終わらない因果
この場に来た二人の経緯を知るために、俺が暮らしている家で話しをすることを提案すると、誰かが声を出すこともなく歩き始めた。
道案内を兼ねて先頭が俺、次に緋衣がその姿を警戒した様子で葵が続く。この世界ではあの鍵の能力が使えないことを試した俺としてみては、なにも葵が警戒までする必要がないと思う。思うのだが……、ただでさえ二番目の緋衣の距離は開いていて、さらにその後ろを歩く葵とは距離が遠いから声が届かない。
だからといって緋衣に話しかけようにもあの世界を含め、会話らしい会話をしていない。俺が日常の素朴な質問は夜の風でかき消される。それが無視しているのか、本当に聴こえていないだけなのかは分からなかった。
だから、家に着くまでは会話は無理だと諦めた。
それから大した距離も離れていないこともあって、その時間は苦にはならずに家の姿が見えてきた。それに俺も口数が多いとは言えないし、普通と言えば普通なのが少し悲しいぐらいだ……。
柱に挟まれた門柱をくぐり代表的な日本家屋、しかも縁側付の博士の所有物件へと足を踏み入れた。最近では俺も寝る為にしか帰ってこないし、中々勿体ないと言えるだけの大きさでもある。もう少し博士の地下室が近ければ林檎の家にも行きやすかったのかもしれないが、それは言い訳だ。
古い家だからこそのシンプルな鍵を差し込み回してから、カチリと開錠音でスライド式の扉を開けた。
「どうぞ」
先に入るよう指示を出して緋衣が先頭を切る。
「お邪魔します」
意外と挨拶の為には声を出すんだと緋衣の一面を垣間見つつ、横を通り過ぎる瞬間、綺麗に梳かされた緋衣の長い髪が靡きながら俺の頬を擽っていった。
あの世界では装備した途端髪がポニーテール(幸一曰く違うらしい)に結んであったはずだし、林檎と喧嘩をしていたあの時も長い髪は結んであった。邪魔だと思っているための行為だとは思うけど、長い髪を切るには抵抗があるのかもしれない。
たしかに、腰まで伸ばすのは時間が掛かるし、綺麗な黒髪を切ってしまうのは勿体ないと男の俺でも思えた。
そして、もう一人のお客である葵はというと、
「お、おおお邪魔しします」
なぜか緊張していた。
人の家に緊張するタイプなんだなと思いながら、俺からできる事は優しく声を掛けてやるぐらいしかできず、それに対して葵は「はいっ」と少し大きめな声で返事を返してきた。
その後俺は指を指し、
「つきあたりの居間で待っててくれ、お茶でも淹れてくる」
最低限の礼儀を踏まえて台所へと向かう。
「おかまいなく」
「あ、おかまいなかきゅ」
緊張の所為で周りが見えづらくなっている葵だけど、冷静で平坦な態度を取る緋衣の姿を真似するように最後はカミ倒した。二人だけで残すのは少し心配な気もするが、人の家、さらにはこっちの世界では争いになることはないと信じたい。二人の後ろ姿を後に俺は台所へと入り、お茶を入れ終えてから二人が待つ居間へと戻ることになった。
戻ってみると心配は杞憂に終わり、その代わり角と角の対角線上にテーブルを挟んで二人が座っている。仲が悪そうな雰囲気が残る姿に、俺が近くに座るよう声を掛けられるのは葵の方だった。緋衣でも素直にこの場は動いてくれただろうけど、葵の座った場所は部屋の隅の方で狭い。
申し訳なさそうに近づいてまた緋衣の正面に座る姿は、あの魔女姿の葵からは想像しにくかった。
それでもようやく話ができる体勢が整い、俺の疑問から会話は始まった。
「それで、二人が俺に会いに来た理由は?」
大通りで出会えたこと自体は偶然だったとしても、あの世界で別れ際に残した言葉を無視するような形を取った二人が俺に会いに来るには理由があるはずだ。
葵が緋衣を盗み見るように一度確認し、口を開く素振りがない事で二人の間に座る俺に視線を送る。
それから口を開いた。
「実は――――」
話は俺がいなくなって一度は元の世界に戻ってからの話だった。
示し合わせるように元の世界での鉢合わせ、そして俺がいないところでの戦い、その途中で起きた不測の事態、俺を追いかけてきていたプレイヤーの少年の登場。その結果二人のアイテムが盗まれた。
「……つけられてたか」
「あの……ごめんなさい」
視線を落とし葵が謝った。
その意味は一つだけ、あの世界のことを話そうと約束を破ったことだ。
「まぁ、それに関しては仕方ない」
責める気は初めからなかった。というよりも責める理由がこの場合ないと言った方が正しい。なにせ、あの世界のことを知っているプレイヤーならその選択をする割合の方が多いと俺自身思ったからだ。それほどあの世界のルールはシビアだと感じている。願いを叶えられるプレイヤーは一人だけなのだから。
そんな前置きをしつつ、俺は本題へと話を戻した。
「それで、さっきの質問からだと俺に会いに来る理由が分からないんだけど」
アイテムが盗まれたのは起きてしまった事実で、それはどうすることもできない。だからといって俺に手伝いを求めてくるようなことは絶対にないと言えた。
なにせ俺は戦力と言えるだけの力がないからだ。
仮に力を合わせるなら葵と緋衣の方が圧倒的にマシ、じゃあなぜか?
