044 エピローグ
その日の夜。
オレはもう深夜と言ってもいい夜中に目を覚ました。
無性に喉が渇いている。面倒だけど、井戸まで水を飲みに行こう。
そうして二段ベッドの二階から飛び降り、ふらふらと安宿を出る。
その時だった。
ブオンッという重たい風切り音が辺りに響き渡る。
オレは一瞬にして目が覚めて、這いつくばるような低姿勢を取っていた。
辺りに人の姿はない。オレを狙った闇討ちではなさそうだ。
ブオンッとまた響く重たい風切り音。今度はガリリッと地面を削るような音までした。
この音は何だ?
オレは忍び足で音の発生源を確かめるべく歩を進める。
それは庭にいた。
青白い月明かりを浴びた人影。汗をかいているのか、ピカピカと青く光っているようだった。
またブオンッという重たい風切り音。
ゲッツだ。ゲッツが右手一本で大剣を持って素振りしている。
汗が飛び散ってキラキラと輝いて見えた。
ガリリッとまた地面を削る音が響き渡った。
本来は大剣が地面に着く前に止めなければいけないのに、それができていない。
「ちくしょう……がッ!」
今度は大剣を横に薙ぐゲッツ。
しかし、その姿は大剣に振り回されているようにしか見えない。それでは軸がブレて攻撃力が出せないばかりか、相手に隙をさらす羽目になる。
「くそッ!」
そのことは大剣を振っているゲッツ自身が一番わかっているだろう。だからイライラしている。
「もう一回だッ」
そう言って、また大剣を担ぎ直すゲッツ。
しかし、やはり片腕では難しいのだろう。何度も挑戦しては何度も失敗し、その度に舌打ちしている。
その輝く汗の量を見れば、ゲッツが尋常ではない回数素振りをしているのがわかった。
ゲッツ……。
オレはゲッツはあんまり左腕を失ったことを気にしていないのかもしれないなんて考えていた。
でも、それは間違いだった。
そうだよな。普段の生活でも不便だし、戦闘になればなおさらだ。
オレたちの前では気にしていないフリをしていただけ。
本当はゲッツ自身が一番危機感を抱いている。
正直、残酷なことを言うようだが、今のゲッツは戦力には数えられない。
でも、ゲッツは努力と根性でそれを乗り越えようとしていた。そのための訓練を人知れず隠れるようにしていたのだ。
オレたちが知ったら気を遣わせてしまうから。
ゲッツは口は悪いし、態度も悪い。でも、本当は仲間思いな良い奴なんだ。
オレは喉の渇きなど忘れて、また忍び足で自分たちの部屋まで戻る。
ゲッツに気付かれないように。ゲッツがこれ以上気を使わなくてもいいように。
「ゲッツ……」
粗い作りの梯子を上り、ベッドの二階部分で横になる。
思い出すのは先ほどのゲッツの姿だ。
汗でびしょびしょになるまで大剣を振っていた。まだ貧血で養生していなくちゃいけないのに。
そこには、冒険者にしがみつきたいゲッツの信念がある気がした。
自惚れじゃなければ、冒険者ではなく、オレたちと一緒にいたいというゲッツの心の発露だと思う。
どうにかしたい。
でも、現実はいつだって非情だ。
教会には手足の欠損も治せる高位の治癒術士もいる。だが、ゲッツに順番が回ってくることは永遠にない。
オレたちがもっと稼げる高名な冒険者だったら、ゲッツをすぐに治療できただろう。
だが、オレたちはようやくホワイトウッド級になれたばかりの初心者冒険者でしかない。お金も伝手もコネもない。挙句の果てには強さすらない。
教会もオレたちに恩を売っても大したリターンがないのを知っているから無理だと言ったんだ。
悔しい。
悔しくて堪らない。
気付けばオレは静かに涙を流していた。
でも、ゲッツはもっと悔しいに違いない。
幼い頃の話だけど、もうゲッツは覚えていないかもしれないけれど、一緒に英雄になるって約束したんだ。一人だけ脱落なんて悔しい。ゲッツも悔しいだろうけど、オレたちだって悔しいよ。
「なんでこんなことに……」
言っても仕方がないことだとはわかっている。
でも、言わずにはいられなかった。
冒険者はすぐに死ぬ。
昨日は元気だったのに、今日の命すらわからない職業だ。
フーゴさんだってそうだった。オレたちは誰もフーゴさんが死ぬなんて思いもよらなかった。
今回、ゲッツの命が助かったのは奇跡なのかもしれない。
いや、あのゴブリンチャンピオンと対峙して、オレたち全員が生きてるだけでも喜ばなくてはならないのはわかっている。
でも、どんなに良く考えようとしても、やはり悔しくてならなかった。
耳をすませばまだブオンッという重たい風切り音が聞こえる。
ゲッツはまだ諦めていない。
なら、オレたちもまたゲッツを諦めるわけにはいかない。
「なにか、なにか方法はないのか……」
オレはない知恵を振り絞って考える。
ゲッツが冒険者を諦めなくてもいい方法。みんなが偽りなく笑顔になれる方法。
でも、どんなに考えてもそんな虫のいい考えは浮かんでこなかった。
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こんにちは(=゜ω゜)ノ
作者のくーねるでぶるです。
本作はこれに第一部完とさせていただきます。
続きを書くかはまだ未定です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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