01話 枯れた世界
「…ロロさん、クロロさん!」
耳元で少女の声が聞こえて、クロロと呼ばれた僕は目を覚ます。
どうやら大木にもたれかかって寝ていたようで、両手を挙げて、大きく伸びをする。
「ふぁぁ……っと」
「クロロさん、もうお祭り始まっちゃってますよ? 楽しみにされてたじゃないですか」
茶髪の少女がこちらを見ている。その後ろには大きい門があり、中から煌びやかな装飾と踊りだしたくなるような音楽が僕を襲った。
「なんだ、モアちゃんじゃないか」
「なんだとは失礼な。始まったら起こしてくれって言っていたのはクロロさんでしょう」
寝ぼけ眼のままゆっくりと立ち上がり、背中についていた草を払う。目の前の少女・モアに謝りながら、僕は門のほうへゆっくりと歩み始めた。
「モアちゃんはグアンテールの祭り、始めてなのかい?」
「いえ、たぶん三度目だと思います。この時期はお祭りのおかげで物の移動が盛んになるので」
「僕は初めてだからね、ちょっと派手でびっくりしてるよ」
「案内しましょう」
モアちゃんは行商人をやっている。まだこんなに小さいのに親孝行な子だ、と見るたびに思う。彼女はこのグアンテールの町に商売をしに訪れたのだが、お祭りの賑わいに商品の供給が追いつかず、嬉しい悲鳴を上げ終えているところであった。
「しかし、本当に今日は物が飛ぶように売れました。完売ですよ完売」
「顔がにやけてるよ」
「え……そ、それは失礼しました、えへへ」
左右を派手な色の店が囲んでいる。焼きとうもろこし、りんご飴、焼きそばにラムネ。僕がまだ、名前だけでしか聞いたことの無いそれらの食べ物飲み物が、本当においしそうに見えた。というか実際食べた。おいしかった。
「賑わってるね、いいことだ」
「ええ。でも今年はアレが来ますからね」
「アレ?」
モアちゃんが空を指差すと、そこには5匹の龍が空を翔る姿があった。5匹全員がその巨大な体に真赤な鱗を持っていて、その上には人が乗っている。大きく羽ばたく翼は雄々しく、その場の人々の視線を釘付けにしていた。
「龍騎隊……すごいな、5人も動員されてるのか」
龍騎隊とは、この時代におけるパトロール隊のようなものだ。空を飛ぶことができ、なおかつ体力のあるドラゴンを操ることのできる者だけがなることのできる職業。それゆえ数も少なく、かなり多忙であるらしい。
「今日はボランティアだと聞いています。仕事は休みなんですけど、ああやってパフォーマンスのついでに見回りをと」
「やっぱり祭りに見回りは必要か」
そういうと、モアちゃんはため息をついて肩を落とした。
「仕方ないですよ。だってこんなに物があるんですから。盗む輩も出てきます。……それに、こんな世の中ですから」
確かに、と思った矢先、僕の頭の中を彼女がよぎった。
「……メっちゃんはどこだ?」
「ああ、メリーさんなら私のエレレフと一緒に町の広場にいるはずです。今そこに向かっているので安心してください」
ならばいい。メっちゃんの存在を忘れるなど、眠気で呆けてしまっていたようだ。
「エレレフがいますからね。何も悪さはできないでしょう」
メリー、通称メッちゃんは僕の旅仲間だ。とあるきっかけ出会い、そして今も行動を共にしている(今はちょっとはぐれているが)。彼女もこのグアンテールの祭りをとても楽しみにしていたようだし、どこかで面倒に巻き込んでしまう訳にはいかなかった。
「んだとこらぁ!?」
しかし上手くいかないのが、この世知辛い世の中である。そういう点では、世の中というものは上手くできているなとしみじみ思うのであった。
「いい話風に終わらせてしまうところだった」
「……お仕事ですか?」
「ごめんね、せっかくの祭りなのに」
「いいえ! お仕事なら仕方ないですよ。頑張ってくださいね」
「わかった、せめて一人で楽しんでおいて!」
「…はい」
「そっちが店の物盗んだんやろ!?」
モアちゃんと別れて道なりに走っていると、先程の男が居るであろう方から喧騒が聞こえる。一人は男、もう一人は女性のようだ。この独特なイントネーションから推測するに、たぶん件のメっちゃんであろう。
「盗んでねえって言ってるだろうがよ!!」
「うわ、しらきるん? ウチ見てたで。あんたが懐にススゥっといれるとこ!!」
「うるせえよ!! ってかなんで俺にそんなにつっかかるんだよ!? お前みたいなのには関係ないだろ!!」
「関係あるわアホ!! こんな時になんでクロロはおらんねん!! おーい!クロロ!?どこや!!!」
僕は名前を大声で叫ばれているという状況による羞恥に耐えながら、そこに近づいて行く。
「おーい! 来たよ! メっちゃーん!」
そこには、真っ黒な皮のジャンパーを被った金髪の兄ちゃんと、純白の毛に身を纏った彼女・メっちゃんがいた。ひざ下くらいの大きさで、小さいツノを持つ彼女は、その四本足でこちらに歩いてきた。
