結婚したい人
「誰か結婚を約束した人はいないの?」
姉さんが、花を活けながら尋ねる。庭から取ってきた、水仙の色が鮮やかだ。
「いない。というか、19歳でいる方が不自然じゃない?」
「まぁ、普通はね。でも、あなたは普通じゃないのよ。分かってる?」
パチン、と枝を切る。剣山は、亡くなった母親の物だ。
「村治家の長男なのよ、恭弥。村治家のためにも、子供を―――跡継ぎを創ってもらわないと」
「・・・分かってるよ」
「なら、いいけど。
じゃあ、結婚したい人、今つき合ってる人とか居ないの?恭弥なら、モテるでしょう?」
「つき合ってる人はいない。でも・・・・」
この後を、続けようかと悩み、窓の外を見る。姉さんの部屋は、茶室を広くした感じだから、窓は小さく、丸い。外では、小夜が、汗をかきながら洗濯物を干していた。確かにいい天気だ。
「『でも・・』何よ?」
姉さんが、少しイラついた口調で尋ねる。目線を外さずに、呟くように言った。
「・・結婚・・したい人、いるよ。」
姉さんが身を乗り出してきた。
「だれなの?この町の人?名前は?」
「うん。この町の人」
改めて、着物の裾や帯を直し、正座で姉さんに向きなう。我が家は、基本的に着物だ。
「俺が結婚したい人は・・・河瀨、河瀨小夜です」
「えっ・・?」
姉さんは、口を開けたまま全ての行動を止めた。無言で、俺の顔を見つめてくる。
数分後、やっと
「・・本気で言ってるの?」
と、震える声で尋ねた。本気だと言う事を伝えるため、大きく首を縦に振る。姉さんは小さく、深呼吸した。
「小夜ちゃんは、いい子だと思うよ。真面目だし、働き者だし、可愛いし、頭もいい。正直、恭弥が惚れる気持ちも分かる」
「じゃあっ・・!」
許してもらえると思い、思わず大きな声が出た。姉さんが、諭すように手のひらを向ける。
「でも、恭弥。小夜ちゃんに拒否権が無いこと、分かってるでしょ?」
「・・・」
「恭弥が『結婚してくれ』って言ったら、どうなると思う?
小夜ちゃんは、どんなに嫌でも断れないのよ?返事は『はい』以外、認められて無いの、河瀬家には」
「で、でも!今までとは違って、結婚だよ?結婚っていう人生が変わる出来事ぐらいは、さすがに小夜だって、自分の意見をさぁ・・・」
言いながら、だんだん声が小さくなる。
自分でもわかってる。
小夜は、絶対に『はい』と言うだろう。どんなに自分が嫌でも、俺が命令すれば。そういう、掟が村治家には残ってるのだ。
「本気で思ってるわけじゃないんでしょ?
それに、小夜ちゃんが『やだ』って言っても、彼―――誠二さんが無理やり、結婚させるでしょうね。おの人も真面目だから・・・。それでも、結婚したい?」
「・・・うん。小夜には悪いけど、俺は結婚したいと思ってる。
その――――気持ち悪がらずに聞いてくれよ?―――――小夜だって、いくら河瀬家と言っても、いつかは結婚するわけじゃん。それでさぁ、小夜が男――まあ、夫だな――と、ご飯食べたり、買い物したり、子育てしたりしているとこを想像すると、その・・・何て言うんだろ?心臓を、思いっきり掴まれたような感じになるんだよ。わかる?」
姉さんは、小さく頷いた。
「なんとなくなら。
いつからなの?小夜ちゃんを、好きになったのは?」
「ウ~ン・・・・小学校ぐらいから、一緒に居ると楽しい的なこと思ってた気がするけど・・・本格的?に、好きだって思ったのは、中学ぐらいからかな?
そんなに昔っから好きだったの、よく襲ったりしなかったなぁって思うよ。同じ家に住んでるのに」
「ふふっ」
姉さんが、この話をしてから初めて笑った。
「そこがいい所よ、恭弥の。
まぁ、そんなに好きならいいわ。小夜ちゃんに言ってくる。ちょっと、待って。」
姉さんはすくっと立ち上がり、窓から顔を出した。
「小夜ちゃぁ~ん!!
その仕事が終わったらぁ、部屋に来てくれるぅ?話があるのぉー」
「あっ、はい!今、行きます!!」
小夜の、まだ微かに幼さの残る声が聞こえたと同時に、忙しそうな足音が聞こえた。縁側から入ってくるのだろう。静かに立ち上がる。
「俺、自分の部屋に居るわ」
「そうね。そうしたほうがいいわ。多分、途中で誠二さんも来るだろうから」
* * *
あの会話から2週間ほど経った今、小夜は俺の腕の中で、静かに寝息をたてている。
まだ、寝顔にはあどけなさが残っているのに、体のほうは、もう十分、大人だ。
裸なので、寒くならないよう、腕に力を込める。自分も裸だから、ちょうどいいだろう。むしろ、暑すぎるかもしれない。
やっぱり、やめたほうが良かったかもしれない。今更ながら後悔する。
あの時――あの、抱き寄せたとき、自分では気づいていないかもしれないが、小夜はかすかに震えていた。手はギュッと、血が出るんじゃないかと思うぐらい握りしめていたし。
「はぁ」
自分でも、うれしいのか悲しいのかよく分からない。
小夜は初めてだし、緊張してたから、できる限り優しくしたつもりだけど・・。
時計を見ると、もう1時になっていた。
寝なくては。明日も大学があるから。