041 イザベルから見た戦後②
私がその場にたどり着くと、倒れたゲッツの左腕を両手で握りしめているザシャがいた。
「イザベル! ゲッツんの、ゲッツんの腕が……」
「ッ!?」
それはひどい状態だった。ゲッツの左腕、その前腕部分の半分から先がミンチのようになって千切れ飛んでいる。
そして、出血がひどい。まるでゲッツが血の海に沈んでいるかのように周りがゲッツの血に沈んでいる。
正直、助かるかどうかすら私には判断できなかった。
ゲッツを見捨てて、デニスとクルトに残ったポーションを使うべきではないか。そんな考えまで浮かんでしまった。
いいえ。まだゲッツが死んだと決まったわけじゃない!
私はゲッツの近くに膝を着くと、ゲッツの状態を素早く確かめる。ゲッツは弱弱しいけどまだ呼吸も脈拍もあった。これなら、賭ける価値はある。
「ポーションを使うわ」
私はゲッツの左腕に慎重にポーションを垂らしていく。一滴も無駄にはできない。
ゲッツの左腕、その前腕部は淡い緑の光を発しながら、傷を塞いでいく。
だが――――。
「ベルベル、これって……」
「仕方のないことよ……」
そう。ゲッツの左腕の怪我は塞がりつつある。前腕の半分から先を見捨てる形で。
もっと高級なポーションなら、ゲッツの腕も元通りに戻ったかもしれない。でも、私が持っているのは最下級のポーションだけだ。それだって私たちにとってはかなり値が張った。
「でも! ゲッツんは剣士だよ!」
ザシャが涙ながらに叫ぶ。
剣士が片腕を失くす。しかも、ゲッツは大剣使いだ。その意味はわかるつもりである。
「でも! こうしないとゲッツが死んじゃうの!」
私はこれまで努めて冷静であろうとしていた。
でも、気が付けばザシャに当たり散らかすように叫んでいた。
「わかってるわよ! ゲッツはもう大剣を握れない。その意味もわかっているわよ! でも、こうしないとゲッツが死んじゃうの!」
ゲッツはもうかなり失血している。これ以上血を失えば命にかかわるのはわかりきっていた。
大剣を買った時、あんなに喜んでいたゲッツを思い出す。あるいは、剣士として死にたかったなんて言い出すかもしれない。
私はひどく憎まれるでしょうね。
「それでも、ゲッツに生きてほしいの!」
「ベルベル……」
ザシャが驚いたように私を見て絶句しているのがわかった。
いけない。リーダーである私が取り乱しては、ザシャが余計に混乱してしまう。
私は努めて冷静であろうとする。
大きく深呼吸すると、口を開く。
「ごめんなさいザシャ、当たってしまって。たしかにゲッツはもう冒険者を続けられないかもしれない。本人は冒険者のまま死にたかったと言うかもしれないわ。それでも、私はゲッツに生きていてほしいの。諦めてほしくないの。これは私のわがままかもしれないわね。それでも、私はゲッツに生きていてほしい」
「ベルベル……。うん。あたしもゲッツんには生きていてほしい。あたしも怒鳴っちゃってごめんね」
ザシャは泣きながら無理やり作ったような笑顔を浮かべていた。
しかし、現実というのはいつだって残酷だ。
私が叫んだのを聞きつけたのか、ゴブリンが五体も茂みを鳴らして顔を出す。
「ゴブリン!」
「ッ! ベルベルはそのままで!」
ザシャはそれだけ言うと、腰に差していた包丁を抜いてゴブリンたちに立ち向かっていく。
「ザシャ!?」
幸い、相手は変異種ではない普通のゴブリンみたいだ。
でも、ザシャ一人でどうにかなる数じゃない。
私にはもう魔力が残されていない。私も行ったところでどうにかなるわけじゃないけど、加勢しないと。
しかし、今は瀕死のゲッツの治療中だ。これを後回しにすることはできない。
どうすることもできず、私はザシャを見つめる。
ザシャはゴブリンたちの前に立つと、包丁を構えていた。
その時、私はおかしなことに気が付いた。ゴブリンたちがザシャを見ていない。その視線の先にあるのは……超大型ゴブリンの死体だ。
「どっかいけええええええええええええ!」
ザシャが包丁を構えながら叫ぶと、弾かれたようにゴブリンたちが逃げ出していく。
「え? え?」
ザシャが困惑しているのがわかる。モンスターは滅多なことがない限り逃げたりしないから。
「なんか逃げちゃった。あたしがそんなに強そうに見えたのかな?」
不思議そうな顔をしたザシャが帰ってきた。
「あれのおかげよ」
「あれ?」
私が超大型ゴブリンの死体を指すと、ザシャが首を傾げる。
「ゴブリンたちは、ザシャがあの超大型ゴブリンを倒したと勘違いしたんじゃないかしら。だから逃げたのよ」
「あー、なるほど」
「今回はどうにかなったけど、もう危ないことはしないで。ザシャまで怪我するなんて嫌よ、私は」
「わかったよー。ごめんってば。体が勝手に動いちゃってさー」
ザシャもみんなを守りたいという気持ちはあるのだ。だから無茶もしてしまう。
「デニスにも手伝ってもらって、クルトとゲッツも一緒に木陰に隠れましょう。そのうち『月影』が来るでしょうから、リタイアを告げるわ」
「リタイア?」
「私たちはもう戦うことができないもの」
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