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家族なんだから当然

 

 ガズ兄ちゃんが住み込みで働いている飲食店は意外と大きかった。こんな大きい店で働いていたのか。


 最近も孤児院に手紙が来てたからちゃんと働いていると思う。いつか料理人になるために頑張っているって書いてあったな。それに孤児院に仕送りもしてくれている。いいお兄ちゃんだ。私も生活が安定したら仕送りしないと。


『孤児院のお兄ちゃんってどんな人?』

『イケメンです。私以外には結構モテてました』

『なんでマリアちゃんにはモテなかったの?』

『花より団子という言葉がありましてね』

『団子は美味しいけど花も大事だよ!』

『花を見ても腹は膨れないんですよ。まあ、食べられる花もありましたけど』


 孤児院が貧乏過ぎる。その割に孤児が多いし、ガズ兄ちゃんがいた頃はともかく、成人しちゃった後は皆の食料を調達するのは私の仕事だった。みっちゃんみたいに話術と色気で食料を得るのは無理なので、主に武力で食料を手に入れてたもんだ。イノシシ最高。


 私が孤児院を出る前にある程度は自給自足の目途がたったから、みっちゃんや残っている子達だけでもやっていけるとは思うけど、それでももっと美味しい物を食べさせたいよね。貰える補助金を全部送ろうかな。一応、許可だけ取っておこうか。


『エスカリテ様は教会がボロボロでも平気ですか?』

『え? なんで? 豪華な方がいいけど』

『補助金を孤児院に送りたいんですよね』

『マリアちゃん、いい子ねぇ』

『やってることは悪い子なんですけどね』


 これは横領的ななにか。神様のためのお金を横領するって大罪だよね。神様からの許可があるなら問題ないと思うけど。


『別にいいわよ。お布施とかも全部送っちゃう?』

『お布施されてないですよね?』

『未来の話よ、未来の。そうだ、孤児院で私を布教しちゃおう!』

『なるほど、それはいい考えですね』

『そして孤児院をカップルで満たすの!』

『そういう恋愛テロは止めてください』


 冗談だと思いたい。それはともかく、エスカリテ様に必要なのはお金じゃなくて信仰心。エスカリテ様の名前付きで補助金を孤児院に送れば皆も信仰してくれるかもしれない。辺境で魔物が多いところだから、戦神マックス様の信仰が多いところだけど、戦えない人のための神様がいてもいいと思う。カップルを見てニヤニヤしている女神というのは問題だけど。


 まあ、それは後で考えよう。まずはガズ兄ちゃんに挨拶だ。


 お昼時で結構大きな店なのに人の気配が少ないのはあまり繁盛してないのかな。一応、営業中みたいだから、まずは入ってみよう。


「いらっしゃいませ……って、マリアか?」

「ガズ兄ちゃん、久しぶり」

「大きくなったなぁ、そうか、洗礼に?」

「うん、それで色々あったんだけど、それは後で話すとして、この状況は……?」


 ガズ兄ちゃんは「それは後でな」と言って、私をテーブル席に案内してくれた。そして賄料理を作ってくれた。しかも無料。さらに美味しい。さすがモテる男は違う。料理ができる男はポイント高いよね。笑いながら今回だけだぞと釘を刺されたけど、それくらいは弁えてます。


 しかし、お昼時だと言うのにお客さんがまばらだ。しかもそこそこお年を召した人たちばかりで若い人がいない。お年寄り向けのお店とは聞いていないから、昔からの常連さんなんだろうけど、こんなんでやっていけるのだろうか。


 二人で賄料理を食べて一息つく。そしてギルドの受付嬢さんに貰ったアップルパイをガズ兄ちゃんに振舞う。それを食べながら質問だ。


「あまり繁盛してないの?」

「三ヶ月くらい前に副料理長が独立して客を奪われちまった。料理人も何人か引き抜かれたから味も落ちちまってよ。料理長――店長のことなんだけど、雇ってくれた恩があるし、俺も頑張ってんだけど中々な」

「そうなんだ」


 今は昔から来てくれていた常連さんのおかげで持っているようなもので、味、質ともに新しい店に負けているらしい。


 ガズ兄ちゃんにも誘いの話はあったらしいけど断ったみたい。相変わらず義理と人情にこだわる人だ。まあ、そういうところがモテた理由なんだけど。でも、愛と一緒で義理と人情じゃ懐は寂しくなるばかりだ。日に日に売上が減っているからけっこう危ないとか。


 ガズ兄ちゃんは最後の最後まで付き合うんだろうな。貧乏くじとは言わないが、もうちょっと上手く立ち回ればいいのにと思わないでもない。そういうのは似合わないけど。


 仕方ない。ここは私が何とかしよう。大体は武力で片が付く。どう動こう?


