうえない。


「じゃあ、もういいね」


「うすっ! 反応がうすっ!」


別に博士を疑っているわけじゃない。この人なら本当に作り上げてしまうのだ。だから受け止めた。博士が作ったものが成功していることを受け止めた。それでおしまい。


「昔聞いたことあったからね」


「お、覚えておったのかー」


「まぁね。で、これで終わり?」


「おのれ。もっとこう、良い反応というものを期待しておったのにの~」


悔しがる意味が分からない。


「いいわいいわい。とりあえず、試してみてくれ」


やっぱりそうなるか……。


「それはことわ――」


「却下じゃ」


……さっきの仕返しをされた。


この後は何を言っても無駄になるだろう。長い年月で博士の事を分かりきってしまうのも時として邪魔な気がする。それで、この先は諦めるしかない流れになるのだから必要な事は訊いておくことにした。


「試すのはいいけど、説明はしてくれよ」


「ふっふっふ、そうじゃの。簡単にだけ説明しておこう。これは平たく言うと異世界へ行くための装置で行き専用、でこの時計が帰還用じゃ」


と、時計を渡される。


「ボタンを押すことで帰ってくることができる。異世界と言っているがどこにあるかなんてものまで、ワシにも分からん。そのために、行先はランダム。二度同じ場所に行きたければその世界の物質が必要になる。説明はそのぐらいかの」


「なんとなくは分かったかな。行先は適当で帰りはその箱の中ってことね。後は……まぁいいか」


「さすがに頭はいいの」


「博士には負けるよ」


こんなもの作るんだから、勝てそうにない。張り合う気もないけど。


「じゃあ、早速――」


「あ、この世界の物質をその機械に使うとどうなるわけ? さっきのから考えると、その異世界の物質を使うとその世界に行く。じゃあ、この世界の物質では?」


「作動しないように設計しておる。ワシの目的には無い項目じゃからな」


「そっか」


「なんじゃ、試してほしいものでもあったか?」


「いや、さっき川原で鍵を拾ったんだけど、結構古いものだから、もしかしたら過去にも行けるのかなと」


拾った鍵を博士に手渡した。


すると、珍しく呆れた表情をされた。


博士に限らず人と話すときは言葉を選ぶから、間違ったことはあまりないのだが、博士からすると引っかかりがあったようだ。


「何を言っておる。時間という感覚は人間が生活をするうえで生み出したものにすぎん、過去未来なんてものは存在しておらん」


これは意外だった。異世界は信じるのに、時空の概念は否定するなんて。


「でも、異世界ってのも時空列の話なんじゃ」


「違うの。ワシが作ったのは実在している世界に行くだけのものだ。言い換えれば星から星へ移動する感じだの。その事実を細かく知るために神隠しと称される現象を調べつくしてこれを完成させた。パラレルワールドにワシは興味がない」


その言い方だとその気になれば作れると言っているように聴こえてしまう。


「この世界の歴史やらのデータも詰め込んでおるから分析ぐらいはできるの。持ち主まで解析できんじゃろうが」


まぁ、別に過去に行きたかったわけじゃないし、興味本意で聞いただけだったからどうでもいい。それに、拾った鍵の解析ができるなら持ち主のヒントぐらい拾えるかもしれないなら、質問自体は無駄がなかったということにしておきたい。


「任せる。持ち主の手がかりがあれば探してみるさ」


価値がある物なら早めに届けた方が良い。


「うむ、わかった。では、時計を付けて中に入って待っておれ」


言われたとおりに時計を右手に嵌めた。


すると、にやっと、博士の表情が怪しく歪む。


まずい……、なにかを見落としたと気づいた時にはすでに遅かったとも同時に思う。あれは何かを企んだ時にする表情だ。しかし時計を嵌めたこと以外なにもしていないはずだった。


ということは……。


「おおっと、良い忘れておった。それな、一度嵌めたら外せん」


「な、なに考えてるんだ」


やられた……。時計そのものが罠だった……。


あまりにも見た目が普通の時計で、博士の仕草、言動も怪しいところがなかったせいで疑わなかった。


「よしっ!」


力強くガッツポーズをする博士の仕草はなんとも……、むかつく。


だいたい前兆も無く見破るなんてことできるわけがない。だけど、罠に嵌まったのは事実だ。それは受け止めよう。受け止めた上で仕返しはする。


「博士、しばらく飯いらないね」


「のおおおおおおおおおおおおっ!」


主夫を敵に回してはいけないということを叩きこみ、博士が頭を下げるのを待って次の段階へと進むことになった。


実験台として機械の箱へと入ってみると、最初は真っ暗な空間だったが博士の声がスピーカーから聴こえるとともに照明が照らされた。あまりの眩しさに目を細くする。


どういった理由でこれだけ明るくしているのか、博士のことだから何かしら理由はあるのだろうが、視界に映るのはただ真っ白で壁すらそこにあるのか距離感が奪われる。


『さて、作動させる前に鍵の結果が……んん』


「どうかした?」


距離感がなくなっていくのに気分が悪くなってきた。目を瞑って答え、あまり余計なところで時間を使うと学園の時間が近づいてしまうことを伝える。


『縁、これをどこで拾った?』


が、回答は博士の反応したほうが優先された。


「川原だよ。林が喧嘩していた場所で拾ったんだ」


『そうか、ではその林の喧嘩相手の持ち物かもしれんな』


「どうだろうね。その前に誰かが落としたものかもしれないけど。で、それ

が?」


『どうやら、縁、お前はここに来る前に異世界の異物に接触しているようだ』


「…………つまり?」


『これはこの世界のものではない』


「…………異世界の人間がこの世界にいると?」


『そこまでは分からんが……』


「まぁいい、行けばわかる。その鍵が異世界のモノだとしたらその世界に行けるってことになるだろ?」


『そうじゃな。どういう世界か分からんが、危険があればすぐに時計にボタンを押せ、いいな』


「ああ」


不可思議な出来事が重なり、その日博士のスタートの声の後、俺は異世界へと飛ぶ。機械の中で暴風に襲われ、小さな点が出来上がる。博士が何か話していてももうほとんど聞こえない。


点は次第に円になり、人の体を飲み込む大きさに膨れ上がる。


俺の体が浮遊感に襲われた時にはもう目の前は真っ暗な闇に落ちていた。


それが……最初の旅立ち。



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