朝ごはん
朝、腕に何かが当たって、目が覚めた。
目を開けると、目の前に困ったように慌てている小夜がいた。どうやら、俺を起こしてしまったことを自分で責めているらしい。
「お、おはようございます」
「ん・・・?・・・・おはよ。今、何時?」
小夜は時計を見てから、言った。
「5時・・15分ぐらいです。もう一眠りしていてください。7時になったら、起こしますから」
「ん・・・小夜は?」
「起きます。朝ごはんを作らなきゃですから」
「失礼します」と言いながら腕の中から逃げようとしたが、腕の力を強めて、動けなくする。小夜は、困ったようで、眉頭がぐぐっと下がって左右が寄った。今朝は、困らせてばかりだ。
「あの・・・恭弥さま?私、朝ごはんのしたくが・・・」
おそるおそるという感じで、意見を言うが、もっと強く小夜の体を締める。小夜が小さく「ん・・・!」と言葉を漏らした
「昨日、寝るのが遅かったろ?
もっと、寝てなよ。朝ごはんは、適当でいいから。白米と梅干だけでもいいよ」
小夜が、信じられない!というように目を見開いた。
「ダメです!!
恭弥さまと香里さまに、そんな粗末な食事出せません!放してください!!」
初めのうちは、腕の中でもがく小夜がかわいいと思って放さずにいたが、だんだん、小夜の目じりに涙が浮かんできたので、しぶしぶ、力を緩める。小夜の泣き顔は好きじゃない。
小夜は、慌てたように出て行って、落ちていた浴衣を着た。
何か、痛そうなそぶりも無いし、自分を嫌ってるようなこと感じもしないので安心する。
「では、失礼します」
襖の前で一礼する。それだけ、動ければ大丈夫だろう。安心して、二度寝をし始めた。
* * * *
「恭弥さま。起きてください。7時になりましたよ。恭弥さま」
おとなしい子犬のようなか細い声を合図に薄く目を開けるが、体は動きたくないと我が儘を言っている。
「・・・あと5分だけ」
小さく提案すると、今までの小夜が信じられないぐらい、厳しくなる。
「ダメです!
この前だって『あと5分』って言って、ずっと寝てたじゃないですか!それで、大学を遅刻したでしょう?電車だって、無くなっちゃいますよ!早く、起きてください、恭弥さま!!」
「分かった、分かった・・起きます」
ヨッと勢いをつけて上半身を起こすと、小夜は満足気に頷いて、
「じゃあ、朝ご飯の支度してますから。早く、来てくださいね。お味噌汁が冷めちゃいますよ」
「ん。分かった」
* * * *
居間では、誠二兄さんと香里姉さんが座って、テレビを見ていた。
「おはよ」というと「おはよぉ~」と「おはようございます」という2種類の返事が聞こえた。
小夜が、ごはんをお盆に載せて、持ってきた。
「おはようございます。どうぞ」
「ん。ありがと」
今日も、白米に味噌汁に魚。世間一般で言う、ちゃんした朝食というやつだ。物心つく前から、朝食はこんな感じだった。
小夜が、まだ何か作る気なのか、台所に立つ。台所は小夜の場所なので、一度も入ったことが無い。たぶん、姉さんもそうだろう。この家で、台所に入ったことがあるのは、小夜と小夜の死んだ母親ぐらいだ。
小夜が料理を作りだしたのは小学生の頃からだ。
それまでは、どこから来ていたのか知らないが、40ぐらいのおばさんが通い込みで作っていた。
そのおばさんから、少しずつ習っていたのだろう。小5ぐらいの時には、和洋中、ほとんど作れるようになっていた。
小夜の作った朝飯は、どれも出汁から取られており、どれだけ手間暇が掛かっているのかを静かに主張した。