025 フーゴの残したもの
「ねえ、これ見てみない?」
オレはフーゴさんの財布をみんなに見せる。
「これがあれば、デニスの盾も買えるかもしれないし――――」
「てめ、クルト! それはフーゴ兄の――――」
「そうだよ。フーゴさんがオレたちのために残してくれたお金だ。できるだけ有効活用したい」
「いいのかよ!? それはフーゴ兄が最期に残してくれたものだぞ! それをそんな簡単に使えるか!」
「それじゃあ意味ないよ。現にオレたちはお金に困ってる。今使わなくてどうするんだよ」
「クルト、お前は悲しくないのか? そんな平気そうな顔して! フーゴ兄が死んだんだぞ!」
「平気じゃないよ。でも、まだフーゴさんの死が受け入れられないんだ」
「クルト、あなた手が……」
その時、イザベルがオレの左手の異変に気が付いた。
イザベルが血で汚れるのも構わずにオレの左手を包むように握ると、一本一本オレの指を剥がすようにオレの左手を開いていく。
「自分を傷付けないで……」
「ごめん……」
イザベルに叱られても、オレはそれしか言えなかった。
「えっと、まずは確認してみない? いくら入ってるかもわからないし」
「そうね。まずは確認してみましょう。ゲッツもそれでいい?」
「……わかった」
「じゃあ、開くよ」
オレはその場に座ると、自分の血で汚してしまわないように注意しながら、フーゴさんの財布を開いて、財布の中身を床に慎重に出していく。
ちゃりちゃりと音を奏でながら現れるのは、そのほとんどは銅貨だった。
「フーゴさん……」
オレたちにとって、フーゴさんは成功した冒険者の象徴のような存在だった。
フーゴさんが、孤児でも冒険者として成功できるとその背中で教えてくれたのだ。
でも、これを見る限り、フーゴさんも決して楽な生活をしていたわけではないようだ。それなのに、オレたちにいいものを食べさせてくれた。技術を惜しみなく教えてくれた。
そこにはフーゴさんの深い優しさがある気がした。
銀貨二割、銅貨八割。そのくらいだろうか。
そして、最後にそれは現れた。
「金貨だ……」
昨日、ブルクハルトが見せた金貨よりも小ぶりだが、金貨は金貨だ。
「これがあれば、デニスの盾を買えるんじゃないか?」
「買えるかもしれないけど、でも……」
当の本人であるデニスはあまり気が乗らないらしい。
それもわかる気がする。
ピカピカなんだ。この金貨は。
おそらく、フーゴさんが磨いたのだろう。それだけ、この金貨にはフーゴさんの思い出が詰まっているのかもしれない。
その金貨を使うのは確かに偲びないものを感じる。
でも、デニスには盾が必要だ。
「使おう」
「ほんとに使っちゃうの……?」
オレが言うと、すぐにザシャが不安そうな声で訊いてくる。
オレだってフーゴさんにはお世話になった。フーゴさんを慕う気持ちは一欠けらだって欠けてない。でも、ここで使わないとフーゴさんに怒られるような気がした。
「使う」
「クルト! お前に人の心はねえのか!?」
今度はゲッツが怒りを露わにしてオレの胸ぐらを掴んだ。そのままゲッツはオレの体を持ち上げようとする。ギリギリと首が絞まった。
「私は、クルトに賛成よ」
「イザベル! てめえまで!」
「ゲッツ、落ち着いて」
デニスがゲッツを羽交い絞めにしてオレから引き離そうとする。
でも、ゲッツの力は強い。フーゴさんとの約束を守って毎日筋トレしていた成果だ。
「フーゴさんは私たちに未来を託したのよ。使わない方が失礼だわ」
「未来って何だよ!」
イザベルの言葉にゲッツが逆上するように叫ぶ。
だが、次第にゲッツの手から力が抜けていった。
ゲッツはオレの胸ぐらから手を放すと、手で自分の顔を覆う。
「未来って……俺の未来にはフーゴ兄がいるんだよ! またみんなでソーセージチーズカケターノ食べてさ。今度は俺がフーゴ兄に奢ってやるんだよ。でよ、俺たちも一人前の冒険者になったって認めてもらって、それで、それで……」
ゲッツが涙ながらに語るありえたかもしれない未来。
だが、その未来はもうないのだ。
「それが、なんでこんなことになってんだよ!」
どうしようもない現実に吠えるゲッツ。直情的なゲッツだからこそ、その叫びには魂を震わせるような悲しさが宿っていた。
「ゲッツん……」
その時、ザシャが羽交い絞めにされたゲッツを正面から抱いた。
「あたしだって嫌だよ。こんなの認めたくない。だからさ、フーゴ兄の分まで、あたしたちは生きようよ」
「あああああああああああああああああああああああああああ!」
ゲッツの嗚咽が安宿を震わせる。それは魂の叫びだったのかもしれない。
涙も鼻水もたらし、恥も外聞もなく泣きわめくゲッツ。
その姿を見ていたら、いつの間にかオレの目にも涙が浮かんでいた。
ああ……。
ゲッツのおかげでオレもフーゴさんの死をようやく現実のものとして心で受け止められた気がする。
涙は後から後から流れてきて、止まることがなかった。
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