「変なことを考えてるんじゃないだろうな」

「そんなわけない。でも、何とかしてあげたいとは思ってる」


 なぜかガズ兄ちゃんが驚いた顔になってから笑った。


「マリアは相変わらずだな」

「なにが?」

「さも当然のように首を突っ込むところがだよ。ミシェルの時もそうだったし」

「家族なんだから当然でしょ?」

「……そうか、そうだったな」


 今度は微笑ましい感じの顔で私を見てる。そっちこそ相変わらず私を子供扱いする。成人したとはいっても数日前までは間違いなく子供だったけど。それはともかく、もっと話を聞いてみよう。


「ちなみに今後どうしようとか計画はあるの?」

「料理とか店のコンセプトが被っているから変えようって話は出ているが」

「こっちが変えるの?」

「店長の料理が相手に勝てそうにないからな」

「元副料理長の腕の方が上だったってこと?」

「言いにくいんだが……店長が惚れてたウェイトレスが副料理長について行っちまってな、しかも彼女として。だから料理の味に影響が出るほどへこんでる。腕はいいんだがなぁ」

「えぇ? 三ヶ月前の話でしょ?」

「惚れてた時期が長いほど引きずるのも長いんだよ」


 こういうのは男の方が繊細だともいうからね。それだけ本気だったという話かもしれないけど、縁がなかったとすっぱり諦めたらいいのに。そもそも悩むだけ時間の無駄。私の場合は縁どころか男の存在自体をなかったことにしてる。


 ……なんだかさっきからエスカリテ様が準備運動をしている気がする。脳内で鼻息を荒くしないで欲しい。


『新しい恋を薦めましょう!』

『当然のように会話に入ってこないでください』

『私はカプチュウの女神って言われてるのよ? ここで入らず、いつ入るの!』

『最近まで本人が初耳だったでしょうに』

『まあいいじゃない。それに失恋の辛さを消すには新しい恋って二千年前から言われてるわ! しかも女神様のお墨付き!』

『そういうのを見たいだけでしょうに』


 エスカリテ様との脳内会話で私はものすごく渋い顔をしていたのだろう。ガズ兄ちゃんが訝し気に私を見てる。


「恋愛関係に疎いマリアには分からないだろうが、男ってそういうものなんだって」

「え? ああ、そういうことじゃなくてね、先にこっちの説明するね」


 色々と勘違いしているから言っておかないと。その前に恋愛関係に疎いって評価なの、私。たしかに酷い目に合ってるけどさ。


 言いたいことを飲み込んで、洗礼によって女神エスカリテ様の巫女になったことを伝えたらものすごく驚かれた。孤児院時代でも見たことがないほどの驚きようだ。お年を召したお客さんたちも声が聞こえたのか私の方を見て驚いている。


「驚いたな。マリアが巫女様か」

「ものすごくマイナーな神様だったけど」

「エスカリテ様ね。どんな神様なんだ?」

「恋人たちを守護する神様……のはず」

「へぇ、恋人たちを守る神様か」


 正確には恋人たちを見て楽しむ神様です。神様だから許されるような感じ。これは絶対にばれないようにしないと私の評価まで下がりそう。嫉妬神や呪神の巫女様って大変だって聞くし、カプ厨の意味を悟られてはいけない。


「恋愛とは関係ないんだが、エスカリテ様に助言を貰うことって可能か? もちろんお布施はする」

「何の助言?」

「店のこと」

「それなら商売の神様にしなよ。エスカリテ様はやめた方がいい」

「なんで?」『なんで!?』


 ガズ兄ちゃんとエスカリテ様の声が重なる。耳と脳の両方で聞こえるから混乱する。なのでガズ兄ちゃんに「ちょっと待って」と伝えた。


『エスカリテ様はちょっと黙ってください。私の脳は一つしかないんです』

『私は神なんだからもっと敬って! あ! 信仰心が減ってる!? ちょ、止めて! ストップ! ストーップ!』


 ブツブツ言いながらも黙ってくれた。ガズ兄ちゃんがまた訝し気に私の方を見ているから説明しないと。


「エスカリテ様が割り込んできたから黙らせた」

「神様なんだよな? いいのか?」

「神様だろうと割り込みはなし」

「孤児院の皆みたいな扱いをするなよ」


 むしろ孤児院の子達よりも面倒な部類の子だと思う。来たばかりのみっちゃんみたいな感じ。でも、こういうのは最初が大事。最初に線引きを決めておかないとずるずると要求が増えるからね。


「それで、なんで助言を貰わない方がいいんだ?」

「まともな答えが返ってこないから。ちなみにどんな助言が欲しいの?」

「店や料理のコンセプトについての助言が欲しいんだけど」

「恋人同士で来たくなるような店や料理にしようって言うに決まってる」

「ああ、そうか。恋人たちを守る神様なら当然か」

「あと飲み口が二つに分かれたストローで二人一緒に飲むようなジュースを出そうって言う」


 だからエスカリテ様、鼻息が荒いです。それで存在をアピールするのは止めてください……なんだろう、ガズ兄ちゃんが真面目な顔で考え込んでいる。


「それいいな」

「なにが?」

「一緒に飲むストロー」

「嘘でしょ!?」

「少なくとも恋人と一緒に来る店ってコンセプトは悪くないと思う」

「いやいや、それじゃ今の常連さん達に悪いよ」

「なんで? 奥さんと来ればいいじゃないか」


 常連さん達も話を聞いていたのか、うんうんと頷いている。


 その考えはなかった。ここに一人で食べに来てるから一人者だと勝手に思ってた。かなり失礼だな、私。でも、それはともかく、まだ問題はある。失恋した料理長さんが恋人たちのために料理を作れるのかと言いたい。私なら嫌だ。


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