21. 陽の季・終(8月)10日①
ルカの記憶も意識も戻らないまま花の季が終わり、陽の季も始・中と過ぎていった。
夏にあたる陽の季は、以前の世界ほどではなくても気温が高い。属性の影響か暑さにはあまり耐性がなく、何度か体調を崩した。
それでも学生生活は順調だと思う。学園の授業も図書館のアルバイトも、友達四人でする魔法の練習も。
魔法は使うのも見るのも楽しい。
レオンの正確で揺るがない光。テオの軽やかで自由な風。セルジュの繊細かつ滑らかな水。この世界の魔法は自己表現の一つなのかもしれない。
でも、それだけではないことも知っている。
アストラ魔法学園は守られた場所で、学園のあるハルモニア王国の情勢も安定しているけれど、この世界には魔獣や魔物が存在しているし、遠くの地では国同士の諍いも起きているようだ。
いつかルカにも、魔法で戦うことを強いられる時が来てしまったりするのかな。
今までは目先のことで頭がいっぱいだった。でも、三年生になれば進路を選ばなければいけない。そう思うと漠然とした不安があった。
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そうしているうちに陽の季も終を迎え、学園はひと月の休暇に入る。いわば夏休みだ。
まるひと月が休暇になる為、ほとんどの生徒が故郷に戻って過ごす。学園は入学前と同じように静かになった。
レオンも例外ではなく、ただ早めに戻ってくるとは言っていた。きっとお兄さんのこともあって、実家に長居をする意向がないんだろう。
授業も友達との時間もないのは味気ないけれど、時間を持て余すかといったらそうでもなかった。雪の季の休暇と違い、練習室含め学園の施設は完全には閉まらないし、図書館でのアルバイトも蔵書の整理などを中心とした仕事がある。
そしてアリシアもまた、学園に残る生徒の一人だった。
「この休暇で、孤児院に手伝いに帰ろうかとも思ったんだけど……。先生から手紙が来て、今は学園での学びに励みなさいって。」
涼しげな朝の時間帯、小狼のアルと戯れながら会話を交わす。あの出会いからずっと、二人の間での秘密を守っていた。
季が変わってから日中の暑さが心配だったけれど、恐らく魔法生物であるアルは気温の変化にも強いようだ。朝や夕に会いに来るといつも当たり前のように現れる。
そうやって交流を続けるうちに、自分は記憶がないことや魔法属性のことをアリシアに話し、彼女が孤児院の生まれで同じ特待生であることも知った。
「勉強も、魔法も……頑張らないと。」
自らに言い聞かせるようにも聞こえた、アリシアの声。力になりたいけれど、癒しの光魔法となると一緒に練習するのは難しそうだ。
「授業の復習なら……あとで一緒に、図書館にでも。」
そう言うとくすぐったそうに笑ってくれる。この笑みを見ると、なんだか気持ちが和らぐんだよな。
穏やかな時間だった。けれど唐突に――胸騒ぎがする。
「どうしたの?」
アリシアが不安そうに声を掛けてきた。アルを見ると彼も何かを感じ取っているのか、耳を後ろに倒し尻尾はピンと張っている。低く身構える姿勢は警戒を示していた。
次の瞬間、ふっと身体が浮く感覚がする。瞬きをする間に見知らぬ空間へ移動させられていた。
「アリシア、アルっ!」
「ルカくんっ。」「キャンッ」
咄嗟に名を呼ぶと二人も一緒だった。離れないように距離を詰める。それから辺りを見回してみるも、明らかに異質な空間だった。
壁も天井も存在せず部屋とも呼べない、何もない真っ白な場所。遠くの方で白が途切れ、その先はまるでブラックホールのように真っ暗でゾッとする。
「やあ、ルカ。いきなりでごめんね?」
「っ!」
突然の声に振り向くと、そこには同年代と思われる男の子が立っていた。
漆黒の髪に深紅の瞳。顔立ちは隙のない整い方をしていて、美しいのに冷たい。口元は笑みを形作っていても、視線は刃のような鋭さを感じさせた。
「僕のことを……知っているのか?」
ルカと繋がりがある人物なのかもしれない。そう考えて問うも返ってきた答えは違った。
「ん?会うのは初めて。そこの女の子が、君の名前を呼んだから。」
「じゃあ、何の用で……。」
「感じ取ったんだよ、君の存在を!」
愉しそうに声を上げる様子に恐怖を覚えた。なんだろう……この不安定な感じは。彼は蜜のように甘い声で続ける。
「俺はアッシュ。君と同じ……魔族との半血。」
「えっ……。」
人間と魔族に種族としての交流はない。だから半血のルカは相当に珍しい存在のはずだった。他にもいたんだ。
けれどアッシュがこちらを見る目は、仲間を見るそれではない。紅い瞳が危うげに揺らいだ。
「ねえ、その力を試させてよ。なかなかいないんだ……遊び相手が。」
「……断る。」
全身が緊張で強張っている。声が震えそうなのをなんとか堪えた。
「戦う理由が……ない。ここから戻して。」
恐らくこの空間は、魔道具によって生み出されたものだ。閉じ込められた側の意思では出られない。
アッシュは不機嫌そうに顔をゆがめた。
「つまらないよ、ルカ。君は俺と同じように、膨大な魔力に恵まれてる。それは何のためにある?」
「………。」
「使うため、でしょ。解放してこその力だ。」
だめだ、話が通じない。今にも攻撃を仕掛けてきそうな様子に身構える。ルカくん、と小さな声が自分を呼んだ。
「それなら……アリシアとアルは、関係ない。二人を外に出して。」
「ええ?めんどくさいな。それに……。」
ふいにアッシュが片腕を伸ばす。次の瞬間、黒い衝撃波を氷の壁が弾いた。
――アルを、狙ったんだ。もしも今、氷の魔法の発動が間に合わなかったら……。魔法の余韻を残した指先が怒りで震える。一方のアッシュは唇の端で嗤った。
「君たちがいれば、ルカは戦わざるを得ないわけだ?いいね。」
なんて卑怯な。背中の後ろでアリシアが怯えている気配がする。
やるしか、ない。半ば強制的に覚悟を決めるけれど、二人を守りながら戦える自信はなかった。
「ウウッ……。」
アルが聞いたことのない低い声で唸る。次の瞬間、小さな身体が光に包まれた。




