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ナズナと桃  作者: 花夜
6/13

小夜の午前 


時間のある内に、今日の香里さまの婦人会のしたくをしちゃおうと、台所に立つ。味噌と醤油が少なくなっていたから、後で三河屋さんに注文しなくちゃ。

今日の婦人会のデザートは、ケーキでいいだろう。香里さまが、「今日のしたくは自分がやる」と言ったが、香里さまは料理が出来ないし、これくらいは、やらなくては申し訳ない。

粉を取りだし、ボールに入れようとすると、


「ん?・・この花、なに?」


と、ご飯を口に頬張りながら、恭弥さまが聞いてきた。居間に小走りで行くと、恭弥さまは、机の上に飾って置いた鉢植えの胡蝶蘭(こちょうらん)に似た、花を弄っていた。


「何?この花。昨日は置いてなかったよな?」

「あっ、あの・・・昨日の結婚式に来てくれた、中学の時の友達がくれたんです。確か・・デンファレ?だったような・・・ランの仲間だそうですよ」


言っていると、恭弥さまが『隣に座れ』というようなジェスチャーをしたので、言われた通り、隣の空いてるスペースに座る。『デンファレ』という言葉に、香里さまが反応した。


「デンファレ?

まぁ、さすが、小夜ちゃんのお友達ね。センス、いいじゃない。デンファレの花言葉、知ってる?」


首を横にふる。恭弥さまは知ってるかと思い、横を見ると、恭弥さまも首をひねっていた。思ったより、恭弥さまとの距離が近くて、心臓がバクバクいう。

香里さまを見ると、楽しそうに微笑んでいた。


「デンファレの花言葉はね、『お似合いの二人』よ♪」


思わず、横を見ると、恭弥さまと目があった。瞬間、恭弥さまの顔が赤くなる。たぶん、自分もそんな顔をしているのだろう。

2人で、示し合わせたかのように、同時に下を向いた。


       *       *         *        *


「じゃ、行ってくる」

「いってらっしゃいませ。お気をつけて」


この挨拶をすると、いつも、恭弥さまは苦笑する。時代錯誤のような挨拶が気になるみたいだが、侍従関係だもの。これくらいの挨拶は普通だ。結婚しても、侍従関係は続く。

村治家と河瀬家の溝は、埋まるはずがない。


      私は河瀬家の血が流れているし、恭弥さまには村治家の血が流れている。


言葉にするとこれだけだが、この溝は深く、暗い。

どんなに頑張っても埋められない溝なら、埋めなくていい。

ただ、私は、村治家が末永く繁栄してくれればいいのだ。私など、そのための捨て駒にすぎない。


      *        *          *         * 


「本当にいいの?河瀬さんの成績なら、このまま進級するなんて簡単よ」

「いいんです。行きたくっても、行けませんから」


担任の先生が、少し悲しそうに眉をひそめる。


「それぐらい、村治さんに出していただけないの?

それに、出してもらわなくたって、定時制とか奨学金って手があるのよ?」


あいまいにほほ笑む。


「・・どっちにしろ、働きに出ることは出来ませんから」


先生は、悔しそうに唇をかんだ。この先生はいい人だ。

まだ若いが、生徒のことを1番に考えてくれているし、1人1人をちゃんと見て、アドバイスしてくれている。

私のこともよく見てくれている。

その証拠に、二者面談は1人15分のはずなのに、もう、30分はたっている。


「・・河瀬さんなら、東大を目指してもおかしくないくらいなのに。もう、次の子が待ってるから、終わりにしましょうか」

「はい」


同時に立ち上がる。先生は、扉の前で振り返り、浅い深呼吸をしてから、


「でもね、河瀬さん。

村治家から出たくなったら、私に言いなさい。小夜ちゃんの人生は、家系の血なんかで終わりにされちゃダメよ」


と早口で言った。あの時の、先生の真剣な顔を忘れることはないだろう。根拠はないが、本気でその時そう思った。


 小夜が15歳の時に、恭弥さまは村治家当主になった。2年前のことだ。


 たまに、先生との二者面談での会話を思い出す。

今頃、どうしているだろうか。定年にはなってないだろうから、まだ学校にいるだろうか。

 いつか会いに行こうと思った。

 いつか――あの時の事を笑顔で話せるようになったら、会いに行って微笑みながら話そう。


あの後の帰り道、少し泣いたんだと。

 先生に「高校に行きたいです」と言おうとして言えなかったことが悔しくて泣いたんだと。

 


 

「・・・・高校に行きたいです」     


一人、庭を(ほうき)で掃きながら呟いてみる。呟いた言葉は風に吹かれて、砂埃にまみれて消えた。


やっぱり、私には似合わない言葉だった。



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