先生と話そう……?
「ええと、司祭様、こちら、ご笑納いただければ幸いです……」
「マリアさん、そんなにかしこまらないでください」
「そうは言いましても色々とお世話になっておりますので」
「そうですか……ではありがたくいただきますね。開けても?」
「どうぞ」
「……クッキーですか」
「いつもお茶菓子をいただいていますので。ただ、その……」
「なんでしょうか?」
「私の手作りで申し訳ないのですが」
「……マリアさんの手作り?」
「ええまあ。美味しくできたとは思うのですが……」
辺境へ向かっている馬車の中、私と司祭様とリュートちゃん、そしてそのリュートちゃんに拘束――抱っこされて身動きの取れないギザリア様の三人と一匹がいる中で、クッキーの入った袋を司祭様に渡した。
私としてはもっと高級店のお菓子の方が良いと思ったんだけど、私の手作りを渡すほうがいいという皆の意見を採用した。皆には経緯を説明してから相談したわけなんだけど、全員から残念そうな目を向けられた。なんでやねん。
そしてエスカリテ様には「ほれみたことかー!」とまで言われた。手作りのクッキーはエスカリテ様の意見なんだけど、どうも信用できないので皆に相談したんだけど、満場一致で手作りなのはいまだに納得いかない。
別に作りたくないわけじゃない。ただ、私の手作りクッキーで喜ぶわけが――笑顔がめっちゃ眩しい。司祭様になにか降臨でもしてんの?
「マリアさん、ありがとうございます。大事に食べさせていただきます」
「いえいえ、そんなものでよければいつでも言ってくだされば」
「そういうわけには――あ、もしかして皆さんにも配って……?」
今度は捨てられた子犬みたいにしゅんとしている。実際にはそんな子犬を見たことはないけど。でも、これも皆の意見を聞いた限り、司祭様以外に渡してはいけないと言われた。しかもルルさん曰く、それは無期懲役レベルの悪業らしい。なので、このクッキーは司祭様だけだ。
「いえ、それは司祭様だけです」
「私はガズ様が作ったチョコクッキーを貰いました。チョコは至高」
なぜかリュートちゃんがそんな自己申告をしたけど、必要だっただろうか。リュートちゃんや見えない護衛さんたちにもお世話になっているからお礼を渡したけど、それはガズ兄ちゃんに作ってもらった。チョコの扱いが上手いというか、すでにチョコチップ的なものを開発して、それが入ったクッキーだった。それに比べたら私のなんて普通以下のクッキーなんだけどね。
おおう、司祭様の顔がさらに眩しくなった。イケメンが微笑むと浄化されそうになる。
「そうでしたか、これは私だけ……」
「その、お嫌でしたら取り替えても――」
「いえ、これがいいです。ここで一つ頂いても?」
「どうぞ。ただ、美味しくなくても怒らないでくださいね」
もちろん味見はしたから大丈夫だけど、クッキーを作るなんて今世では初めてなんだよね。そもそも材料が高くて買えなかったし。前世でも小学校の家庭科とかで作ったくらいで、ほぼ初めてと言ってもいいだろう。
ちょっとドキドキしながら司祭様が食べるところを見つめる。まずくはない、まずくはないはずだ。ちょっと甘さ控えめにしたけど、男性ならそんなものだと思う。ていうか、普通に食べたね。王族って毒味とか必要な気がするけど。リュートちゃんは特に何も言わずにギザリア様を抱きかかえている。心なしかギザリア様がぐったりしてるけど大丈夫かな……?
「美味しいです」
「よかった、作るのは初めてだったので心配してたんですよ」
「……初めて?」
「ええまあ。ああ、何回か作り直しましたけど」
「それはもちろん、ですが、そうですか……とても嬉しいです」
「ああ、ええと、喜んでくれたのならこちらも作った甲斐があります」
司祭様の微笑みは攻撃力が高い。アハハハと笑い返したけど、なんだろう、滅茶苦茶喉が渇く。それに息苦しいような。初めてのクッキーの評価に緊張しちゃったね。
水が欲しいと思ったら、頭の中で何かを叩く音がした。たぶん、エスカリテ様が机か床を叩いているんだけど、どうしたんだろう?
『エスカリテ様?』
『くぁー!』
『なんの雄たけびですか』
『これはジレンマ! ジレンマの雄たけび!』
最近、エスカリテ様がおかしい。いや、普段からおかしいけど、ここ最近は酷いような気がする。というか、司祭様案件になると確実に挙動がおかしい。信仰心が足りないのかな?
