036 大型ゴブリン
あれからどれだけ時間が経っただろう。
ゴブリンメイジを討伐してからも、オレたちは場所を転々と変え、ゴブリンを狩り続けた。
今は隠れるのに丁度いい木陰があったので、そこに五人全員で隠れながら休憩しているところだ。
なんだか逃げてくるゴブリンの数が加速度的に増えてきた気がする。今のところそのすべてを倒せているが、これからはわからない。
ゴブリンの敗色が濃厚なのだろう。それ自体は歓迎すべき点だが、こんなにゴブリンに逃げられているのはいかがなものだろう。
冒険者ギルドが掲げていたすべてのゴブリンの殲滅は難しそうだ。
「はぁ……」
オレは相変わらず痛む焼けた腕と顔を抱えながら木陰に隠れていた。
怪我のせいもあるが、だいぶ体が重たくなってきたな。平たく言うと疲れた。普段は潜らないような森の奥にいるということで精神的な疲れも加速している気がする。
今思えば、サポートしてくれる『月影』という先輩冒険者パーティはいるが、交代要員はいない。そういう意味でも最初から穴がある作戦なのかもしれない。もしくは、オレたちみたいな低ランクの冒険者なんて使い捨ててもいいという考えなのかもしれない。
イザベルの言っていたカナリアの話がふと頭を過った。
そんなことを考えていると、ドシンッドシンッと重量級の足音が聞こえてきた。一瞬またホブゴブリンかと思ったが、ホブゴブリンよりも重たく、しかも歩むリズムも一定じゃない。怪我でもしてるのか?
木陰から少しだけ顔を出して様子を窺う。
そのまま、少しの時間が過ぎる。重量級な足音はまっすぐこちらに向かってくる。
今まで聞いたことがないほど重たい足音だ。もしかしたら、ゴブリンの変異種かもしれない。
「変異種の可能性がある」
小声で隣のイザベルに報告する。
「わかったわ」
イザベルは真面目な顔で頷くと、オレと一緒に木陰から顔を出した。
ガサガサと茂みが鳴った。もうかなり近い。
ぬっと木の陰から姿を現したのは、かなり大きなゴブリンだった。ホブゴブリンの倍は大きく、オレが立ったところであのゴブリンの腰くらいにしかならないだろう。それほど大きく、筋骨隆々としたゴブリンだった。
まるでゴブリンと人間の立場を入れ替わったような錯覚さえ感じる。
しかし、そのゴブリンはボロボロだった。体の至る所に切り傷や矢傷があり、群青色の血に塗れている。しかも、その左腕は肘から先がなく、ボタボタ血を流している。どこからどう見ても満身創痍のゴブリンだった。
「ッ!?」
だが、オレはそんなゴブリンに恐怖した。圧倒された。存在の格差を感じた。
あのゴブリンは、あんな状態でもオレたちよりよっぽど強い。
そう確信してしまった。
全身の毛が逆立つ。もう見ているだけでも怖い。なのに、怖くて目を背けることさえできない。動けない。オレの体はまるで石になってしまったかのように動かなかった。
あまりの恐怖に思考もストップし、ただ食い入るようにゴブリンを見ることしかできなかった。
幸いにもゴブリンはオレたちの存在には気が付かなかったのか、それとも見逃されたのか、オレたちに襲いかかってくることはなかった。
「は……ッ」
ゴブリンの姿が視界から外れることで、オレはようやく呼吸を再開する。どうやら呼吸まで止めていたらしいことにようやく気が付いた。
もう訳がわからない。何なんだ、あのゴブリンは! あんなデタラメな存在が存在していて、しかも満身創痍ということは、あのゴブリンに挑んで勝った冒険者がいるのだろう。それもわからない。冒険者とは、人間とはそこまで強くなれるのか。
それなのに、オレときたらどうだ。息を潜めて、満身創痍のゴブリンを見送るだけしかできなかった。ゴブリンに気付かれずに済んで安堵してしまった。なんだかすごく悔しい。いや、屈辱を感じた。
でも、オレにできることなどなにもない。
きっと隣のイザベルもそう判断を下したのだろう。攻撃の指示もホイッスルを吹くこともなくジッとしている。きっとあのゴブリンに存在を知らせたくないのだ。
イザベルが賢明な判断をしてくれてよかった。
オレはそのことに安堵した次の瞬間だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
それは突然のことだった。ゲッツが大剣を振り上げてゴブリンに襲いかかった。
あのバカ! イザベルの指示は出ていないのに、先走りやがった!
相手が満身創痍だから勝てると踏んだのか?
彼我の実力差を考えろよ!
ゲッツの奇襲は成功し、大剣をゴブリンの腹に叩き込む。
だが、ゲッツの大剣はゴブリンの分厚い腹筋によって進行を阻まれていた。
たしかにダメージは与えただろう、だが、それだけだ。
ゴブリンは悲鳴をあげることなく残った右腕に持っていた極大のメイスを振り上げていく。
ゲッツのせいでオレたちの存在が超大型ゴブリンにバレた。もう隠れてやり過ごすことはできない。
戦うか、逃げるか。
道は二つに一つだった。
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