教皇(別視点)
「では、ラーザさん、そういうことでお願いします」
「は、はぁ。ですが、教皇様、本当によろしいのですか?」
「問題ありません。これはマリアさんに了承を得ています」
「そ、そうですか。なにか手柄の横取りの様で――」
「マリアさんは目立ちたくないのですよ」
「……承知しました。では、数日後に図案の提案をさせていただきます」
「ダックスフントの方もよろしくお願いしますね」
ものすごく微妙な顔をして中庭を出ていきましたが、ラーザさんには色々と迷惑をかけて申し訳ないですね。依頼料は奮発しておきましょう。
コト様が考案したお饅頭、私達では再現できなかった食べ物ですが、マリアさんがやってくれました。しかも単純化した猫の絵を入れるという技術まで提供してくれるなんて想定以上です。寄付金で成り立っている教団としては自ら稼ぐ手段は限られています。帰ってくる途中に寄付金をちらつかせて教団を言いなりにしようとする領主もいましたからね。それを回避するためにも我々は独自の資金が必要です。
しかもマリアさんはこの技術に関するお金はいらないとまで言ってくれました。代わりに自分の名前を出さないで欲しいとか、聖女に任命しないで欲しいとか、どこまで欲がない人なのでしょう。そんなマリアさんですからエスカリテ様の巫女に選ばれたのかもしれませんね。
エスカリテ様の巫女というだけでも我々には相当な価値のある方ですが、マリアさんは本人も相当優秀なのでしょう。そして一つの疑惑が解消された気がします。もちろんそれを追求する必要はありませんが、まず間違いないでしょう。まさかとは思いましたが、コト様と同じだとは。
「母上、嬉しそうですね」
「分かりますか?」
「ダックスフントが選ばれたからですね?」
「違います。いい機会なので情報を共有しておきましょう。これは他言無用ですよ」
娘のアネザス、孫のクネ、そしてひ孫のイルディ。全員が私の方を見つめています。たとえ家族でも同じ顔で見つめられるというのは少々怖いですね。ラーザさんも同じ気持ちだったでしょうか。今後は私だけが呼び出しましょう。
中庭と言ってもこの場は魔法で密室の空間のようなもの。誰かに聞かれるということはありませんが、念のため目でも確認しておきましょうか。
……大丈夫のようですね。お茶で喉を潤してから全員に視線を向けると、娘たちはつばをごくりと飲んだようです。これはいけない、少々威圧してしまいましたか。
「そう固くなる必要はありません。言いたいことはマリアさんのことです」
「マリアさんの?」
「マリアさんは転生者でしょう。それもコト様と同じ世界からの転生者かと」
三人とも驚いているようですね。ただ、娘のアネザスは何かに気付いたようです。
「コト様のレシピに書かれている文字のことですね?」
「ええ。あれはレシピと言うよりもメモ書きに近い。そしていくつかは我々には理解できない文字で書かれている。複雑な落書きにしか見えない文字もマリアさんには解読できたようですからね」
私達が使っている文字もかつて異世界からやってきた転生者が広めた物らしいですが、それとも異なる文字をコト様は使っていた。おそらく、異なる文字を組み合わせて使うような世界だったのでしょう。
私達がコト様のレシピを再現できなかったのは、もともと料理が下手というのもありますが、いくつか分からない部分があったという理由もあります。マリアさんはそれを迷うことなくレシピ通りに作った。間違いなくマリアさんは転生者でしょうね。
「エスカリテ様が教えた文字、例えば天界の文字ということではないのですか?」
「可能性はありますが違うでしょうね。エスカリテ様が巫女のクフムさんやトッカさんに渡した資料を見せてもらったのですが、私達が使っている文字と同じでした」
なんでも天界にある本やらノートをこちらの世界に転送したものだとか。それはまさに神の知識で神器に匹敵するもの。それを簡単に貸し与えるエスカリテ様にも困ったものですが、それも私達を信じている証なのでしょう。決して悪い事には使わないと信じてくれているエスカリテ様の期待に応えなくてはいけません。クフムさんやトッカさんにもしっかり言っておいたので大丈夫だとは思いますが。
それらを見せてもらいましたがコト様のレシピの一部に使われていた文字は一切ありませんでした。となれば、コト様が転生前に使っていた世界の文字の一つであると考えるしかありません。
「そもそもコト様が転生者である話は本当なのでしょうか?」
「私達の先祖もそのことについては悩んだそうですが、まず間違いないと判断をしています。もちろん私もそう思っています」
コト様が教団を立ち上げた後に残したもの、その中には世界の在り方を変えるほどの物もあったとか。技術的に再現が難しい物ばかりで頓挫しましたが、過去には魔力が必要のない世界を創ることができるかもしれないと言った学者がいたとか。一度マリアさんにも見てもらいたいところですが……余計なことでしょう。
