結局…
「小夜ちゃーん!入ってくるね!!」
「あっ、雄介さま。行ってらっしゃいませ。お気をつけて」
雄介さまはスキップするように飛び跳ねながら、駅に向かっていった。
少し遅れて、恭弥さまも玄関から出ていく。
「・・行ってらっしゃいませ。恭弥さま」
「ん」
結局、雄介さまはこの家で一緒に住むことになった。
理由としては、〝帰る家が無い〟から。
お母様が亡くなった後、学費も家賃(アパートに住んでいたらしい)も払えないので、どうしようかと考えている最中に、手紙を発見し読んで、
「ここに行けば、何とかなるんじゃね?」(本人談)
という希望観測(恭弥さまに言わせれば『見切り発車』)のもと、住んでいたアパートは解約してしまい、着の身着のまま、この家を訪ねたらしい。
根っからのオプティミズムなのだろう。本人は極めて明るく、笑いながら話していたが、恭弥さまが「そんなこと聞かされたら、家に住まわせるしかない」という(本人いわく)苦渋の決断で一緒に住むことが決まった。
先代――清さまの隠し子かどうか分からないが、あの手紙を読む限りでは何か関係があったのは確かだ。そのことも、みな、気にしているのだろう。反対意見はなかったから。
「あの2人は行ったの?学校に」
ひょこっと香里さまが玄関に顔を出す。「行きました」と返事すると、お茶にしましょうとのお誘い。
一緒に居間に行き、お茶を入れる。茶菓子は、買っておいたお菓子を用意した。
香里さまは、テレビを見ていた。
「結局、一緒に住むことになっちゃったわねぇ。雄介と」
「香里さまは嫌なのですか?」
「んー?」
香里さまは、パクリとお菓子を一口食べ、お茶を一杯すする。。
「嫌じゃないけどぉ。なんか、気まずいじゃない? 自分の父親の隠し子と暮らすなんて」
「そうですねぇ。でも、恭弥さまが決めたことですから」
「そうねぇ。
ところで、小夜ちゃん。恭弥との話し合い――ってことで良いのかしら?――はどうなったの?」
「えっ?
あ、あの・・そのこと、なんですけど・・・」
香里さまは、真剣な顔付きで、上半身を乗り出した。
* * *
「さてと・・・雄介がここに住むにあたって、考えなきゃいけないことは何だ?」
雄介さまの事情を聞いた、その日の夜に、家族会議が緊急で開かれた。
司会の恭弥さまの声で、まず、香里さまが手を挙げる。
「はい!・・・まず、学校と戸籍じゃない?」
「・・学校・・戸、籍・・・」
書記である私が、ノートに書いていく。このノートを使うのは、母さんが死んでから、13回目だ。
「あと、住む部屋はどこにするんですか?」
兄さんが手を挙げながら、話す。近くでニコニコしながら聞いていた雄介さまが、「小夜ちゃんの兄さんって、言葉、話すんだ」と感心したように呟いた。
荷物、苗字、町の人々に何て紹介するか、月々のお小遣い、洋服、携帯・・・etc
ノートに書かれた問題点を一から整理していこうと、恭弥さまはノートを覗きこんだ。
「まず、戸籍は・・・兄さんに任せて平気?」
兄さんは、町役場に勤めている。
「ウ~ン・・たぶん、平気だと思います」
ノートの『戸籍』の横に『兄さん OK』と書き込む。
「苗字は、戸籍の関係だから、後回し。
住む部屋は・・・どっか空いてる部屋を案内してやってくれ、小夜。
で、お小遣いは俺と一緒。洋服とかは、そん中からやりくりして買え!」
恭弥さまの決定に、雄介さまが大袈裟な嘆き声を上げ、恭弥さまに怒られた。
次の問題、『学校』について話し合ってるときに、こっそり、雄介さまが訊ねてくる。
「ちなみに、お小遣いっていくら?」
「お小遣いは毎月、私は2万円、恭弥さまが1万円です」
「1万!!??」
結構なショックだったのか雄介さまは、思わず大声を出してしまい、皆の注目を浴びた。
恭弥さまが、少しイライラしたように言う。
「何か不服か?雄介」
「不服?そんなもんじゃないよ!!
大体、1万円で遊べるの!? 服買って、電車で街に行ったら、終わっちゃうじゃないか!!