「あなたは黒破を引き出せた。なら、それを取り返すことができるはずだ」
それが緋衣の意見。
「私は戦う力のほとんどを持っていかれました。本当は縁君を危ない目に合せるのは嫌だったんですけど……」
そのあとは口に出さなかった葵だが、そこで俺は黒猫を思い出す。あの猫が俺に心遣いをするとは思えない。
そして、困ったことに俺はどうすることもできない。
「結論を先にいうと、二人が考えていることでは役に立てない」
言うと緋衣が俺を睨む。
「そう睨まれても意地悪や、プレイヤーとして言っているわけじゃないよ。黒破だっけ? あの刀を出せたのは確かだけど、その理由が俺には分からない。それに出せたとしてもそれを緋衣に返せるのかそれも分からない。なにより、持ち主が緋衣だった時は、緋衣が呪文を唱えた時点で俺の手から消えている。持ち主が変わった時点で戻せるとしたらあの少年の方だと思う。それは葵のアイテムの方も同じ、それと分かっているとは思うけど、俺は戦うにしては弱すぎると思う。持っているアイテムは初期装備本だけだった」
今度は落胆の雰囲気を出したのは緋衣の方で僅かな視線の動きが窺える。それもすぐに隠してしまう。
「あの、私は元々そっちには頼らないつもりでした」
一方、葵はそもそもの目的が違うことを明かした。
「というと?」
「はい。盗られたアイテムに関しては自分で取り返します。でも、あのプレイヤーがどこにいるのかが分かりません。その情報だけ縁君に教えてもらいたいんです」
「……ごめん、よくわからない」
「え? あっ、ごめんなさい。説明不足でした。えーと」
「探すにしてもある程度の接触が必要。例えばプレイヤーの名前を聞き出す、またはアイテムを使って暴く。だから、あなたがあのプレイヤーと何かしらの接点を持っていないか訊きたい」
途中で説明を取られる形になった葵がむっとした表情で緋衣を睨んでいたが、ここは我慢してもらうしかない。それに、状況は把握できた。
うまくいけば俺が使ったであろう能力でアイテムを取り返すつもりだった。だが、それができない場合二人は各々の力でアイテムを取り返す、そのためにあの少年の居場所を突き止める為に俺を頼った。
それなら、
「プレイヤー名だけなら知っているな。それを教えるのは構わないけど、一つ俺からも質問がある」
ここにきて、力を貸すことには渋るつもりなどない。ただ、力を貸すにしても俺が二人を手伝いたいと思った理由が知りたかった。闇雲にそう思っただけならそれでもいい。だが、一度敗北に追い込まれた時に見た緋衣の決意ある態度と葵がクロ猫の指示で自分を奮い立たせるような行動に少なからず、俺は動かされている。
二人は何を思ったのか、
「交換条件と言う形の方がお互いにいいでしょう」
そう緋衣は言った。
それに俺は否定も肯定もしない。
「二人の願いはなんだ?」
そういった途端、二人の表情が曇った。
俺もこれ以上の事は言えない。緋衣が交換条件と言った時点で成立したものだと勝手に思っている。だから、終わりが来るのは退席するか確かめようのない真偽の答えのどちらかの行動を取った時だ。
しばらくの間、部屋にある時計の針音が場の音を支配した。
どれくらい経った頃だろうか、追撃の質問すら来ないことで限界を迎えたように緋衣が重い口を開き始めた。……退席はない。
「私の願いは……妹を取り戻すことだ。そのためだったら家族にさえ嘘を吐き続ける……」
顔を見せず後ろを向いた緋衣はそのまま白い鍵を取り出した。まるでこの場から逃げ出すように、
「必ず来い。向こうで待っている」
緋月の口調でアウグーリデセオの中へと消えて行った。質問には答えた後は好きに解釈しろと言ったところだろう。真意は謎のままだ。
残された俺と葵の視線が合い葵も鍵を取り出していた。
「私の願い事は、弟の怪我を治してあげる事です」
それだけ言い、まるで俺に気を掛けないでほしいと願うように誤魔化し、続ける。
「あの世界での負けを知っていますか?」
学園で見るいつもの葵の姿。
「ここと同じように死を意味する攻撃を受けた時、そして鍵そのものを壊された時、そうなってしまった時プレイヤーはプレイヤーとしての権利を失ってしまいます。ですから、縁君! 向こうの世界に行ってもすぐに戻ってきてください。教えてもらえるのはあのプレイヤーの居場所だけで十分です」
俺を心配してくれるからこその優しい忠告。
「先に行っています『コンタクト』」
突き放され部屋には俺一人が残された。
そして、俺の予想を超えてあの世界は牙をむく。
◆
先に辿り着いた二人はお互いに距離を取り、情報提供者を待っている。そんな中蚊帳の外にいた黒猫はイライラした様子で葵に詰め寄った。
「まったくどうにゃっているのか説明してほしいにゃ! どうして、『七番目の流転』まで一緒にここに……」
「少し待って、もう少しすれば分かるから」
「そんなひみゃッッ!?」
「――えっっ!?」
ほんの小さな気の緩みがプレイヤーとしての立場を葵から忘れさせた。
その結果、
「悪く思うな、私たちがいるこの世界のルールだ! 『プラティカ・強制連行』」
――――『七番目の流転』と『冷たい博覧会』の戦いが再び幕を開ける。
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