10. 雪の季・終(2月)22日①
翌日、面談は午前中に実施された。
迎えに来てくれたのはフィルという男性の先生で、30代くらいに見える。後ろで緩く結んだブラウンの髪や少し気崩したシャツのせいか堅苦しい感じはなく、話した時の印象も同じだ。
「まあ、あんまり緊張すんなよ。リラックスリラックス。」
廊下を並んで歩きながら、ポンポンと軽く背中を叩いてくる。どう返せばいいか困って、小さくお礼を言いながら控えめに笑っておいた。10代の男の子がするような反応がいまいち掴めていない。
それから通された学園長室では、初老の女性が待っていた。
この人が――アストラ魔法学園の学園長。淡いブロンドの髪をシニヨンにまとめていて、生き生きとした若葉色の瞳が素敵だ。
「こんにちは、ルカ。17歳の、氷と闇の魔法使いさんね。」
「……こんにちは。よろしくお願いします。」
自然と背筋が伸びる。勧められた椅子に浅く腰掛けた。
「アストラ魔法学園の2代目学長、ロゼッタです。また会えて嬉しいわ。」
微笑むと目尻に柔らかな皺が浮かぶ。けれどその姿勢は美しく、声にも艶があった。
「事情は聞いています。大変ななかでここに辿り着けて本当に良かった。」
「……はい。レオンのお陰です。」
言葉を返すとにっこりと笑って頷いてくれる。その後で気遣いの表情を見せた。
「貴方はこの学園の入学試験を受けて合格して、特待生として入学予定だった。でも、入学式の日になっても来なかったの。手紙も出したけれどそのままで……それ以上のことは出来なかった。」
「………。」
「記憶のない貴方がここに来てくれたことには、必ず意味がある。私の意思は決まっています。……ルカ、今からでもここで学びたいと思ってくれる?」
それは今の自分にとって願ってもない申し出だ。ただこんな風に言ってもらえるとは思っていなかったから、咄嗟に聞き返してしまう。
「……良いんですか?」
「ええ。人を見る目には自信があるの。だからあとは、貴方がそれを望むかどうかよ。」
学園長の答え方は確信めいていた。あまりの迷いのなさにこちらの方が躊躇しそうになる。それでもここで選択を誤るわけにはいかず、ゆっくりと息を吸って言った。
「ぜひ……学びたい、です。」
「良かった。貴方が望んでくれるのなら全力でサポートするわ。」
堂々たる宣言にふっと肩の力が抜ける。大事な場面で知らずのうちに緊張していたんだ。
けれどそこからは、まるでこうなることが決まっていたかのように話が進んでいった。
「昨日受けてもらった筆記も踏まえて、出来る限り本来の入学年を考慮した対応をしたいと考えたの。次の花の季・始の1日から、貴方はアストラ魔法学園の二年生になります。」
それを聞いた時には、真っ先にレオンの顔が浮かんだ。一緒に学ぶことができるかもしれない。
「ただ授業に関しては、一年生が受けるものも組み込みながら、ルカ専用のカリキュラムを用意するわ。当初の予定通り特待生として、学生生活にかかる費用全般を免除するけれど、学びには貴方自身の努力も必要になる。……出来るかしら?」
「……頑張ります。」
この問いには静かに力強く頷いた。与えられたチャンスを無下にはしない。それにここで学べる機会には純粋にワクワクもしていた。
あとは寮生活や今後のスケジュールなどの説明もしてもらい、一通り済んだと思われたところで、ロゼッタ学園長は穏やかな声色のまま切り出す。
「ルカ、貴方自身のことだけれど……。」
「……はい。」
「入学資料として、ご両親のお名前や貴方の出生地など、もう少し伝えられる情報があるわ。……聞きますか?」
その瞬間、なぜだか心がざわめいた。直感が聞きたくないと告げる。それは学園長にもすぐに伝わったようだった。
「今ではないようね、わかりました。その時が来たら伝えるわ。」
「ありがとう……ございます。」
ほっと胸を撫で下ろす。
この身体が知るのを拒んだということは、むしろ重要な手がかりである可能性が高かった。それでも今は知りたくないという感覚を無視出来なかったし、学園に保管されている情報ならば、いずれまた触れることができる。焦る必要はないんだ。
その思いを肯定するかのように、柔らかで確かな言葉が掛けられた。
「記憶が無いことも、みんなと少し環境が違うことも。負い目に感じる必要はないわ。誰もが自分について考えて、悩んで、学び続けるものだもの。大人ですらね。」
お茶目に笑ってみせるこの人もまた、信頼できる相手だ。ルカがアストラ魔法学園を目指していたとしたらその理由が分かる気がした。
そうして学園長との面談は終わり、ずっと部屋の隅で見守っていたフィル先生がこれから寮まで案内してくれるらしい。部屋を出る時、学園長はそっと背中を押すように言った。
「……素敵な学園生活を、ルカ。」




