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なにもないオレたちの、なにもかもがある英雄譚  作者: くーねるでぶる(戒め)


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003 撤退という選択

 冒険者の朝は早い。


「おい、クルト! 起きろ!」

「いで……」


 翌朝。ゲッツに頭を叩かれて起こされる。


 目が開いた瞬間に二段ベッドの上から飛び降り、双剣を吊ったベルトをする。これで準備完了だ。


「遅いぞ、クルト!」

「ごめん、ごめん」


 ゲッツに謝りながら宿の庭に行く。すると、もうみんな揃っているようだった。


 まだ日も昇っていない明け方。薄暗い中、宿の庭で鍋をかき混ぜている大きな人影があった。デニスだ。


「ちょうどできたところだよ」


 そう言ってデニスが鍋の中身を木の器によそっていく。


 毎度お馴染みのパン粥だ。


 みんなでハフハフ言いながらまずいパン粥を食べる。


「今日はどこに行くのー?」

「今日もゴブリンの森よ」


 ザシャの問いかけにイザベルが答える。


「えー、またゴブリーン?」

「仕方がないでしょう。私たちにはまだゴブリンぐらいしか倒せないんだから」

「俺が大剣を使えたらなぁ……。オークだろうが、ドラゴンだって倒してみせるぜ?」


 ゲッツ、大きく出たなぁ。ドラゴンなんてまず会うだけでも何日もかけてモンスターだらけの森の中を突っ切らないといかないのに。


「それにはもう少しお金が必要ね」


 まぁ、イザベルの一言で撃沈するんだが。


「デニスはもう腕は大丈夫なのかしら?」

「うん。ちょっと痛いけど、もう平気だよ」


 オレは昨日夜な夜な腕の腫れを冷やしていたのを知っている。今日はオレがデニスをカバーしないとな。


「無理はしないのよ? じゃあ、行きましょうか」

「ああ」


 イザベルの号令でオレたちは動き出す。一応、本来のリーダーはゲッツなのだが、今ではすっかりイザベルがリーダーをしている。そのことにもはや誰もツッコまない。


 まだ淡い明かりの中、オレたちは安宿を出てヘーネスの街の中を歩いて行く。その途中で多くの冒険者とすれ違った。たぶん、彼らは冒険者ギルドに行ってクエストを受注するのだろう。


 まぁ、オレたちはまだ一番最初のランクであるペーパー級だ。ペーパー級の受けられるクエストは数が限られている。常に貼り出されている薬草採取のクエストかゴブリン退治のクエストくらいだろう。


 だから、オレたちは冒険者ギルドには寄らず、そのまま東門広場へと向かう。


 この頃になると、朝日が顔を出して少しずつ辺りが明るくなっていく。


 東門広場では、早起きの冒険者のために朝食を売る屋台が軒を連ねていた。


 肉の焼ける匂いは朝食を食べたオレたちの胃を刺激して堪らない。


 心なしかイザベルも速足で駆け抜けるように東門広場を通り抜け、東門から外に出る。


 踏み均された草も生えない土地が続き、やがて道の左右が藪に覆われた一本道になる。


 ここからはもう油断できない。いつゴブリンが飛び出てくるかわからないからだ。


 ゴブリンの背丈は小さいので、背の低い藪でもゴブリンが隠れるのにはちょうどいい高さになっているのである。毎年、何人か奇襲を受けて怪我をしているらしい。


 そんなに危険なら藪を刈ってしまえばいいと思うのだが、その費用を誰が払うかで揉めているとかなんとか。


 みんな真剣な表情で藪を警戒しながら歩く。オレもダガーと包丁を腰から抜いて、臨戦態勢で藪の中の一本道を進む。


 そんな一本道を三十分ほど歩くと、今度は森へとたどり着く。この森の浅いエリアがオレたちの主な狩場になる。薬草の類は採取され尽くされているので、ゴブリンを狩るしかないのだ。


「じゃあ、行ってくるぜ!」

「あたしも!」


 森に入ると、すぐにゲッツとザシャがゴブリンを探しに森へと入っていく。二人を見送った後も警戒は解かない。この間もゴブリンの奇襲に気を付けないといけないのだ。


 二人が森に入って一分もしないうちに二人が帰ってきた。


「逃げて!」


 ザシャが必死の形相で叫ぶ。


「逃げて?」


 二人を追ってきたのだろう。木の陰からデニスよりも大きな人影が現れる。


 豚のような頭。その大きな巨躯をピンクの体毛が覆い、でっぷりと出た腹から太く逞しい手足が生えている。


 オークだ。初めて見た。


 当然だが、オークはゴブリンよりも強い。しかも、ゴブリンが五匹もオークの取り巻きのように姿を現した。


 ゴブリンは戦ったことがあるからその強さはわかる。


 だが、オークは戦ったことがないからその強さを噂でしか聞いたことがない。


 しかし、あのデカさと分厚い脂肪。そして、それらを支える筋肉。どう考えても強いに決まってる。ザシャが逃げてと言ったのも納得だ。


「いや、戦うぞ!」


 しかし、ゲッツは戦う気満々だ。


「バカ! 逃げるに決まってるでしょ!」


 しかし、即座にイザベルに否定される。


 イザベルが叫ぶのと同時に、人の頭くらいの火の玉がオークに向かって高速で飛んでいく。


「撤退よ!」

「ゲッツ、逃げるぞ!」

「ちぇっ」


 なんとか撤退で意識が固まり、オレたちはモンスターに背を向けて走り出す。


 悔しい気持ちはもちろんある。


 だが、ここで意地を張ってオークと戦い、もし勝てたとしても大怪我でもしたらオレたちの生活は詰んでしまうのだ。


 そんな危険な賭けをできるわけがない。


 どれほど情けなくても、みっともなくても、オレたちは生き残りたいのだ。

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