結婚と新婚初夜
「小夜ちゃん。恭弥と結婚しない?」
と初めに言ったのは、恭弥さまのお姉さん、香里さまだ。
ここは、香里さまの部屋―――少し広い茶室のような部屋だ。そこには、香里さまと私の兄――誠二が座っていた。2人の神妙な顔に、何かヘマをしたのだと思い畏まったが、香里さまは
予想外の事を言い出した。
結婚!?
「・・結婚・・・私が恭弥さまとですか?」
「うん。小夜ちゃんは17でしょ?恭弥も19だから、結婚できる年齢よね。恭弥の事、嫌い?」
ぶんぶんぶん、音が出るくらい首を横に振る。嫌いなわけがない。
「でも、恭弥さまが嫌がるでしょう。私なんかじゃ。それに、私は河瀨家の人ですし、高校にも行ってませんし・・・」
「問題点はそれだけ?」
香里さまは少し不安げに、尋ねる。それだけ・・・なのかなぁ?とりあえず、思いつくのはそれぐらいなので、頷く。香里さまが近づいてきて、私の手をとる。
「ほんっとうに、恭弥のこと、嫌いじゃない?無理してない?
結婚は、重大事件なんだから、自分の意見を言っていいのよ?」
端整な顔立ちが目の前に広がる。不思議と、村冶家には、美女美男子が多い。
そのまま、直視するのもはばかれて、ななめ横を見ると、兄が渋い顔で、こっちを睨んでいた。
『分かってるな?』というように、口が動く。香里さまにばれない様、小さく頷いてから、香里さまに向き合った。
「いえ、本当に嫌いじゃありませんよ。物心つく前から、一緒にいるんですもの。本当に嫌だったら、とっくに家出してますよ」
香里さまの顔が、やっとほころんだ。
「それもそうね。
ちょっと、待ってて。恭弥を連れてくるから」
立ち上がりかける香里さまを、兄と一緒になって止める。わざわざ、香里さまが動かれることは無い。私たちが動けばいいのだから。そうに言ったら、香里さまは小さく笑い、
「いいの。恭弥に言いたいことがあるのよ。あなたたちも兄妹で話したい事、あるでしょう?」
と言い残し、行ってしまった。兄が着物の裾などを直した。私も改めて、座りなおす。
「・・分かってるよな?」
兄が確認するように呟く。静かに深く頷く。
私たちには、拒否権と発言権が無い。何か、香里さまと恭弥さまが提案されたら、私たちは「はい」と言うしか無いのだ。
「・・小夜がいくら『嫌だ』と言っても、恭弥さまが『嫌だ』とおっしゃらないかぎりは、この話は進めるから」
「・・・うん」
香里さまと兄は結婚している。3年ほど前の事だ。あの時は、まだ香里さまが19、兄が20の、恭弥さまの両親が生きているときだった。
恭弥さまのご両親は2年前に交通事故で死んだ。私たちの母親は、私を産んだときに亡くなり、父親は、私が5歳の時に亡くなった。妻――お母さんの死んだことによるストレスからくる、病気だった。
だから、今、村治家は19歳の恭弥さまを当主として動いている。
「・・村治家の跡取りを産んでもらわなきゃだから」
「・・・うん。分かってる」
香里さまは、この前の病院検査で『不妊症』と診断された。そのせいだろう。私と恭弥さまの結婚話が出たのは。なんで、相手が私なのかわからないけど。
シュッ。と鋭い、ふすまを開く音がした。香里さまの後ろに恭弥さまが立っている。
「入っていい?恭弥、連れてきたんだけど・・・」
香里さまの声に、あわてて恭弥さま分の席を空ける。
* * *
その会話が、2週間ほど前の事だ。結局、恭弥さまは『嫌だ』と言う事が無く、昨日、無事に結婚式
がとり行われた。町の名家、村治家の結婚式だけあって、町1番の会館を貸切、町民全員に招待状を送り、そのほとんどが出席するという快挙(?)を成し遂げた。
最終的に、式が終わったのは夜の7、8時ごろ。
その夜、夜具の浴衣に身を包んで恭弥さまを待っている間に寝てしまっていたらしい。隣に人が滑り込む音で目が覚めた。
「起こしちゃった?」
恭弥さまの低い声が耳元で聞こえ、思わず、体がこわばった。いつからだろう。恭弥さまの声が、こんなに低く、男らしくなったのは。昔はもっと可愛らしい声をしていた気がするが、その記憶は古すぎて不確かなんで、断定はできない。
「すいません。寝てしまいました」
上半身を上げながら謝罪すると、彼は小さく笑った。時計を見ると10時だった。
「いいよ。疲れたでしょ、いろんな人がいたから。今日は、このまま寝ちゃう?」
「・・・・いえ。抱いてください」
驚いたように、彼の目がに開いた。彼は髪も眉毛も黒なのに、目だけは茶色い。
恭弥さまの手が背中に回される。小さく苦笑しながら、
「小夜が、そんな大胆なセリフ、言うなんて思わなかった」
と言い、抱き寄せた。「兄に教わりました」という言葉を飲み込む。何も言わないほうがいいだろう。彼が、全部リードしてくれるだろうから。
「いいの?」
抱き寄せたままの状態で、尋ねる。彼の吐息が耳に当たり、意味もなくドキドキした。
「何がですか?」
「いや・・・その・・・」
彼は、少し恥ずかしそうに言いよどむ。
「やっぱり・・その・・・俺も19歳で・・その・・・精力が有り余ってるわけで・・・」
男の子になったことが無いから分からないけど、恭弥さまがそういうのだから、そうなんだろう。
「大丈夫ですよ。恭弥さま。好きにしてください」
そうに言うと、恭弥さまは、私の唇に自分の唇を押し付けながら、私を押し倒した。
恭弥さまは、いまだに気づいていない。
恭弥さまの言葉への返事は『YES』以外、認められたいないことを。
それでいい。
恭弥さまが変な気分にならない様に、お世話をするのが私の使命だ。