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ナズナと桃  作者: 花夜
7/13

敬語と小夜の祖先


「失礼します」


と言う小夜の声と共に、シュッと襖が開く音がした。ノートから顔を上げ、後ろを振り向く。

 小夜は、手に手紙を持っていた。


「恭弥さま、来週の土曜日に、中学校で体育祭がありますので、ぜひ、ご出席いただきたいと・・。手紙  が来ております。出席、なされますか?」

「んー・・・するしかないだろ。適当に出席すると、返信しといてくれ」

「はい。分かりました」


 一礼して、部屋から出て行こうとする小夜を、ちょっと待ってと引き留める。

 小夜は、その場で一言「なんでしょう?」と言った。


「あのさ、その口調、変わらない?もう、結婚して二か月は経ってるんだよ。一応、夫婦なわけだし」


 小夜は小さく頭を傾げる。


「?・・恭弥さまは、結婚しても恭弥さまでしょう?」

「いや、そうじゃなくて・・」


 小夜の顔に、戸惑いが浮かぶ。たぶん、俺の機嫌を損ねたかも、とか考えてるんだろう。

 説明する前に、小夜が不安げに


「・・すいません」


と言った。あわてて、小夜の隣に移動する。


「いや、そんな謝らなくていいから!

  その・・ただ・・小夜と俺は、夫婦なわけだろ?」


 コクリと静かに頷く、小夜。見ると、軽く、涙目になってきている。かわいい、けど、泣かれるとヤバい!姉さんに、鬼の形相で怒られる!


「で、普通の夫婦って、そんな敬語使わないだろ?」

「・・・香里さまたちは、敬語です」

                   

 思わず、はぁと溜息が出る。小夜にとって普通の夫婦というのは、姉さんたちの事なのだろう。その2人の関係も、結構変わっていることに気付かずに・・・いや、俺も他の夫婦をちゃんと見たことは無いけど。


「姉さんたちは、置いといて。

   ごく一般的な夫婦は、敬語は使わないの!だから、小夜もタメ口でいいよ」

「タメ口・・・ですか・・・」


 小夜はしかめっ面で、何事か考えた後、


「ダメです!!恭弥さまは恭弥さま、村治家の当主ですから!

  それに、河瀬家の私なんかが、タメ口なんて出来ません!!」


ときっぱりと言い切った。また、ハァとさっきよりも深い溜息が漏れる。


「じゃあ、二人っきりの時はタメ口、みんなの前では敬語って事にしない?」


と主観的には優しく、客観的には命令っぽく、提案すると、小夜の顔が苦しそうにゆがんだ。


「・・・・二人っきり、ですか・・・・そうですね・・・それだったら・・・まだ、」

「まだ?」

「・・・出来るかもしれません」


良し!と、心の中でガッツポーズを取る。村治家の権力を少しだけ利用させてもらった。


「・・もう、行ってもいいですか?香里さまに呼ばれているのですが・・」


 小夜は、遠慮がちに立ち上がろうとした。その腕を引っ張る。小夜はバランスを崩して、俺の胡坐(あぐら)をかいた足の上に倒れこんだ。何が起きたのか、まだ理解しきってない小夜の耳元で、


「二人っきりの時は?」


と囁くと、耳まで真っ赤にして、うつむいた。もう一度言おうと、口を開いた瞬間、


「何て言えば良いのですか?」


と目だけ上げて、俺を見ながらつぶやいた。


「さっき言った言葉から、敬語を抜けばいいんだよ。やってごらん」


と微笑みながら言うと、下を見ながら、何事かブツブツ言い、


「もう、行って、いい・・?

  エッと・・・香里さまに、呼ばれているの・・・呼ばれています・・・呼ばれていて・・?」

「『呼ばれてるから』

  あと、姉さんのことも、『お姉さん』でいいんじゃない?」

「あっ、はい。

  エエッと・・・・お姉さんに、呼ばれてるから・・・?」

「はい。よく出来ました」


 小夜の腕を放すと、小夜はあわてて立ち上がり、下を向きながら、早歩きで、何も言わずに出て行った。


          *          *          *


 夜。

 まだ、明かりも発達していない中、2本、蝋燭が立っている周りを男たちが囲んでいる。


「俺んちは、明日は忙しいから、無理だ」


1人が口火を切ると、みな、


「そんなこと言ったら、俺んちだって!」「俺んとこも!」「そんなら、俺も!!」


と、同意し、結局、話はいつまで経っても片付かない。

 男たちのまとめ役らしき、男性が腕を組んで唸り、


「・・本当に、全員、ダメなのか?」


と、全員にもう一度訊ねる。男たち――だいたい、10人ぐらいだろう――は、神妙な顔つきを崩さずに頷いた。


 そんな中、1人、何も言わずに黙々とお茶を配る女性がいた。

 20代前半の女性は、男に不自由をしたことが無いだろうと思うぐらい綺麗な顔立ちをしていたが、その表情には、どこか愁いや苦悩が表れていた。

 それもそうだろう。

 彼女は、一般的な女性とは違っていた。

 彼女は、この村の住民、全員の召使いだった。


「ふさ!!このお茶、もうぬるいぞ!」


男の1人が、女性、ふさに怒鳴る。


「・・もうしわけございません。すぐ、沸かしなおしてきます」


ふさは、その男のお茶だけでなく、全員分のお茶を持って、台所へ小走りで行った。

その後ろ姿を見ながら、1人が呟く。


「相変わらず、ふさは働き者だなぁ。村治さまとも、仲いいし」


その呟きを、男性は聞き逃さなかった。


「仲いいのか?村治さまとふさ」

「はい。でも、村治さまと言っても村治の奥さまの方とですけど・・」

「なら、ふさにやらせれば良いんじゃないか?例の話」


1人が、提案すると、皆が「そうだ!」と同意した。

 皆の顔に安堵の表情が浮かんだ頃、ふさが、お茶を盆に載せてやってきた。

 お茶を配り終えて、部屋から出て行こうとするふさを、まとめ役の男性が、声をかけた。


「ふさ。話がある。ちょっと、ここに座れ」


 ふさは、戸惑いながらも言われた通り、男性の前に座る。


「ふさ。今、俺たちは、村治さまのお世話をする人を誰にするかを決めてたんだ。ここまでは分かるな?」


 ふさは、恐る恐るといったように頷く。寺子屋にも通っておらず、読み書きが出来ない子だからと、男性は、気を使って話してくれている。


「で、話し合いで決まったんだが・・ふさ、今日からお前を村治家専属の女中とする。

  これからは、俺たちの命令は聞かなくていいから、村治さまの命令だけ聞いていろ。分かったな?」

「はい。分かりました」


 はっきりとした返事に、その場の男たち、全員がほっと胸をおろす。

 男性が、ふと思いついたように言った。


「身分の高いところで仕事するんだから、苗字も必要だよな。

  そうだなぁ・・・川の近くに住んでるから・・・・川辺・・川瀬・・・河瀬ふさ。うん。いいな。

  ふさ!!今日から、お前は河瀬ふさ(かわせふさ)だ!!」


まだ、電灯などなかった時代―――もちろん。小夜や恭弥が生まれるずっと前の話である。


        

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