7. 雪の季・終(2月)21日③
アルバート先生との時間はもう少し続いた。学園長とする話がどういう方向にいったとしても、この先生が教えてくれることはとても有益だ。
「ルカくん、半血であるということは、決して悪ではありません。私も学園もそれは分かっています。」
「……はい。」
素敵だな、こんな風に言い切れるのって。自然と尊敬の念を抱いてしまう。
先生の目は真剣な光を宿していた。
「私は君を心配しています。でもそれは、血筋や属性が少し特異だからではない。……ルカくん、よく覚えていてほしいのですが、君の体内にある魔力量は膨大です。これには強力な魔法が扱えるというメリットももちろんありますが、大変なこともあるんです。」
そうだ、さっきも言っていた。魔力循環の乱れ、上手な放出……そんな単語を思い出す。
「魔力量が多ければ多いほど、心身の疲労などで循環を乱しやすい傾向があります。それに君は成長期であるうえに、完全な健康体ともいえない状態ですから、自分の魔力過多により発熱したり、頭痛など身体の痛みもあるかもしれません。」
「……わかりました。」
「加えて、これは半血の影響かと思いますが、君はかなり敏感な体質でもあるようでして。季の変わり目であったり、人が多かったりと魔力の残滓が多い場所でも、体調は揺らぎがちでしょう。」
「………。」
「念を押しますが、まずは無理をしないことですね。それから自分を労りつつ、整える習慣もつけること。いいですね?」
「はい……。」
最後まで聞いて、正直大変そうだと思う。まるで高性能ゆえに取り扱いが繊細な電化製品みたい……なんてルカに失礼かな。
彼はずっとこの身体で生きてきたんだ。そしてその周りに、アルバート先生のように親切丁寧にアドバイスしてくれる人がいたとは限らない。
「今、私から君に伝えられることは以上です。お疲れ様でした。……ああ、学園長との面談は明日の予定ですから、念のためもう一晩、ここで過ごしましょうね。」
「……ありがとう、ございます。」
この空間は守られている。最初は何をすればいいのか、どこへ行けば良いのかも分からなくて不安だったから、まだここに居て良いと明言してもらって安堵した。
「一度に沢山考えて、疲れてはいませんか?また眠っても良いんですよ。」
「いえ、今は……大丈夫そうです。」
たしかに頭の疲労感はあるけれど、何かをじっくり考えた後のこの感覚はよく知っている。それよりも……。
思わず腹部に手を当てると、先生はふっと目を細めた。
「お腹が空きましたか?」
「はい……あの、食事ができる、場所って……。」
聞きながら少し声が小さくなる。これまで他のことで頭がいっぱいだったけれど、この世界で目が覚めてから一度も食事をしていなかった。
「学食……は、雪の季休暇中で休業ですね。私が適当に調達してくるので、ここで少し待っていられますか?」
「……いいんですか?」
なんだか付きっきりで申し訳ない。学園は休暇中でも、教師となると色々と仕事があるんじゃないかな。お使いみたいなことをさせてしまうのには抵抗があった。
けれど先生は、まるでこちらの思考を読んだかのように柔らかい表情で答える。
「君は……よく気がつく人ですね。素晴らしいことですが、甘えて良いんですよ。」
その言葉に、キュンと胸がときめいた。油断するとすぐに"自分"の感覚が先行してしまう。
でも仕方がない。よく気がつくねとか甘えても良いんだよとか、大人になってから言ってくれる人は貴重だ……って、今はルカだから言われたんだけど。
「それでは少しの間、席を外しますね。気兼ねなくゆっくりしていてください。」
そう言って背を向け去っていく。見送ってからふうっと小さく息を吐いた。
怖くはなかった。アルバート先生は終始柔らかく、それでいて注意を払いながら接してくれたと分かっている。けれどこちらとしては、ルカとして振る舞うのにまだ慣れていないのもあって緊張はした。
でもルカが持っている情報を呼び起こせたのも、先生からこの身体について教えてもらったのも、今の時点で出来て良かったと思う。
――人間と魔族の半血。改めて考えると、両親のどちらが人間でどちらが魔族だったんだろう。どんな人達なのかな。今も世界のどこかにいるの?
目を閉じ思考を巡らせても、ルカが蓄えてきた知識とは違って何も出てこない。目覚めた時の状態や失われた記憶と意識に関係しているのだとしたら、もしかしたら……。
胸がズキリと痛むけれど、それは今のところ"ルカ"の意思ではなくて、彼へ抱く"自分"の気持ちのようだった。




