024 フーゴ
「どうせ拾い物だし、これを売るのが最適だと思う」
オレは顔を突き合わせたパーティメンバーたちに宣言するように言った。
そう。この短剣はゴブリンアサシンが持っていたもので買ったものじゃない。今までオレが使ってきたけど、本来ならパーティ資金として還元するべきものだ。
ちょっと惜しい気もするが、オレにはもう既にダガーが一本あるし、この場合は仕方ないよね。
ザシャに一度渡してしまったけど、包丁からやり直そう。
「いや、ここは俺の大剣を売ってだな――――」
「それじゃあパーティの戦力が下がる。オレの短剣を売るのがベストだ」
ゲッツの言葉を喰うようにオレは言った。
オレの判断もイザベルならわかってくれるはず。オレはイザベルに視線を向けた。
「本当にいいのね?」
「ああ」
イザベルの確認する言葉に、オレは頷いて答えた。
「あの、僕の盾はべつに急がなくても――――」
「デニスに盾は必要だよ。今度は即席の盾じゃなくて、立派なのを買おう」
これでいいんだ。
話がまとまりかけた時、部屋にノックの音が飛び込んできた。
この部屋にお客さん? 宿の店主が宿泊費でも求めてきたのだろうか?
「はい」
ドアの一番近くにいたオレがドアを開けると、そこには見知らぬ冒険者が立っていた。しかも、あちこち怪我しているのか、着ている鎧が血に汚れている。
「え!? 大丈夫ですか?」
「ああ、ポーションも飲んだし、問題ない。お前たちが『蒼天』であってるか?」
「はい……」
どうにも暗い雰囲気の見知らぬ冒険者に気圧されるものがあった。
すると、冒険者の男はスッと姿勢を正しオレたちに深く頭を下げた。
「本当にすまない。フーゴの奴は――――」
「フーゴ兄がどうしたんだよ!?」
ただならぬ様子を感じたのだろう。ゲッツが悲鳴のような声をあげた。
「フーゴは俺たちを逃がすために囮になったんだ」
「え?」
囮? フーゴさんが?
「それで、どうなったのかしら?」
思考停止してしまったオレの代わりにイザベルが震える声で男に問いかける。
「フーゴはもう……。相手はとてつもなく強いゴブリンだった。それを相手に立派な最期だった。俺たちはフーゴとパーティを組めたことを誇りに思う。俺はフーゴとの約束を果たしにここに来たんだ」
首を横に振った男は、そう言ってオレに何かを押し付ける。
「受け取ってくれ」
「はい……」
反射的に受け取ると、ジャラリと重たい感触がした。これ、フーゴさんの財布!?
「俺はフーゴにこれを『蒼天』に渡してくれと頼まれた。フーゴがお前たちをかわいがっていたのを知っている。こんなことになってしまって本当にすまない……」
男はもう一度深く頭を下げると、オレたちの部屋から出て行ってしまった。
部屋に沈黙が落ちる。
「え……? フーゴ兄、死んじゃったの……?」
沈黙を破ったのは、ザシャの呟きだった。
「そ、そんなわけねえだろ!」
そう感情的に叫んだのがゲッツだ。
「だって、フーゴ兄だぜ? そんな簡単にくたばるかっての! こんなのは嘘だ! 嘘に決まってる!」
だが、まるで大人にいやいやと反抗する小さな子どものようにその声は震え、怯えが多分に含まれている。
わかるよ。オレだってフーゴさんが死んだなんて信じたくない。
でも、オレの手に乗ってる重たい血に汚れた財布。これはフーゴさんのもので間違いなかった。
「ゲッツ、落ち着きなさい」
「これが落ち着いていられるか! わかってんのか!? フーゴ兄はすごいんだぞ? デニスに新しい技を教えてくれてさ。俺だって新しい技教えてくれるって……約束を……」
ゲッツの声がだんだん湿っぽくなり、ついには泣いてしまう。
そんなゲッツの背を優しく撫でるデニス。彼の目にも涙が浮かんでいた。
グスッと誰かが鼻をすする音が聞こえる。
部屋の中は悲しみに満ちていた。ザシャはイザベルに抱き付いてわんわん泣き、いつも冷静そうなイザベルまで目を赤くしている。
その中にあって、オレは特に心が動かず、疎外感を感じながら悲しむパーティメンバーを眺めていた。
たぶん、オレはまだフーゴさんの死を受け入れられてないんだ。
でも、オレの手に持っているフーゴさんの財布の血の染みは容赦なくフーゴさんの生が終わってしまったことを告げていた。
冒険者はすぐに死ぬ。昨日会った人が今日死んでたなんてよくあることだ。今日はたまたまフーゴさんの番だっただけ。
頭ではわかる。でも、心が理解を拒んでいた。
フーゴさん。オレたちの三つ上の同じ孤児院出身の先輩冒険者。いつもオレたちのことを気にかけてくれて、たまにご飯も奢ってくれた。オレたちにとって最も頼りになる人だといってもいい。
そんな頼りになったフーゴさんはもういない。
気が付けば、オレはギュッと左手を強く握っていた。爪が皮膚を喰い破り、ポタポタと血が落ちているのを感じた。
痛みは感じない。左手が熱くなる。
オレは今、涙を流せない。だが、血がその代わりに流れていく。
なぜだか知らないけど、今はそれでいいと思えた。
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