願い事
学園の昼になって俺は予想してなかった状況に顎に手を当てながら息を吐いた。理由は、昨夜交わされた約束が守られなかったからだ。
「何かな何かな、珍しく縁が悩み事かな?」
よく言えば人の事を良く見ている、悪く言えば人の不幸の匂いに敏感に反応してくる幸一が弁当片手に近寄ってきた。
「別に……ただちょっとあてが外れたってだけかな」
曖昧に言葉を濁して、葵の名前は出さない。
「気にならなくもないんだけどな……」
「だから、何が? あ、あれだろ、林には訊くだけ無駄だから困っているってことだよな! だったらトリオの中では俺に訊くが一番いいって! だろ、な、話してみろって!」
別に悩みと思っているわけでもないし、誰かに相談するような内容は何一つ持っていない。それなのに、幸一はなぜか意気揚揚と相談事されたがっている。
相談する気はないけど、ゴミ捨ての件もあり丁寧に誤魔化そうとした時、
「おい……うるせぇぞ!」
何一つ面白さを感じ取れない低い野太い声で林檎が眼を覚ました。その声に教室にいたクラスメイトは凍り付き巻き込まれないように声を殺すか、避難のために教室から離れていく。
「いや、あのだな、林……ちゃんと……これには」
「林ちゃんだと……」
「へ?」
幸一が気づいた時には遅い。中途半端な区切りで、林檎が一番嫌いな呼ばれ方に聴こえてしまっている。その呼び方で許される人物は林檎の母親である杏子さんくらいだ。
「覚悟はできてるんだろうな、てめぇ!」
「ひぃいいい、すでに名前すら呼ばれない!」
「……さすが」
この状況下に陥っても恐れている部分が人とずれている幸一は、間違いなく俺達の友達だと思う。こういうやつじゃないと俺達とは中々一緒にいるのは難しい。原因は主に林檎……。
「林檎、お昼だよ。寝続けるか昼飯食べたら?」
幸一の評価を内心で褒めつつそろそろ林檎を止める。
「ああ? その前にやることがあるんだよ!」
「ひぃいいい、それは俺の命日を決める事ですかぁああ!」
今日はまた随分機嫌が悪い。俺の一言だけでは怒り狂って止まらないようだ。きっと起こされるタイミングがレム睡眠だったのかもしれない。俺はため息を吐きつつ、こんな時の対処もあるのが悲しく思う。
「別にいいけど、ここで止めないと今日林の家に行く用事キャンセル。幸一に訊きたいことを後回しにしないといけなくなるから」
「さて、縁飯にするぞ」
「えええええっっっ!? 突然何がっ、どんなトリックで何事もなかったように弁当の包みを解けるんですか!?」
「うるさいぞ幸一、縁がお前に訊きたいことがあるんだと」
「なにその冷静っぷり、引きますよ、さすがの俺でも引きますよ! ――で、俺に訊きたいことって?」
…………なんとなく、助けなくてもよかったような気がしてきた。二人とも落ち着いたようだから、これ以上の混乱は招かいようにはしたい。なにせ、様子を見ていたクラスの皆が大げさにスッコロンでリアクションをしている。
「あ、ああこの間調べるって言ってた――」
「なにぅおっ! キサマさっきの悩みは女絡みのことくわぁ」
「ほう。それは是非俺も訊いておこう。場合によっては家の連中に報告と、その女を始末しないといけねぇからな」
林檎の対応は意外と厳しい、それに一般的な交友関係を異性という理由だけで始末されていたら、将来俺は独り身が確定するから止めてほしい。
「人の話を聞く気がないならそう言ってくれ」
会話の節々にいちいち時間を取られたくない。だから、今度は俺が不機嫌そうに言ってみた。
「ま、座れよ」
「女王様の件だっけ、あと葵ちゃんの情報ほしいなら言うぜ、任せろ、友達だろ!」
こういう奴らだから悔しいことに憎めない。
「で?」
「この前は緋衣月華が美少女で同時に『氷の女王』の異名も持つってのは話したよな。あれからそんな時間経ってないし調べられたことは少ないけど……」
「普通の事でいいよ」
知りたいのは、個人情報じゃなくてあの世界のことだ。それに関わることは含まれないだろうけど、誤魔化しついでだ。
「そう? じゃあ話すけど、五人家族の一般家庭。両親がいて、緋衣月華が長女、俺たちの一個下に次女緋衣星華、最後に長男でまだ中三、緋衣宙がいる。で、女王様になる前だと」
「なる前?」
「ああ、調べたとこ人と接しなくなったのはこの学園に入学してかららしい。昔はお嬢様学校にいたみたいで、そこでは割と人当たりもよかったとか、兄弟思いの姉だったって」
「変化か……」
「理由も調べようと思ったんだけど、誰も知らない、索敵にも引っかからなくて俺にも分からなかった」
それだけ調べただけですごい、ただなんとなく犯罪の匂いがするのは気のせいであってほしい。
「次女はこの学園と関係ない学校だけど、弟君はこの学園付属の中学だな。会いに行こうと思えば会いに行ける」
「なんのために」
「えーと、今日も女王様が休んでいる理由とか訊きに?」
なんで逆に尋ねてくるのか知らないが、そんなことの為に緋衣の弟のところへ行くことはないだろう。それよりも気にかかることがある。
「……今日も休んでる?」
「ああ、緋衣は理由もなくちょいちょい休むことがあるらしいぞ。まぁ、林と同じで体育系で期待されてるから問題ないみたいだけど」
「一緒にすんじゃねぇよ。俺は滅多に休んでねぇ」
「確かにね。居ても昼寝してるぐらいだし、なにより縁に怒られるもんな」
「ほう。俺に喧嘩を売るか」
「いつまでの下でに出ると思うなよ。やるときはやるぞ俺は」
「いい度胸だ」
「ハンデとして縁は俺のチームな」
「てっ、め卑怯だぞ」
「知恵だよ知恵。な、縁…………えにし?」
「…………え、ああ。喧嘩なら仲よく二人でやってくれ」
「いっ!?」
「残念だったな」
「誰かっ助っ人を!」
どうでもいい情報を聞き流しながら、今日休んでいる葵のことが脳裏をかすめた。ひょんなところからの共通点、おそらく理由はあの世界での影響が考えられる。
あの世界に行っている間、こっちの世界も同じ時間が経過している。
でも、と思う。今まではそうだったとしても昨日は緋衣が一番にあの世界を出て次が俺で最後が葵、葵の帰還は確認していないが、まさかあの後に二人はあの世界に行ったというのか……、なんのために?
