メイドさんの恋バナを聞こう
『マリアちゃん……』
『はい』
『カップルがいないわ……』
『そもそも出歩く人が少ないですから』
『私、このままだと死んじゃうかも……』
『あ、噴水のところに鴨のカップルらしき二羽が戯れてますよ?』
『……あれは井戸端会議しているだけね。白い猫に気を付けろって言ってる……というか、鴨のカップルで済まそうとするのやめて』
鴨って井戸端会議するんだ? というか、エスカリテ様がだんだん弱ってるんだけど本当に大丈夫かな。呪いを撥ね退けたり、解除したりできるのに、カップルを見ないと死にそうになるなんて。冗談だろうけど、本当に弱々しい感じなのが怖いよ。
お土産の香辛料は買ったからエスカリテ様の要望通り、広場の噴水の縁に座ってカップルウォッチングをしているんだけど人がいない。当然だ、ちょっとは緩和されたといえ、いまだにこの王都では呪病が猛威を振るっている。魔力持ちの人ならほとんど大丈夫だけど、それ以外の人の方が多いんだから、外になんかでないだろう。
飲食店なんかも軒並みお休みだし、カップルがいそうなのは自宅だけだよね。さすがにそこに突撃するわけにもいかないし、イチャイチャしてくださいなんて言えない。不審者すぎるよ。
仕方ない。ガス兄ちゃんもお土産を買いに行っているし、ここは少しでも元気になってもらうためにリュートちゃんと恋バナをしよう。私の恋バナはないけど、リュートちゃんはそれなりにあると見た。
「リュートちゃんは彼氏とかいないの?」
いきなりの先制攻撃。ここでの反応で答えが分かるというものよ。策士過ぎる。
「カレ……シ……?」
嘘でしょ。彼氏って言葉が分かってない? 一瞬で策略が潰されたよ。
「えっと、好きな人って言うか、お付き合いしている人とかいないのかなって」
「ああ、そういうことですか。いません」
「早いよ! 話が終わっちゃうから!」
「そう言われましても。そもそも名前がありませんので、お付き合いできないと思います。確か恋人はお互いに名前を囁き合うとか。何が楽しいのか分かりませんが」
「あー、うん? 恋人同士ってそうだっけ? まあいっか、特殊過ぎる条件で彼氏がいないのは分かったよ。それじゃ甘酸っぱい思い出とかはない?」
うん、エスカリテ様、元気になったのはいいんですけど鼻息が荒いです。
「アマ……ズッパ……? ああ、チョコは甘くておいしいですね。酸っぱいのはレモンでしょうか。良い組み合わせかもしれません。今度試してもらいたいです。味見――毒味の任務はお任せください」
そこからかい。でも、レモン風味のチョコはちょっと気になる。イチゴ風味のチョコとかもあったし、ガズ兄ちゃんに作ってもらおう。それはそれとして、まずは恋バナだ。なにか希望が見えない行為のような気もするけど、分かっていても進まねばならぬときがある。
「そういうんじゃなくて、甘酸っぱい思い出は恋愛関係の思い出のこと。あの人好きだなーとか、見ると胸がどきどきするとか苦しいとか、手が触れて緊張したとか、そういう話はないかな?」
「恋愛関係……好き……緊張……?」
そんなに難しいことを聞いているかな? リュートちゃんは変な組織にいたし、その後も影とか呼ばれている集団になって護衛とかしているからね。でもさ、女の子をしているんだから、お付き合いはしていなくとも、少しくらいそういうことがあってもおかしくないはず。
「希少な魔物は好きです。高く売れそうなので殺る前に胸がドキドキします」
「それは恋じゃないなかな……他にはある?」
「ホットチョコも好きです。飲んだ瞬間に膝から崩れ落ちました。神を見ました」
「それも違うねぇ……」
なんだか不毛な会話をしている気がする。おしゃべりなんて不毛でも意味がなくてもいいんだけど、エスカリテ様がさっきの一瞬だけ元気になった状態から弱々しい状態に戻ってるからね。ここでなんとか元気にしないと危険だ。でも、リュートちゃんの状況が特殊すぎて恋バナにならん。
「あと猫が好きです。見ていると胸のあたりがぽわぽわします」
「え? 猫?」
「はい。王都にいる野良猫に餌をあげてます。餌をあげすぎて仲間に止められたことがあって戦闘になりました。五対一はずるいと思いませんか?」
「うん、それはずるいね。でも、餌のあげ過ぎは良くないかな……」
「……はい。今は理解しています。断腸の思いですが」
リュートちゃんのお仲間も大変だ。でも、無表情メイドさんと猫か。無表情のまま鼻息を荒くしてふんふん言いながら猫を撫でまわしているのかな。それとも触りたくても触れずにアワアワしているのだろうか。普段の行動からすると後者かも。
「そういえば、雨の日に猫が濡れないように傘を置いていく男性がいました」
『ここ大事! ここ大事なポイントだからね! 慎重に! 慎重に行こう!』
なんかエスカリテ様がスポーツ観戦みたいなこと言ってるけど食いつきすぎじゃない? でも、現実ではありえないのに、創作界隈においてよくあるシーンだ。そういうことするのは不良が定番なんだけど、異世界ではどうだろう?
