16. 花の季・始(3月)15日
図書館アルバイトの求人は本物だった。
カウンターにいた司書さんに声を掛け、本に挟まっていた紙を見せるとパッと顔を輝かせる。自分とアリシアを順番に見上げた後で、悪戯っぽい声色で言った。
「見つけてくれたのね。こっちで話しましょ。」
カウンターの裏側へ来るように誘導されて、どちらからともなく顔を見合わせる。この展開はもしかして……。アリシアは少し緊張した様子で、でもその目には期待がこもっていた。
通されたのは会議室のような部屋で、ここで働く人が休憩で使っているのか、テーブルや棚に私物と思われるものが置かれたりしている。
並んで椅子に腰掛けると、案内してくれた女性が向かいに座った。
「ええっと、まずは……私はビオラ。ここで司書として働いています。」
「……二年生の、ルカです。」
「アリシア、です。一年生です。」
それぞれに名乗ると、ビオラさんは赤茶色の瞳を楽しげに細める。
「よろしくね。……二人は付き合っているの?」
「いえ、違いますっ。」
否定するのはアリシアの方が早かった。異論はないので頷きで同意する。
「そっか、ごめんね。見つけてくれたのが嬉しくてつい。」
返ってきたのは親しげな微笑みだった。図書館のお姉さんと呼びたくなるような柔らかい物腰の人だ。
「この求人はね、図書館にある本の何冊かに挟み込んでいるの。年によってばらばらだけど、たまに本好きの生徒が見つけて興味を持ってくれるわ。」
なんというか粋なやり方だ。人が集まるか分からない代わりに、本が好きな生徒だけを呼ぶことができる。求人を挟み込む本も厳選しているんだろうな。
アルバイトの内容としては返却された本の仕分けや棚の整理、図書館全体の清掃などだと説明される。時間帯は求人の通り朝の始業前1時間程度。週でいうと3日ほどの出勤を想定していて、試験期間などは考慮もしてくれるらしい。
大きな稼ぎにはならないけれど、友達とのお茶代やちょっとした自分のものを買うには十分だ。恐らく学園側も絶対的な人手不足というわけではなくて、本を大切にする生徒に手伝ってもらえたら嬉しい、くらいなのかな。
「今季はまだ誰も見つけていなくて、二人が希望してくれるのなら大歓迎よ。どうする?」
気持ちは決まっていたけれど、先にアリシアの様子を窺った。すると向こうも自分の方を見ていて視線がぶつかり、慌てて逸らす。
一連の流れにビオラさんはくすくすと笑った。
「気遣いやさんなのね、二人とも。じゃあ先輩のルカくん、あなたはどうするの?」
「ぜひ……やりたいです。」
「良かった。アリシアちゃんは?」
「私も、お願いしますっ。」
こうして大人の対応に救われつつ、図書館でのアルバイトが決まった。早速明日から来ていいとのことでまた新鮮な体験が出来そうだ。
図書館を出た後も気持ちの熱は冷めず、それはアリシアも同じようだった。
「こんなこと、あるんだね。図書館で働けるなんて嬉しい。」
そう言って無邪気に笑いかけてくる。これはアリシアに分けてもらった縁だ。温かな気持ちになってそっと笑い返した。
「……ありがとう。声、掛けてくれて。」
「………。」
一瞬だけ、彼女が呼吸を止めたような気がした。
見つめてくる時間が長い。わずかに首を傾げるとそっと逸らして、けれどすぐにまた視線を合わせてくる。
「私が、もっと……ルカくんと、話したいって思ってたから。」
「え……。」
思わぬ言葉にまた心臓が小さく跳ねた。
今のって……いやいや、友人としての親しみかもしれないし。ルカとして向けられる視線には慣れてきていても真っ直ぐに好意を伝えられたのは初めてで、動揺してしまう自分がいた。
言葉を返せずにいるとふっと口元を綻ばせる。
「改めて、これからよろしくね。……また明日っ。」
「また、明日……。」
つられるように口を開き、去っていく小さな背中を見送った。少しの間その場に立ち尽くしてしまう。
客観的に見れば微笑ましい青春の1ページでも、自分ごとになるとくすぐったいものなんだな。ルカの身体を借りて、自分ではあまり通らなかった道を追体験している。
――今はまだ、淡い予感でも。アリシアとの交流も大切にしたいと思った。
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寮に戻り談話室を覗くと、レオンもテオもセルジュもまだそこにいた。
夕飯までの時間はここで課題を片付けることも多い。アリシアのことは伏せつつアルバイトの話をすると、テオとセルジュは感心したような声を上げ、レオンだけは少し反応が違った。
「忙しくなりそうだな。大丈夫なのか?」
体調のことを心配してくれているのだとわかる。今のところは上手くやれているけれど、気をつけなければいけないのは確かだった。
「無理のないように頑張るよ、ありがとう。」
「……そうか。」
まだ何か言いたげなのを呑み込むようにも見えたけれど、あえて触れない。代わりにテオが口を開いた。
「なんか、レオンってさ。ルカの保護者みたいだよな。」
「まあ……否定はできない。」
セルジュも重ねて同意してくる。
「ごめんね、世話の焼けるルームメイトで。」
そう言って柔らかく笑いかけたけれど、"保護者"と言われたレオンは、その後もしばらく複雑そうな顔をしていた。
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