「あんたどこおったん? 召喚獣であるウチを放っておくとは、マスターの隅にもおけんな!」
「ごめんごめん、でも無事で何よりだよ」
「無事ですむと思ってるとは、いい度胸だなおい」
メっちゃんは僕の後ろに下がり、男は僕との距離をつめてくる。
「……何の用でしょうか」
「お前もしらけるのかよ。まあいい、一から説明してやるぜ」
男は眉をピクピクさせながら僕のメっちゃんを指差し、とてつもない大声を張り上げた。
「このクソ召還獣が、俺様を犯罪者扱いしやがったんだ! 俺はただこのグアンテールの祭りを、純、粋、に、楽しみたかっただけなのによぉ!? あーあ、こっちまでしらけてくるぜぇ!!」
なるほど、この男が何かを盗んだと思って、
「嘘つくんも大概にしいや。こっちにはクロロがおるねんで!」
メっちゃんが騒ぎ立てたってことか。
「……だいたいの状況はわかりました。それでは、同行をお願いします」
僕が男に向かってそう言うと、男はポカンとした顔で僕を見た。
「あ?」
「あ、ではなく。同行をお願いしますと言いました」
そういうと男は大声で笑い出す。祭り中に下品な笑い声を届け、男は僕を睨む。だんだんとギャラリーも増えてきたように思える。
「お前……ふざけていいのはここまでだぞ。なんで俺がお前に着いていかなくちゃならないんだ!? 俺はお前に謝罪を要求してるんだよ! 召還獣のマスターが、自分の召還獣の失態の責任すらも取れないって言うのか!? あ!?」
「僕のメっちゃんは何も失態などしていません。むしろ大健闘です。……あなたの窃盗の瞬間を見て、あなたを食い止めたんですからね」
男の顔がだんだんと歪んでいく。ああ、怒っているんだろうなあと思いながらつまらなさそうな顔で男の言葉を聞く。
「さっきからぐちぐちぐちぐちぐちぐちと……お前は何様だぁ!?」
「警察だ、よろしく」
「ああん!? 警察だとぉ!? ……け、けい、警察?」
「召還警察C組隊長を務めている、クロロだ。さて、ご同行をお願いしたいのだが、どうだろうか?」
突っかかっていた男が警察官であった事実からか、男の顔は真っ青になっていった。顔のバリエーションの多い人である。
「……お断りするぜ!」
そういって男は体を翻し、走り去ろうとした!
「メっちゃん!行くよ!」
「もちろんやで!」
「つ、つかまるのだけは勘弁だ!」
男はその声と気迫で道を切り開いていく。そうやって開かれた道を僕とメっちゃんは追いかける。それにしても男め、足が速い。大声を張り上げながら走っているのに追いつける気配すらない。
「まずい、逃げられる!」
「うちもあかん! 疲れてきた!」
「鍛え方が違うんだよ!! ハッハッハうぉあ!!」
余裕綽々の男は後ろを振り向いていてそう言い放っていたため、目の前のそれに気づかなかったのだろう。それにぶつかり、弾き飛ばされてその場に倒れた。
「痛てえな! 誰だ!?」
「……全く、こんなに騒がしくてはお祭りは楽しめませんよ。クロロさん」
それは、先ほど分かれたはずのモアちゃんと、彼の召還獣である象のエレレフであった。男がぶつかったのはエレレフの体だったのだろう。たいそう不機嫌な顔をしている。
「我輩は遺憾に思うぞ、モアよ」
「すみませんって……りんご飴15個で」
「ならばよいのだ」
意外と現金である。
「……」
「うちの召還獣が、誠に申し訳ない」
「……いや、かなり騒がせちまったし、俺のほうにも非はあった」
なんと、事件はメっちゃんの誤認という結末を迎えていた。
男は祭りの中で一杯やっており、ほろ酔いの状態でうろついていたらしい。そして彼が飲み終えた「酒が入っていたガラス製のビン」を「ラムネ屋」の前で「腰元のポケット」に直そうとしたところを、メっちゃんが目撃。そのまま騒ぎになり、警察に喧嘩を吹っかけてしまったことで恐怖を感じ、逃げたしたら、町の抜け道をつかって広場に先回りしていたモアちゃんが象のエレレフと共に道を塞ぎにきていて、それにぶつかったということだった。
「俺もさっきの象で目が覚めた……全く、もっと冷静に対処しておけばよかったぜ」
「本当になんとお詫びしたらいいか……」
「……」
「ほら、メっちゃんが悪いんだから。謝りなさい」
「……ほんま、すんませんでした。以後気をつけます……」
正直、二人(正しくは一人と一匹)旅をしてきて、初めてメっちゃんが僕の仕事の役に立ってくれたと思ったことで嬉しくなっていた節はある。僕たちはこうやって、頭を下げることしかできなかった。
「でもよ」
そんな中、男は僕に口を開く。
「何で人間は、召還獣なんかに頼るようになっちまったんだろうな」
「なんや! うちらはワルモンかいな!」
「……」
「今回はうちが悪いですほんますんません」