『何か悩み事があるなら聞きますけど?』
『……たとえばの話だけど、魔物の弱点を魔物に聞く人はいないの!』
『本当に何のたとえですか』
それ、本当にたとえ話になってる? そもそも魔物って人の言葉が分からないでしょうに。いや、神様なら分かりそうだけど。
『意味は分かりませんけど何かに悩んではいるんですね?』
『私の中の天使と悪魔がね、推せ、推すなに分かれて争ってるのよ。結論が出るまで千年くらいかかりそう……』
『押せとか押すなって何かのスイッチ? ああそうそう、五秒で出た答えと三十分悩んで出た答えってほとんど同じって話があるらしいですよ。というか神様でも心の中に天使と悪魔っていう概念があるんですか?』
善か悪かって話なんだろうけど、神様にもそういうのがあるんだね。ちなみに私の中の天使はすげぇ弱い。すぐに悪魔に説得される。たまに天使も悪魔化するし。二人に囁かれたら夜にラーメンだって食っちまうさ。
あれ? なんかエスカリテ様がものすごいため息を吐いたぞ。
『結論は出そうにないので、見守る、に決定したよ……』
『千年かかるなら仕方ないですね』
よく分からないけど悩みは解消――先送りなのかな。まあ、悩んでも仕方ないことってあるよね。太陽が燃え尽きる心配をしても仕方ないのと同じだよ。なるようになるさ。
さて、クッキーを渡したし、これでミッションコンプリート。次は孤児院に集中だ。辺境の孤児院まではそんなに遠くない。お土産もいっぱいあるし、喜んでくれるだろう。みっちゃんからみんな楽しくやってるって手紙がきてたけど、やっぱり直接会いたいよね。あー、楽しみ。
「で、なんでアンタがいんの?」
「みっちゃん、司祭様にアンタなんて言っちゃだめだよ」
「……司祭フレイ様はなぜここに居やがるんです?」
「辺境の教団施設の確認に来ました。あとロディス様宛の手紙を預かっていまして」
「……マリア姉さん、ガズ兄さんは?」
「仕事の調整ができなくてね、私達よりも一日遅れで出発してるから明日には到着すると思うよ」
「……意図的なものを感じる……!」
みっちゃんも情緒不安定なのかな? それにしても皆からすごい歓迎を受けちまったぜ。ほんの数ヶ月なのにいつの間にかモテモテだったよ。やはり世の中はお金か……! 直後にギザリア様にすべてを奪われたけど……子供に猫は最強か。リュートちゃん、皆に撫でさせてあげて。
それにしても孤児院が立派になったね。これなら冬もそこまで寒くないだろう。一人一人にベッドがあるみたいだし、毛布も完備、食糧庫にも蓄えが十分、これなら皆も立派に育つだろうね。お金があるとはいえ、先生も頑張ったんだろう。おっと、まずは先生に挨拶に行かないと。
「みっちゃん、ロディス先生は?」
「それが訓練場で待ってるからマリア姉さん一人で来てくれって」
「ええ? 帰ってきた直後に訓練とか嫌だけどなぁ」
「訓練じゃないみたいよ。マリア姉さんだけに伝えたいことがあるんだって」
「え? なんだろ?」
「お礼をしたいんじゃないの?」
「お礼? なんの?」
「……それを素で言えるからマリア姉さんは怖い。とにかく、行ってきて。その後、皆で宴会だから」
「なら早く行かないとね」
訓練場か。とはいっても孤児院からちょっと離れた丘を整地しただけの場所だ。先生の指導は厳しいというか、人の限界が分かってないよね。先生の体力に皆ついて行けなかったよ。もう五十を超えているはずだし、あんまり無理をしないで欲しいけど。
お、先生だ。相変わらず大きい。こっちに背中を向けているけど、隙がない感じは昔のままだ。愛用の大剣を地面に突き刺しているのもいつものスタイル。それてやはり筋肉。筋肉は色々なことに説得力がある。
『え……』
『エスカリテ様? なにか言いました?』
『……いや、そんなはず……』
『え? エスカリテ様?』
なんだろう? エスカリテ様が黙り込んじゃった。よく分からないけど、先生の方へ向かおう。
「マリアか」
先生がこちらを見ずにそう言った。相変わらず渋い声だ。白髪をオールバックにして後ろでちょこんと結んだだけの髪に、ほぼ農民と変わらないラフな服。見えないけど相変わらず髭も生えてるのかな。
「ロディス先生。お久しぶりです。お元気でした?」
「もちろん元気だ。それにマリアのおかげで孤児院も立派になった。皆も元気だぞ」
「それは良かったです。あ、言っておきますけど、悪い事なんて――」
「分かってる。それよりもお前がエスカリテの巫女になったと聞いたときは驚いた」
「そうなんですよ、エスカリテ様の――ん?」
今、エスカリテって呼び捨てにした? 神様のことを様付で呼ばなくても別にいいんだけど、なんかニュアンスが――
『久しぶりだな、エスカリテ。息災か』
え!? 先生の声が頭に響いた!?
『お陰様で息災よ。アンタは人として自由に生きているみたいね、バルノア』
『自由……そうだな、神だったころよりもはるかに自由だ。不便もあるが』
『戦闘狂のアンタが英雄なんて呼ばれて孤児院をやってるなんてね』
『俺が望んだわけじゃないが、いつの間にかそうなってた。だが、今の俺には大事なものだ……マリアがエスカリテの巫女になったと知った時、いつかこんな日が来るとは思っていた。俺をどうするつもりなのか、今、この場で言ってくれ、エスカリテ』
そう言って振り向いた先生は地面に突き刺してあった大きな剣の柄に手をかけた。
え、どうすんのこれ?
ここまでで第三章が終わりです。次回更新は1/5(月)になります。ちょっと空きますが、引き続き読んでもらえたら嬉しいです。
では今年もありがとうございました!
皆様もお体にはお気をつけて良いお年をお迎えください!




