22. 陽の季・終(8月)10日②
アルから放たれた光が収束すると、そこに小さな姿はなく、代わりに体躯の立派な狼が立っていた。
「アル……!?」
「バウッ」
アリシアの声に短く鳴いて応える。紛れもなくアルだ。純白の毛並みも澄んだ金色の瞳も変わらないけれど、威厳と神聖さを感じさせる。
彼の正体に考えを巡らせる間もなく、足元に円形の光が広がった。頭上へと立ち上るこれは光の結界だ。つぶらな瞳が託すように自分を見た。
「……わかった。」
言葉が通じなくても意思は伝わる。アルが、アリシアを守ってくれる。そしてこの事態を収められるのは自分しかいない。
もう一度名前を呼んだ彼女の声を振り切り、結界の外へ出た。アッシュが待ち構えている。
「不思議な狼だね?……まあ、君がその気になったんなら何でもいいよ。」
退屈させないでね、と呟くように言った。それが始まりの合図で、彼の手元から火の球が放たれる。咄嗟に闇を顕現させ包み込んだ。――熱い。
「炎と、闇……。」
思わず呟いた。ルカとはまるで対照的な存在だ。アッシュは嬉しそうに声を弾ませる。
「そう!そして君は、氷と闇。そんなの……どちらが強いのか、気になるよね?」
全然気にならない。力を比べる理由なんて分からないよ。理解できない考え方に遭遇するのは初めてで、ひどく戸惑っていた。ただその火に焼かれないために闇で対抗する。
「君の闇……面白いね。柔らかいのに深い。」
「……っ……。」
「俺の闇も、見せてあげる。」
その声と共に放たれたのは、闇から生まれた剣だった。それは炎を纏い、明確な意思を持って斬りつけてくる。
とっさに身をかわすと空を切った軌跡が燃え上がった。食らってしまえば致命傷だ。
「うーん、物足りないかな?もう一本足してみる?」
裂けた闇からまた剣が生まれる。――怖い。恐怖で思考がかき乱されそうだ。それでもこれまでの魔法練習を必死に思い起こした。
レオンの光のように、氷の盾で斬撃を受ける。白く蒸気が立ち上るも氷は溶けない。続けてセルジュの水がそうしたように、凍てつく矢で射るように剣を弾いた。そしてテオの風を思い浮かべながら、攫うように闇で炎を絡み取る。
「……ルカ。見事だけど、君ってば防戦一方だ。」
「………。」
「俺に引く気がないのは分かっているよね?これじゃ切りがないよ。」
呆れるように言うアッシュは苛立っているようにも見えた。
肩で息をしながら頭を働かせる。相手の戦意を削ぐにはどうしたら……。
通常、どちらかが魔力切れを起こせば必然的に勝負が決まる。けれどアッシュの魔力量はルカに匹敵するようで、それを待っていたらこちらの方が先に倒れてしまうかもしれない。
「……わかった。じゃあ、こういうのはどう?」
攻撃の手を止めて不敵に笑うのを見て、嫌な予感がした。彼は頭上へと片手を掲げる。
周囲の空気が大きく揺らぎ、温度が一気に上がった。大気が燃え上がるとともに闇と炎が一つになり、それは巨大な竜を形作る。
地を揺らすような咆哮。灼熱の竜は今にも襲い掛かりそうに見下ろしていた。
「ちまちまやり合うよりも……一気にぶつけ合った方が、分かりやすいよね?」
「止めろ……。」
「ほら、ルカ!早くしないと、そこの二人も結界ごと呑み込んじゃうよ。」
「止めろって!」
考えるよりも早く叫ぶ。その衝動に応えるかのように、この手から魔法が解き放たれた。
冷気が意思を持つかのように集まっていく。炎による熱が一気に冷えて、そうして生まれたのは巨大な氷の鳥だった。不死鳥を思わせるようなその鳥の翼は透き通っていて、身体の内側には淡い闇が流れている。
「はは、そう来なくっちゃ!さあルカ、いくよ!」
「……っ!」
炎の竜と氷の不死鳥がぶつかる。熱と冷気が重なって空間ごと揺らぐほどの衝撃を感じた。
「うっ……。」
すごく苦しい。戦っているのは魔法同士なのに、自分も不死鳥と一体化したみたい。それに氷の魔力の影響なのか、身体の内にあり得ないくらいの冷たさを感じる。
こんなに激しく魔法を使ったことはなかった。どうして、何のために戦っているんだろう。分からない。
このままでは押し負けると、本能が告げた。相手の強さへの執念に呑み込まれそうだ。不死鳥の翼が溶けかけているけれど、もう……。
諦めかけたその瞬間、凛とした声が耳に届いた。
「負けないでっ……!ルカくんっ!!」




