雄介と恭弥
上手に雄介、下手に自分と小夜、その後ろに姉さんと兄さんが正座している。
本当なら、こんな野郎――こんな小夜を見てニヤニヤしてる奴なんかを、上手になんてやりたくなかったが、事情を聞くまではお客様なのだから仕方がない。
「・・あの、恭弥さま」
小夜が控えめに言ってきた。誰も口を開かず、部屋は静寂に包まれていたので、小夜の声がよく響く。
雄介の顔が嬉しそうに、小夜を見つめながら笑っているのに気づき、
「ん?」
と言いながら、少し小夜の前に体をずらす。これなら、雄介の場所から小夜の姿は見えないはずだ。
「なに?小夜」
「あの・・・手を、放していただけませんか?」
手を!?!
思わず、振り返ると小夜が怒られると思ったのか、体をこわばらせた。
「どうして?」
と小さく尋ねる。
初めに、触ってきたのは小夜じゃないか!小夜から積極的にきたことが、今まで一度も無かったから、どんなにうれしかったか・・思い出しただけで、飛び跳ねたくなる。
「あ・・あの・・お茶を、お出ししなければ。お客様に」
「あっ・・・・ああ、そうか。そうだな。
あと、茶菓子も・・無ければ、菅田さんのところで買ってきてくれ。何か適当に」
「わかりました」
手を放すと、小夜は間髪入れずに「失礼します」と言って、部屋を出て行った。
あからさまに雄介は、がっかりしている。
「お茶なんかいいのに・・・。小夜ちゃんが隣に座っていれば、それだけで、十分なんだけどなぁ」
雄介の口から出てきた言葉に、いつでも殴れるように拳を固める。
これを見たのか、後ろに控えていた姉さんと兄さんが、慌てたように前に出てくる。
「きょ、恭弥は今、来たばっかりで話が何も分かってないから、もう一度、説明してくれる?
私たちも、もう一度冷静に聞きたいし。ねぇ?誠二さん」
ブルンブルンと千切れそうなぐらい首を縦に振る兄さん。
雄介は、面倒だなというように頭をかいた。
「説明するからさぁ、そっちのことも教えてくれない?正直、よく分からないのよ、あんた達の関係性。 町の人に、村治家の場所を訊くと、どんな用で訪ねるのか、すごい形相で聞かれるし、
小夜ちゃんと恭弥は夫婦だって事は分かったけど、そこのお姉さんとお兄さんの関係性は、全然、教えてもらえないし。
そっちから、先に教えて。ああ、もちろん。小夜ちゃんのことを詳しくね。俺、あの子が気に入ったから」
気に入った!!?
立ち上がりかけた自分を、兄さんが懸命に後ろを引っ張って止め、姉さんが「深呼吸、深呼吸」と、何とか落ち着かせようと頑張っている。
目の前の雄介は何食わぬ顔で座っているのが気に入らないが・・・しょうがない。我慢しよう。
* * *
「村治家と河瀬家について聞いたことはあるか?」
尋ねると、雄介は首をひねった。
「村治家はわかるけど、河瀬家は聞いたことないなぁ。
あの、俺のいとこの近所にある神社の境内に住んでる川瀬さんの事じゃないだろ?」
「誰だ、それ!!」
雄介の目が驚いたように見開く。
「知らないの!?あの有名人を
川瀬さんはね、今はホームレスなんだけど、国立大学を出て、アメリカの大学から『うちに来てくれ!』って頼まれた事があるぐらいスゴイ人なんだよ!
だから、そこら辺一帯の学生は、みんな、川瀬さんに勉強を教えてもらいに行くんだ。俺もね・・」
「・・・その話、長くなる?」
雄介は、一切、話を止めずにうなづいた。流暢に『川瀬さん』について語っている。
お前は、どんだけ『川瀬さん』に思い入れがあるんだ!!
* * *
『川瀬さん』が神社に来た野良犬から、勉強を教えてもらいに来た田口さん(大学受験3浪)を守ろうとして、代わりに腕を噛まれた話をした直後、小夜が戻ってきた。
「失礼します。お茶とお菓子です。
お菓子が無かったので、菅田さんの所に・・・タイミング、悪かったですか?」
申し訳なさそうに謝る小夜に、慌てて、そんなこと無いと言うと、安心したように微笑み、お茶とお菓子をみんなの前に配り始めた。雄介の前に置く時に、雄介が、変なアドバイスをした。
「小夜ちゃん。こういう時は『馬鹿な私を踏んでください』って言うんだよ」
「馬鹿な私を・・・?どういうときに使うんですか?」
「誠意を見せるとき。
それで、その後、踏まれながら『ありがとうございます』って言うんだよ」
雄介が一生、使うことは無いと思われる言葉を小夜に教えようとする。
「雄介!!変な知識を小夜に教えるな!」
「いいじゃん。過保護に育てすぎると、変な男に騙されるよ」
「変な男はお前だろ!!」
「ほらほら、あんまり怒鳴ると顔が崩れちゃうよ。今より崩れたら、嫌だろ?」
「同じような顔の奴に言われたくない!!」
「あっ、やっぱり恭弥もそう思ってたんだ。俺もそう思ってたんだ。顔、似てるなぁって」
「残念なことにな」
「・・残念ってどういう意味?」
「そのまんまの意味」
クスクスと可愛らしい笑い声が聞こえた。
声のする方を見ると、小夜が小さな口を小さな手で隠して、控えめに笑っていた。
「・・・小夜?」
ハッと気が付いたように、小夜は小さく
「・・お二人の会話が面白くて、つい。」
とはにかみながら言った。頬がかすかに赤くなっている。見ているこっちの頬が思わず緩んだ。
「面白かった?じゃあ、恭弥。後でコンビ組んでM‐1狙おうぜ」
小夜の言葉が嬉しかったのか、言いながら、星が飛びそうなウインク。
「なんでだよ」
「小夜ちゃんにも認められたし・・狙えるんじゃね?
言っとくけど、俺がクールでかっこいいツッコミで、お前がドジでバカなボケだからね」
「はいはい。
小夜。雄介に説明してあげて。村治家と河瀬家について」
「あっ、はい」
突然、指名された小夜は戸惑いながらも、雄介の顔を見ながら、少し考えてから話し出した。
自分の話を無視されたので、少し雄介は不満そうだ。
話が、なかなか進まなくてすいません!><