楽団のリーダー(別視点)
「ホルン、テューバ、マリア様をお願い。私は報告を聞いてくる」
「りょーかーい」
「任せな」
「それとこれはマリア様からの差し入れ」
二人から嬉しそうな気配を感じる。最近、楽しいという感覚が増えた。すべてマリア様のおかげだ。
そろそろ楽団の皆から報告を聞ける時間。それにしても今日は失敗した。本来であればマリア様に接触する前に排除するべきだったが、神殿騎士の鎧を着ていたので判断が遅れたとのことだ。今後はこういうことがないようにしたい。そのためにも情報の取得と共有を徹底しないと。
マリア様に友達認定され、さらには女神エスカリテ様に祝福までしてもらった。今の私ならドラゴンすら屠れそうな気がする。護衛の任務がなければ北の山にいるという暗黒龍オズモスと戦ってみたい。たぶん、肉は美味しい。ピザにドラゴンの肉をトッピングしたい。むしろカレーにいれたい。たぶん、マリア様も喜んでくれる。今度休暇を貰って行ってみようかな……いや、マリア様の護衛という仕事を休むなんてもったいないことは――
「リュート」
私にだけ聞こえるような小さな声が聞こえた。どこにいるかは見えないけど、かすかに存在を感じる。皆、腕を上げたみたいだ。これも名前が付いたおかげかもしれない。名前が付いたから弱くなった、しくじった、そんな不名誉なことがあったらマリア様に顔向けできない。皆、死ぬ気で頑張っているみたいだ。負けられない。
「揃った?」
「ああ、揃ってる」
「では報告を。まずはヴィオラから」
「マリア様のさらおうとした派閥は古代帝国の考えを元にしているらしい」
「古代帝国?」
「今は不毛な地だが大陸の西側にあったとされる国だ」
「考えを元というのは?」
「教団ができるよりもさらに前、一人の巫女が神の力で世界を支配しようとしたらしい。神々の怒りに触れ、国ごと消されたという話がある。その考えが元になっていて、教団が巫女たちを使い、世界を支配するべきだという思想だな」
「馬鹿なの?」
「馬鹿じゃなければ思いつかないことだとは思う」
同じことを繰り返すだけだと思うけど、なぜ、それを教訓にしないでもう一度やろうとするのか。自分だけは上手くいくという、間違った自信が人をそうさせると聞いたことがあるけど、なんでその考えに至るのか不思議。
「誰がトップ?」
「明確なトップはいない」
「いない?」
「だからこそ大司教アリオンをトップにと考えているようだ」
「アリオンが違うのは間違いない?」
「それはチェロに報告してもらおう」
ヴィオラの気配がさらに薄くなり、チェロの気配が濃くなった。ちょっと分かりやすい。天井か。
「チェロ、アリオンについての報告を」
「マリア様が警戒してたから入念に調べたけど怪しいところはないね。ただ――」
「何?」
「怪しいところがなさすぎることが逆に怪しいかな」
それは分かる。完璧な人などいない。いや、マリア様は完璧だけど。フレイティス様はちょっと変なところがあるのでセーフ。マリア様に気に入られようと努力しているけど、すごく空回りしている感じはむしろ好感を覚える。私も猫で同じことをしてる。今度、マリア様に教わった猫じゃらしを持っていこう――いけない、最近、楽しいことが多いからか、思考が飛ぶようになった。気を付けないと。
「推測でもいいけど、怪しいところは何かある?」
「たぶんだけど大司教は自分の影響力をきちんと理解してるね」
「どういう意味?」
「言葉にはしないけど、自分の行動で人がどう動くか分かっているって感じかな」
「たとえば?」
「マリア様に接触したから帝国派の派閥が動いた」
「……そうなることが分かっていたと?」
「たぶんだけど」
「排除しちゃう?」
「フルート、それは駄目だ」
「えー?」
「マリア様との会話は聞いていると思うが、改めて皆に言っておく。マリア様はたとえ敵だとしても排除することを嫌がっている」
皆、動揺しているようだ。私もそうだが。
「排除の方が楽なのにー。でも、マリア様はなんでそんなことを?」
「マリア様の深いお考えは私には分からない。ただ、フレイティス様の言葉によれば、マリア様は命を大事にされる方ということだ」
「命を大事にー?」
「マリア様は我々と似たような子供時代を送っている。どちらが不幸だったか比べることはできないが、我々はエルドンナ様に保護されてから衣食住に困ったことはない。だが、マリア様はつい数か月前まで、常にお腹を減らし、着る物も暮らす場所も満足するほど与えられず、常に死と隣り合わせ。知らないとは言わせないぞ」
皆の気配が強くなった。マリア様の生い立ちは皆知っている。マリア様に初めて会ったあのカフェ、エルドンナ様に孤児院の状況を明るく説明していたが、どれほど過酷だったか。しかもそんな状況を成人にもなっていなかったマリア様は自分で改善して、同じ立場であるはずの孤児たちを保護していた。我々の誰にそんなことができる? いや、この世の誰にできるというのだ。
あの状況は私達が保護される前にいた組織と変わらない。あの組織の中で他者に気を使えただろうか。その日の食べるものを得るために、学んだ技術で同胞を傷つけていた我々には無理だ。環境が違うといえばそれまでだろうが、我々が孤児院にいたとしても同じことはできなかっただろう。そしてマリア様なら組織にいても同じようにして、組織を壊滅させていた可能性がある。それとも組織を乗っ取っていただろうか。どちらにしても見てみたい気はする。
「あの方は自分のことよりも他者の命を大事にされる慈悲深い方。それは敵であっても変わりはない」
「うん、そうだよね」
「それは我々にも当てはまる。誰かの死がマリア様を悲しませると心得るように」
さらに皆の気配が濃くなった。これじゃ護衛失格だ。
「排除する方が簡単ではある。相手を生かしたまま無力化するのは難しいし、甘いと思われることも間違いない。それでもマリア様は私たちならできると信じている。その期待に応えられるように、いままで以上に鍛錬を重ねて」
皆からやる気のある声が聞けた。これなら大丈夫だろう。
「それに私は女神エスカリテ様に祝福をしてもらった。マリア様の期待に応えることが、マリア様がお仕えする神様の期待に応えることだと思って」
今度は「ずるい」とか「私も」とか聞こえてきたけど、ずるくない。そう言ったら、マリア様に名前を付けてもらえたり、お友達認定されていることまで文句を言ってきた。教会で最初に声をかけてもらえただけという鋭い意見もあるが無視する。
「マリア様は見えない貴方達のこともちゃんと大事に思ってくれている。確かに私が近くにいるから色々と便宜を図ってもらえているけど、立場は同じだと思って」
納得していないみたいだけど、こればかりは譲れない。全面戦争も辞さない。
「それよりもマリア様に不快な雑音を聞かせないようにして。楽団の名が示すとおり、マリア様には心地よい音色だけが聞こえるよう注力すること。もちろん排除という形はとらずに、私達も生き延びる。無理だと言うならすぐにこの仕事を降りて」
……滅茶苦茶怒られた。猫に構い過ぎた時以上だ。うん、それはそうだ。私達を道具じゃなくて人として扱ってくれるマリア様の護衛なんて素敵な仕事、降りたいわけがない。
「そんな皆に朗報。マリア様がお仕事いつもありがとうとピザを用意してくれた。マリア様自らが温めてくださったので、味わって食べるように」
皆、気配が出過ぎ。でも、気持ちは分かる。私もおかわりしたい。でも護衛が優先だ。早く護衛を代わってもらおう。