殴られかけている幸一にヒントの可能性があることを期待して邪魔な林を止める。
「林悪い邪魔、幸一続きは?」
「おいっこら縁」
「早く」
「た、助かった~」
リアクションはいらない。
「林」
「ちょっ、言うから言うから。妹の方は海外に留学していて連絡はとれない。行先もさすがに調べられなかった」
「調べられなかった?」
「なんでだろうなぁ。いくら海外っていっても、行先ぐらい分かるはずなんだけど……、痕跡が見当たらなくてさ」
「他には?」
「いまん所はこんぐらいだな。弟君のほうも調べようと思ったけど、基本男は調べても面白くないからな」
実際のところ調べることがなかったのだろう。高校生も大して変わらないが中学生はより日常の変化が固定されやすい。
「じゃあ、葵の方は?」
「葵ちゃん? んー、基本的には学園で見たままだし、家族が少し特殊ではあるけど」
「特殊?」
「葵……あー昨日のあれか」
「あー、こっからは内密で頼みたいな」
そういうとチラッと林檎の方を見た。林檎は口が軽い方じゃないし他人の事をあまり覚えてはいないが、ひょんなことで思い出したことを口に出すことがないとも言えない。
「悪いけど林」
「へーへー、飲みもンでも買ってくる。何かいるか?」
「悪いな。じゃあ紅茶系で」
「俺はお茶でいい」
空気を読むという珍しい考慮で軽い返事をして林檎が席を立っていなくなった。それを見計らい幸一が続ける。
「最初に言うと、葵ちゃんに関してはあまり新しく調べてないんだ。前に調べたことあったし」
おそらく告白する前に下調べしたのだろう。これだけ訊くと中々気味が悪いが、悪気はないはずだ。
「言い方悪いかもしれないけど、まぁ縁と一緒だな。両親を亡くしてる」
気を遣ってもらう言い方をされたが、気にしていない。それは幸一も分かっているからこその、社交辞令のようなものだ
「で、叔父さん夫婦に育てられたらしい。といっても別に何かあったわけじゃないし、むしろ弟と二人大切に育てられてるはずだ」
幸一の気遣いを受け止めつつ、やっぱりと言うべきか気になった二人の欠席にもつながらなかった。
「少しだけ新しい情報は、その葵ちゃんの弟は怪我をして入院していた。まぁ、それも近々退院するみたいだけど」
幸一の説明が終わり、少なからずの落胆をした。結局、葵が学園に来るまでのあいだ詳しいアウグーリデセオに関して分からずじまい。
『この世界にいる私をバカにしている』とさえ言われたからな。これは、もう関わるなとういう警告なのかもしれない。
「で」
「うん?」
林檎の帰りを待つだけになってから何かを期待しながら、幸一が尋ねてきた。
「へっへ、誤魔化したつもりかもしれないが、最初の俺の疑問は解決されてないぜー。悩み事があるんだろ悩み事が」
どうやら、俺の悩み事とやらを解決しないと終れないらしい。都合よくかわしてきた分こうなると幸一はしつこそうだ。
仕方なくなにかないかと考え初め、一つだけ思い当たることがあった。
「そうだな……幸一って願い事ってあるか?」
「願い事? まぁ、そりゃ一つや二つは……それが?」
「強いて言うならなんだけど、俺そういうの無くてさ」
「それが悩みかよー。なんかもっと深刻なさ、あるだろこう解決しにくそうな」
何を期待しているか知らないけど、ないものはない。
「ちぇ、俺の株があがるチャンスを棒に振りやがって」
「そ……」
「まぁいいか、願い事だろ。訊きにくいけど、自分の両親に会いたいとか思ったことないの?」
「ない。最初からいたらそう思えていたかもしれないけど、最初から俺にはいなかったし、林檎とか、林檎の家族、それに博士もいたからな。思う必要がなかった。そういえば、葵もそう考えたりするのかな?」
「うーん、普通は考えるんじゃないのか。でも葵ちゃんの性格上育ての親に悪くてそんな願い事できなさそうだけど」
……たしかに、葵なら考えられそうだ。
「でもま、こればっかりはマンガやゲームの中でしかできない話だな」
「そうだな」
そのまま解決が無いような悩みも終わり、相談するという形がよかったらしく幸一は満足げに食い下がってくることなく終了していった。