あと、小夜ちゃんは2万なのに、なんで、俺は1万なの!? 差別だ、差別!!」
ギャーギャー騒いでる雄介さまをほっといて、4人で話し合う。
「学校は、恭弥さまと同じではいけないんですか? 同じ年ですよね?」
「別に同じでもいいんだが・・・あいつに編入できるぐらいの偏差値があるかどうか」
「でも、雄介さまの前まで居た大学って、結構、頭のいい大学でしたよ。国公立の」
「あら、じゃあ、いけるんじゃない?学長に話してきなさいよ」
「・・そうだな。明日、話してみよう」
「無視、するなよぉぉぉ!!!!!!!!!」
雄介さまの大きな声で、やっと思い出す。雄介さまが居たことを。
気づいた瞬間、3人の口から
「だって、しつこいんだもん」(香里)
「ぐちぐち、男らしくない」(恭弥)「遊びに行かなければ、十分、足ります」(誠二)
と17年間、一緒に居て初めて聞く3人の毒舌が出てきた。
雄介さまが、目を潤ませながら、「小夜ちゃ~ん!!」と言って抱き付いてくる。
というか、体格的に、大型動物に襲われている気分。
戸惑いながらも、頭をなでると「優しいのは、小夜ちゃんだけだぁ~」と本格的に泣かれてしまった。
恭弥さまが、引きはがそうとするが、全然、離れない。
「雄介さまは毎月、何万円、欲しいのですか?」
「・・最低3万」
「3万・・・・・・私の貯金が50万ほどあるので、それを崩していけば・・・」
私の発言に、 「ほんと?」と嬉しそうに顔を上げた雄介さまと
「そんなこと、絶対ダメ!!」と怒鳴った香里さまは、ほぼ、同時だった。
「ダメよ!
そのお金は、高校に行くとか村治家を出ていくとか、そういう時に使うの!!」
「この家、出ていくのか!!???!!」
香里さまの言葉に一番、反応したのは恭弥さま。全然、離れない雄介さまを足で蹴って引きはがすと、代わりに、私の前に座り、手を握ってきた。弾き飛ばされた雄介さまは、蹴られた脇腹を痛そうに擦っている。
「家を出るのか? いつ? どこに行くんだ? 一人で? なんで? 高校に行きたいから? 高校くらい、行っていいのに・・。高校に行きたいのか? だったら、どこにする?
というか、外に出たいんなら、他に家を作ればいいんじゃないか? この家が嫌なんだろ? それとも、雄介が嫌? 姉さんが嫌? まさか、俺が嫌?」
「えっ?あ、あの、恭弥さま?」
こちらの声が聞こえてないのか、ひたすら、ひっきなしに質問ばかりしてくる恭弥さまに戸惑い、香里さまを見ると、香里さまは小さく「なんか・・・ごめんね」と謝った。兄さんは困ったように笑い、雄介さまは、よほど痛かったのか、恭弥さまを静かに睨んでいる。
「・・高校なら、あそこの女子高だな。ああ!でも、そこより、山向こうの女子高の方がいいか。あそこは、警備もしっかりしてるからな。男も近づけな・・・ダメだ!!あそこは、男子校とも交流授業がある。じゃあ、やはりあそこの・・でも、あそこも荒れてるらしいからな。小夜には似合わない。
・・・・どうしよう・・・・・・・そうだ!!!家庭教師を雇えばいいんだ!」
何やらボソボソ、一人の世界に入ってしまった恭弥さま。
「ああ」とか「ダメだ」とか、部分部分しか聞こえない。
「あの? 恭弥さま?」
と声をかけた瞬間、「家庭教師を雇えばいいんだ!!」という大声を聞き、私が反応する前に、香里さまが反応する。
「はぁ!!??
何言ってるの?恭弥。家庭教師なんて、まさに小夜ちゃんを家に閉じ込めるようなものでしょ!!
私は高校以外、認めないわよ!!」
「うるさいな! 姉さんには関係ないだろ!!」
「・・・なんですって!!!」
香里さまが、鬼の形相で立ち上がる。
「何よ!!
恭弥はいつもいつも、どんな事も一人で決めちゃって、小夜ちゃんの意見を聞いてくれないでしょう!!! 小夜ちゃんに意見を求めたことある!?小夜ちゃんの意見を聞いたことある!?
結婚すれば、少しは変わるかなって思ってたけど、全然、変わらないのね、恭弥は。いつまで経っても、お子ちゃまのままじゃない!!」
「・・・うるさい!!」
「あ、あの・・恭弥さま、香里さ、キャッ!」
恭弥さまは、怒鳴ったせいで赤くなった顔のまま、私を抱き上げた。そのまま、部屋を出ていこうとしたが、
「どこ、行くのよ!!」
という、香里さまの怒鳴り声で、立ちどまり、「うるさい!!」と怒鳴り返すと、部屋を後にした。
部屋を出ていく瞬間、雄介さまが
「俺の学校って、どこ?」とつぶやいたのが、聞こえた。