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ナズナと桃  作者: 花夜
8/13

この人は、だれ?


「本日、このような天候に恵まれたことは・・・・」


 朝礼台の上で堂々と児童に話す恭弥さまは、とても大学生には見えない。すごい大人っぽくて、私などがいくら手を伸ばしても届かないように思える。


「小夜。帰ろう」


 いつの間に終わったのか、気が付くと恭弥さまは隣に立っていた。腰に腕が回される。

 運動会を見ようと集まった人たちに見られるのが恥ずかしいので、腕から逃れようとしたが、恭弥さまが、腰が折れそうなぐらい力を入れたのであきらめる。


「もう、いいのですか?運動会は、今、開会式が終わったばかりでしょう?」

「いいよ、もう。あと閉会式まで用無いし、汗がひどいから風呂に入りたいしね。

  まぁ、自分の子がいたら、絶対に残ってるけど。今は、まだ居ないし、いいんじゃない」


 恭弥さまの「今は、まだ・・・」のところに反応して、頬が赤くなる。

 そんな簡単に子供が出来るわけないっていうのは分かっている。私の体が人より弱い――と恭弥さまが言って、聞かない――から、夫婦の営みも、毎晩、出来ないし、まだ、結婚して二か月しか経ってないんだから。

 でも。

 でも、村治家の子孫繁栄のために嫁いだようなものだし、恭弥さまも望んでいるのだから、早くできないものかと、自分のお腹を見る。早く、妊娠しないものだろうか。


       *              *             *


 「ただいま-」「ただいま戻りました」

 

 家の中は、いつもの雰囲気と違い、なんだか異様に緊迫した雰囲気だった。

恭弥さまもそう思ったのか、思わず、二人で顔を見合わせる。


「・・何かあったんでしょうか?」

「さぁ?  

  とりあえず、上がってみようか。ただ、姉さんと兄さんがケンカしてるだけかもしれないし。」

「・・そうですね」


 上がり、自分たちの部屋まで歩いていく途中、かすかに話し声が聞こえた。時々、香里さまの怒鳴り声なども聞こえて、思わず、ビクッと縮こまる。香里さまが怒鳴るなんて・・・。


「客間の方だな」


 恭弥さまは冷静に場所を確認し、私の手首を握って、客間へと引っ張っていった。


          *          *          *          

 客間の前につくと、恭弥さまは何かを決意するように、深い深い深呼吸をした。

 中から、香里さまと兄さん、それと誰だか分からない、若い男の人の声がした。香里さまの声は興奮しているが、男の人の声は、すごい落ち着いていた。

 コンコンと控えめに襖をたたく。向こうから返事がないので、恭弥さまを見上げると、恭弥さまは無言で頷き、シュッと襖を開けた。


 中には、下手に香里さまと兄さん、上手には、誰だか分からないが青年が座っていた。

 恭弥さまと同じくらいの年齢だろう。どことなく、顔や雰囲気も恭弥さまに似ている。というよりも、そっくりだ。双子みたい。

 恭弥さまもそう思ったのか、戸惑いを隠せずにいる。

香里さまは慌てて立ち上がり、こっちに来て!と言いながら、部屋から出て行った。香里さまに付いて、廊下に出る。

 香里さまは、みんなが集まったのを目で確認すると、風が吹けば消えてしまいそうな程小さな声で、話し始めた。


          *           *            *


「今朝、早くから小夜ちゃんと恭弥は運動会に行っちゃったでしょう?

  行っちゃった後、誠二さんと二人で掃除してたんだけど・・ああ、小夜ちゃん。謝らなくていいから。こっちが、やりたくてやったことだもの。

  そしたら、あの男の人――〈ゆうすけ〉っていうらしいんだけど、あの人が訪ねてきたの。

  『(きよし)さんの家はこちらですか』って」


香里さまは、ここで一旦、言葉を切った。

 (きよし)というのは、恭弥さまのお父さん、先代の名前だ。


「だから、『そうですけど・・』って答えたら、すごい、満面の笑みを浮かべて――あの子、恭弥にすごい似てるけど、笑った顔は全然、似てないのね。恭弥の方が、よっぽどいい男よ・・・贔屓目(ひいきめ)じゃなくて!褒めたんだから、素直に喜びなさい!まったく・・・―――『じゃあ、あなたが清さんのお子さんですか』って聞くのよ。

 だからね、また『そうですけど・・』って答えたら、あいつ、何て言ったと思う?」


 恭弥さまと顔を見合わせると、香里さまは、「まったく、ダメねぇ。最近の子は頭を使わないんだから

」というような目でこっちを見た後、ため息と同時に、


「『じゃあ、俺の姉さんだな』って言ったのよぉぉ!!」 


と、半泣き状態で叫んだ。部屋の中まで絶対、聞こえるぐらい。

恭弥さまが慌てて、香里さまの口をふさぐ。


「うるさい!!聞こえちゃうだろ、その・・ようすけ・・・だっけ?」

「ゆうすけ、だよ」


 突然、後ろから声がしたので、慌てて、振り返ると、ゆうすけという人が襖を開けた状態で立っていた。

 

「ゆうすけ。(オス)一介(いっかい)(かい)雄介(ゆうすけ)。よろしくね」


 ニコッと、花のように微笑みながら自分の名前を紹介する。

 確かに、笑い顔は恭弥さまに似ていなかった。恭弥さまも花のように笑うが、恭弥さまと雄介さま(?)の笑い方は、何かが違う。何かが。


「あなたの名前は?」


雄介――よくわからないが、香里さまの弟になるのなら〈さま〉が必要だろう――さまの視線で、私に質問しているのだと気づく。


「あっ、小夜です。小さい夜と書いて、さよ」

「ふぅん。小夜かぁ。かわいい名前だね。もしかしてだけど、その隣の・・・名前、分かんないけど。その彼の彼女?」


 私の隣というと恭弥さましかいないから、恭弥さまのことだろう。 

 思わず、頬が熱くなる。


「いえ。あの・・・彼女というか・・」

「恭弥と小夜ちゃんは、結婚してるのよ!!」


香里さまのストレートな一言。雄介さまの顔が一瞬、強張ったが、すぐにもとの微笑みに戻り、


「そうかぁ。ずいぶんと若いね。いつから?」

「エッと・・・2か月ほど前に結婚式を挙げました」

「そう。小夜ちゃんの旦那さん、雄介です。よろしく」


と言うと、


「雄介か。分かった。とりあえず、中に入ろう。話はそれからだ」


 恭弥さまが冷静に――いや、違う。恭弥さまにしては珍しく動揺している。

 それは、長年見てこないと分からないくらいの微妙な変化。香里さまとに兄さんも、もちろん雄介さまも気づかずに、部屋の中に入っていく。

 恭弥さまは一歩も動かずに、じっと雄介さまの立っていた場所を見つめている。

 隣に近づいて、恭弥さまの右手を包み込むように両手ではさむ。恭弥さまは驚いたように眉を上げ、こっちを見つめ、すぐに俺は何やってんだろうなというように自嘲気味に微笑んだ。


「恭弥」


 囁くように言うと、その微笑みはより優しげになり、 

包んでいた私の両手を器用に片手で外して、右手だけをギュッと強く握った。

 手で繋がったまま、部屋に入るために歩き出した。




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