朝
朝、目を開けると、目の前に端整な顔―――恭弥さまの寝顔があった。驚いて、思わず身を後ろに引くと、恭弥さまの腕に思いっきりぶつかり、恭弥さまの目があいた。
「お、おはようございます」
「ん・・・?・・・・おはよ。今、何時?」
時計を見てから答える。いつも自分が起きてる時間だから、なんとなく分かるけど、恭弥さまに嘘を教えるわけにはいかないだろう。
「5時・・15分ぐらいです。もう一眠りしていてください。7時になったら、起こしますから」
「ん・・・小夜は?」
「起きます。朝ごはんを作らなきゃですから」
「失礼します」と言いながら恭弥さまの腕から抜けようとしたが、なぜか、恭弥さまの腕の力が強くなり、抜けられなかった。
「あの・・・恭弥さま?私、朝ごはんのしたくが・・・」
「昨日、寝るのが遅かったろ?
もっと、寝てなよ。朝ごはんは、適当でいいから。白米と梅干だけでもいいよ」
「ダメです!!
恭弥さまと香里さまに、そんな粗末な食事出せません!放してください!!」
何度もそう言って、恭弥さまの腕の中でもがくと、やっと、しぶしぶといった感じで、放してくれた。
腕から出で、近くに落ちていた浴衣を着る。恭弥さまは、無言でこっちを見ていた。
「では、失礼します」
襖の前で一礼してから、部屋を出ていく。恭弥さまは、その言葉を合図のように、寝だした。
* * * * *
味噌汁は、ちゃんとお出汁から取る。昔っからの習慣だ。
こうして、普通に朝ごはんを作っていると、結婚したことが嘘みたいだ。
昨日、『河瀬小夜』から『村治小夜』に変わったなんて、今でも信じられない。
村治家は町長以上の力がある。この地方では、無敵といってもいいだろう。
この町の6・7割は村治家の土地だし、町外にも土地がある。なんでも、村治家の初代は、ここら辺一帯――――東京23区ぐらいあると聞いたが、本当かどうかは分からない――――を治めていたらしい。でも、そのおかげ(?)で、村治家の知り合いには、某国会議員や某企業の社長、某日本アカデミー賞女優など、いろいろな人がいるらしい。ちゃんと会ったことは無い。いつでも、会うのは恭弥さまか香里さまだから。
ほとんど、朝ご飯の支度が終わったので、洗濯に移る。
洗面所へ行って、洗濯機にかけておいた洗濯物を取り出す。
たった4人しか居ないが、恭弥さまは、室内用の着物と学校用の洋服、寝るとき用の浴衣の3種類。他の3人も、着物と浴衣、ときどき洋服も着るので、意外と洗濯物は多いのだ。
「よいしょっ」
と小さく声を出しながら、洗濯物を入れた籠を持ち上げる。縁側から外に出ると、朝から、ビックリするぐらいの晴天だった。
* * * *
軽く鼻歌を歌いながら洗濯物を干していると、後ろから「おはよぉ~」という間延びした声が聞こえた。あわてて振り返ると、浴衣を大胆に着崩し香里さまが立っていた。
「おはようございます。今朝は早いですね。何かありました?」
「ん?ああ、言わなかったっけ?
今日は町内婦人会の会合があるの。だから・・・そうねぇ・・上の客間を使うわ。と言っても、何もこんな時間に起きる事、無いんだけどねぇ。10時からだから」
そう言って、何が楽しいのだろう?1人で、クスクス笑い出した。楽しそうに縁側に座る。私も、洗濯物干しを続けた。
「・・・恭弥とも結婚、楽しい?」
突然、話しかけられ、心臓がバクバクいっているが、努めて動揺を態度に出さないようにする。
「どうしたんですか?突然」
「ん・・気になったから。
私の時は親からだったし、私も誠二さんが好きだったから、私は良かったけど。
誠二さんは私が好きかどうか分からないもの。誠二さんにとっては、残念な結婚だったんじゃないかな?ってときどき思うの。普段は、割れ物みたい優しくしてくれるから、そんなこと、忘れちゃうんだけどね」
香里さまと兄の結婚は、香里さまの親御さんからの提案だ。
香里さまの親御さんは私の親と友達みたいになるのを期待していたが、私の親は、「自分は家来だ」という意識が強く、なかなか仲良くなれなかった。
そこで、河瀬家の長男と村治家の長女が結婚すれば、親戚になるから、仲良くなれると考えたらしい。
もともと、香里さまは兄のことが好きだと親にいっていたらしい。兄も、何も言わないが、結婚してから笑う回数が増えた気がするのは・・気のせいではないだろう。
「よし!!今日の準備しようかな!」
香里さまは私の返事など忘れたかのように、立ち上がった。「支度ぐらい、私がやります」と言ったが、「どうせ暇だから」と断られた。