「言っておきますが、この件を共有したのはマリアさんを転生者と断定するためではありません」
三人とも委縮してしまいました。ちょっと脅し過ぎましたか。殺気を抑えないと。
「マリアさんが何者であろうとも関係ありません。この件でマリアさんを教団の都合の良いように扱うことは一切禁じます」
皆、真剣な顔で頷いてくれましたね。そうは言っても私達の悲願のためにマリアさんを利用しているのは間違いありません。ですが、行き過ぎた行為は必ず反感を買い、良くない結果を引き寄せるでしょう。欲はあってもそれを出し過ぎてはいけない。そんなことをすれば古代帝国の巫女のような結果になると私達は学んでいます。
「イルディ」
「はい」
私の可愛いひ孫。長い教団の歴史の中で、おそらくコト様に最も反感を持った子。私達がこんなことをしているのはコト様の呪縛だと言って、私達や先祖のために泣いてくれた優しい子。こんな子が生まれたことが、エスカリテ様が目覚め、マリアさんが巫女となった予兆だったのかもしれません。
「少し先の話ですが、貴方をアデルラルド王国へ送ります」
「あの、それは、どういった……?」
「マリアさん、そしてエスカリテ様の助けとなりなさい」
「わ、私でいいのですか……?」
「貴方だからこそです。私達が直接動いてしまうとマリアさんへの注目が増えてしまいますからね。余計な負担をかけたくないのです。貴方ならまだ大丈夫でしょうから、私達の代わりにマリアさんの近くで手助けしてあげてください」
「で、ですが、私は、その、コト様に――」
今ではそこまで反感を持っていないようですね。とはいえ、理不尽だとは思っているでしょう。生まれた時から生き方を強要され、魔力によって姿を維持する一族。そのすべてはコト様とエイリス様のためにやっているなんて、自分の人生は何なのかと嘆いているかもしれません。
魔剣が突き刺さったエイリス様を見てからは多少落ち着いたようですが、一度抱いた感情がそう簡単になくなるとは思えません。だからこそ、今回のことはイルディに任せるべきでしょう。
「貴方は一族の呪縛を解きたいのでしょう?」
「それは、そうですけど……」
「マリアさんが貴方の希望だと思いなさい」
「私の希望……?」
「エスカリテ様がかつての信仰心を取り戻し、エイリス様とベルト様を助ければ、私達は貴方がいう呪縛から解放されます。それが貴方のやりたいことなのでは?」
「そ、それはもちろんです!」
「ならば、マリアさんがその希望でしょう。もしかしたらマリアさんが私達にとって最初で最後の希望。これを逃したら次はいつになるか分かりません」
「最初で、最後……」
はっきり言って、マリアさんがエスカリテ様の巫女になったのは私達にとって奇跡とも言うべき状況。転生者である可能性も、無欲なことも、大変優秀で優しい性格であることも、その全てがコト様が望んでいたような女性と言えます。逆に言えば、そのような女性でなければエスカリテ様の巫女になれない。そんな女性が次にいつ現れると言えるでしょうか。
「二千年近くエスカリテ様の巫女は現れなかった。エスカリテ様が眠りについた状況から現れなかった可能性はありますが、マリアさんの次の巫女が何年後に現れるか分かりません。そして巫女が現れたとしてもエイリス様のために動いてくれるか分からないのです」
「はい……」
「マリアさんはコト様やエイリス様のために頑張ってくれようとしています。それは言い換えれば私達のために頑張ってくれると言うこと。そして貴方は私達の呪縛を解きたいという強い気持ちがある。そのためならいくらでも頑張ってくれるのでしょう?」
「も、もちろんです!」
「ならば決まりです。私達は私達でマリアさんを助けます。貴方はマリアさんのそばで手助けを。マリアさんなら必ずやエスカリテ様への信仰心を取り戻してくれます」
「……分かりました! かならずマリアさんとエスカリテ様をお助けします!」
「はい、よろしくお願いしますね」
もしかしたらマリアさんとエスカリテ様は私達の助けなど必要としないのかもしれません。ですが、指をくわえて待つだけなんてできるわけがない。せめてマリアさんにもエスカリテ様にも余計で煩わしいことは絶対に近寄らせないようにしなければ。
「さあ、私達もやるべきことは多いですよ。これまで以上に教団を引き締め、あの方たちが進む道にある小石は私達が全て排除するのです」
皆が良い返事をしてくれました。ありがたいことです。
私もこのまま何も成せずに終わると思っていましたが、ここへ来てこんなに素晴らしいことが待っているとは長生きはするものです。隠居なんてしてられませんね。ダックスフントのお饅頭もできますし、エイリス様をお助けするその日まで老骨に鞭を打ち続けましょう。