僕たちが住むこの世界は、十数年前に化石資源を掘りつくしてしまう、という事態を招いた。いつかは解決しなければいけないと思われていた問題に、誰も手を触れていなかったことが原因だ。そこに現れた一人の学者が、
「古に伝わる【召還獣】の力を借りればいい」
というひとつの答えを導いた。召還獣は、どこか遠くの異世界に存在し、それを呼び寄せる呪文を唱えることで現世に現れる……という定義がなされているが、実際のところあんまりわかっていない。ただ言える事は、召還獣の力を借りなければ、僕たちはこの【枯れた世界】で生き延びることはできない、ということだ。
「人間が、生き残るためだ」
僕は男に向かってそう答えた。しかし、男は深いため息をついた。
「違うな、逃げたんだ。……召還獣は便利だ。人間の言うことを全部聞いてくれるし、何より昔までこの世に存在した動物よりも遥かに高い能力を持ってる。でもな、他にも方法はああったはずだろ!? 何か考えれば、俺たちが生きていく方法はあったはずだ!! なのに、なのに人間はすぐに答えにしがみついた! 生き残りたいっていう自分の欲望のためだけに!!」
召還獣の力を借りなければ、生き延びることはできない。のだがこういう【召還獣を否定】する人間も、この世界には少なからず存在する。この男の言い分は間違ってはいないが、答えも無い。今のところ、彼らに召還獣を否定できる権力はないのだ。
「それもあって、むかついていた。……その羊を否定したい訳じゃないんだ。悪いな」
メっちゃんと僕に向かって頭を下げる男。メっちゃんは困り果てた顔をしていた。
「なんやこいつ、こんなカッコしとんのに、めっちゃいい奴っぽいやん。ウチめっちゃ罪悪感わいてきた……」
メっちゃんがトボトボと男から離れていく。
「……ひとつ聞こう」
「なんだ、警察様。また取り調べか?」
「あんたはこの枯れた世界を救えるかもしれない。なんとか召還獣の無い世界を作る努力をしてほしい」
僕がそういうと、男はポカンとしていた。
「呆れたぜ。天下の警察様がそんなことを言うなんてな」
「僕だって、召還獣に大賛成なわけじゃない。確かにメっちゃんに会えたことには感謝しているけれど、本当は会ってはいけなかったんだと思うんだ」
「……いずれ見せてやるよ。あの頃の世界を」
「楽しみにしているよ」
「任せろ、警察様」
迷いは誰にだってある。この男は世間という強敵にたいして迷っていたのだ。僕がそうやって背中を押すと、男は少し嬉しそうな顔をしながら、町を去っていった。
「もうそろそろ行かなくちゃ」
「お早い出発ですね。まだ真っ暗なのに」
事件が片付いて、僕とメっちゃんとモアちゃんとエレレフはグアンテールの町の出口にいた。メっちゃんは半分以上眠りながら立っている。
「いや、今回の件はたぶん早めの報告が身のためだからね。問題を起こしすぎるとクビになっちゃうかも」
「そ、それはまずいですね……」
「それじゃあ、また」
「はい」
僕とメっちゃんはグアンテールの町を出ようとして、少し歩き出すと、後ろから声がした。
「……あの!」
モアちゃんのものだ。
「きょ、今日はちゃんと一緒に回れなかったので、あの。……来年! また一緒にここのお祭りに来ましょう!!」
「わかった! それじゃあ、また来年にここで会おう!!」
そうやって僕は、グアンテールを後にした。
「上出来である」
「……やめてよエレレフ」
「しかし一年後のデートとは、儚いのお」
「デ、デデデデデデートじゃないし! 違うし!」
「ほっほ。恥ずかしがらなくてもいいだろう。メリーもお前に妬いておったぞ」
「別に羊に妬かれても……」
「では、一年後ここに来れるようにしっかり仕事に励まんとな」
「……そうだね、頑張ろう」
待っていてくださいね、クロロさん。
来年は、きっと……
はじめまして。水上いろり と申します。
今回は私の小説を読んでくださり、誠にありがとうございました。
小説を書くのはかなり久しぶりで、ごっちゃりとした駄文ですが、細々とゆっくりと更新できればいいなあと思っておりますので、よろしくお願いします。
書き溜めも無いので、なるべく頑張って書いていくつもりです。ネタはあるので、たぶん大丈夫です。
あんまり詳しくないんですけど、感想みたいなの書けるんですよね?
書いていただけるとすごく嬉しいです。もっとこうしたほうがいい、などありましたら努力して直していきたいと思っていますので、どうぞ自分好みの小説にしてやってください(笑)
あと、世界観でわからないことがあっても質問してくださるとありがたいです。どこかのあとがきやら、別ページを設けてもいいかなと思っております。
そういうわけで、これからもよろしくお願いいたします。
2012/9/4 多少修正させていただきました。