「えっと、それで? その人にときめいた?」
「ときめく? いえ、野良猫がその男性の手に頭を付けてすりすりとこすったので、この野郎、と思いました」
「嫉妬かぁ」
「毎日餌をあげていたのに傘で懐柔されるなんて……あの男、許せません」
「怒りの矛先がそっちに行くんだ?」
「猫に罪はありません。罪があるのはいつだって人なんです」
「深いなぁ……深いかな?」
でも気持ちは分かる。飼い主よりもたまに来る親戚に甘える犬とか、散歩の時間減らすぞコラとか、次の予防接種はだまし討ちしてやるって思う。アイツら分かってやってるよね、小悪魔どもめ。でも、そういうとこも好き。
『マリアちゃん、もう諦めよう。マリアちゃんの周りにカプいことはないよ……』
『そうみたいですね……なんで私の周囲って言ったんです? それ、私も含まれてますか? 私は彼氏がいないだけで、いつだって心はカプいですよ?』
『こわ! 声が怖いってば!』
おっといけない。エスカリテ様を怖がらせちまった。でもね、そろそろ私にも春が来て良いと思うんだ。もちろん、エスカリテ様がいつか見つけてくれる最高の彼氏には期待しているけど、その前に出会いがあったっていいじゃない。春一番まだ?
「おーい、マリア、ちょっと助けてくれ」
「ガズ兄ちゃん? うっわ、かわいい。どうしたの、その子」
「あわわわわ……!」
ガズ兄ちゃんの足元に白い猫がいる。なんかちょっと汚れているから野良猫かな?
「なんかずっと付いてくるんだよ。別に餌をあげたわけじゃないのにな」
「なんだろうね……リュートちゃん、ちょっと落ち着いて」
リュートちゃんが何か変な踊りをしている。いや、踊っているんじゃなくて、慌てているのかな? 餌を探してポケットを漁ってるの?
「にゃーん」
なんか私の方をすっごい見つめてる。犬派か猫派のどちらかと言われても私はどっちも好きだ。コウモリ野郎って呼ばれてもいい。どっちも正義なんだよ。
『嘘でしょ……!』
『エスカリテ様?』
エスカリテ様がなんかものすごい驚いているけど、この猫に驚いてるの? 確かに可愛いけど、神様が驚くほどじゃないと思うんだけどな。
『なんか懐かしい匂いがすると思ったらやっぱエスカリテだったか。久しぶりだなー、元気か?』
え? 誰の声? もしかしてこの猫? 私の頭の中に聞こえたの?
『貴方、ギザリア!? なんで猫!? というか記憶があるの!?』
ギザリアってカクテルのレシピの……え? 神様ってこと!?
『なんか猫に転生しちまったみたいなんだよな。それはいいんだけさ、猫じゃ酒が買えなくてよ、昔のよしみで酒を奢ってくれよ。マタタビじゃ酔えねぇのよ、これが』
猫にマタタビ……酔っぱらった感じになるけど、酔ってるわけじゃないとか聞いたことがあるようなないような。いやいや、問題はそこじゃない。大昔に亡くなったはずの神様がいることが問題なんだけど、どうすんの、これ?




