女神様の過去
『マリアちゃん、おはよー』
『おはようございます、エスカリテ様。信仰心は上がりました?』
『モチのロンよ! マリアちゃんがあの二人に布教してくれたおかげ!』
『それは良かったです。どれくらいのことができるようになりました?』
『今なら鳩を五羽飛ばせるわ!』
『しょぼ』
『酷くない!?』
とはいえ、信仰心が上がったことはありがたい。昨日、あのカップルを助けて信頼しているという人に預けたんだけど、初日に声をかけてくれたカフェの店長さんだった。元冒険者という肩書あるらしく、店長さんのおかげであの辺りは治安が良いらしい。最近だと私が一番のアウトローだったわけだ。
ぶちのめした相手は冒険者ギルドに所属するそこそこ強い人たちらしく、店長さんがギルドに抗議しておくとのことだった。そこそこ強い人たちをぶちのめしてしまった私に疑惑の目を向けられたけど、誠に遺憾です。彼女さんがものすごくお礼を言ってくれたから、疑いの目もほんの数秒だけだったけど。
それに私が巫女だと自己紹介したら、さらに感謝された。基本的に巫女はお布施を貰って神様にお伺いを立てることがメインだそうで、無料で助けるなんてしないのだとか。お布施は不要と言ったら感謝してくれた。そんなつもりで助けたわけじゃないしね。代わりに信仰してくださいと言ったら、不思議そうな顔をされたけども。
そんなわけで一件落着。寝具用のシーツと枕が買えなかったのは残念だけど、一日くらいどうってことない。でも、今日こそ買いに行こう。それとジャガイモが欲しい。教会の庭で育てないと。たとえ太っても私はフライドポテトが大好きです。
『今日も買い物に行きますね』
『うん。でも、その前に聞いていい?』
『いいですよ。何を聞きたいんですか?』
『前からちょっと思ってたんだけど、私以外にも神っているの?』
『え? もちろんいますけど?』
『そうなんだ……?』
『質問の意図がよく分からないんですけど、なぜそんな質問を?』
『ほら、昨日助けたカップルが他の神の信者だったけど、私の信者になるって』
『言ってましたね。でも、それが?』
『神って私だけだと思ってたけど他にもいたのね、びっくり』
ちょっと待って欲しい。これはどう捉えたらいいんだろう? こういうのはちゃんと確認しておかないと後々大変になる。情報のすり合わせは大事。報連相は基本。
『私の常識とエスカリテ様の常識に違いがあると思うんです。買い物に行く前にもっと話しましょう』
『そうよね、私って結構寝すぎたのかも。いつの間にかそんなことになってて驚いちゃった。なんで神がいるの?』
『エスカリテ様だって神様でしょうに』
『そうなんだけど、だからこそ他に神がいるなんて驚いちゃったのよね。その神って偽物なんじゃないの?』
『なんてこと言うんですか』
他の神様たちから怒られる。というか色々なところから怒られてしまう。補助金がでなくなったらどうする。もしかしてエスカリテ様って自称神? 邪神だと思ってる悪魔って可能性があるのかも。悪魔でも私の理想の男性は見つけて欲しい。魂は売らんけど。
『マリアちゃん、変なこと考えてない?』
『いえ、まったく。なんでエスカリテ様は他に神がいないと思っているんです?』
『んー、引かないって約束してくれる?』
『引く?』
『どれくらいの時間が経ったか明確には分かっていないんだけど、昔、ちょっとやらかしてね。今の時代だと引かれそう』
『分かりました、引かないので言ってください』
『昔、キレて他の神どもを皆殺しにしちゃったのよね。てへ』
『うっわ……』
『引かないって言ったよね!?』
『時代に関係なく引く案件ですよ! 最後の、てへ、にも!』
エスカリテ様は本当にただの邪神だった。ものすごく神殺し。でもなぁ、数日の付き合いしかないけど、エスカリテ様が悪い神様の様に思えない。てへ、なんて可愛らしく言ってるし、皆殺しと言っても人と神では意味合いが違うのかも。違うと言って欲しい。
『確認ですが皆殺しの定義って人と神で同じですか?』
『確かにちょっと意味合いが違うかもしれないわね』
『では、エスカリテ様がいう皆殺しとは?』
『神格を奪って、魂を輪廻の渦に放り込む感じ?』
『良く分からないです』
神格とか輪廻の渦が良く分からなかったが、エスカリテ様の説明だとこうだ。
神が神であるためには神格というものが必要。つまり、それを奪って神ではない状態にしてから、その魂を輪廻の渦――魂を循環させるシステムに投げ捨てたということ。なので、この世のどこかに元神の魂を持った人がいるかもしれないってことだ。なんとなく分かったけど、なにしてんねん。
『エスカリテ様は何にキレたんです? 推しのカップルに何かされたとか?』
『うん。それでキレちゃった』
『カプ厨の中でも最悪のサイコパス派じゃないですか!』
『だって、苦難の末にあの子達は結ばれたのよ!? それなのに馬鹿な神どもが自分たちの都合と勢力争いのためにあんな酷いことを! それであの子達は悲しい結果に……! 私はね、これまでカップルがどんな悲しい結果になっても受け入れてきた。それが本人達の選択だから仕方ないって。でも、神々が介入したことであんなことになるなんて……そんなもん、ぶっ殺すって! 二度と神と名乗れないように念入りにやってやったわ!』
おおう。姿は見えないがすごい怒りを感じる。でも、これで分かったことがある。エスカリテ様は仲間である神よりも人のために怒ることができる神様なんだ。ぶっ殺されちゃった神達には申し訳ないけど、人として生まれた私には嬉しい話だ。
もしかすると邪神と呼ばれていたのは他の神様たちに喧嘩を売ったからだろうか。その後、エスカリテ様、マジ女神って文献には書かれていたらしいけど、人のために神たちと戦ったからという可能性がある。カプ厨っていうのも、推しのカップルのために怒ったから言われたんじゃないかな。
エスカリテ様の普段の言動からすると想像できないけど色々あったんだろう。ちょっと雰囲気が悪いし、ここは私も秘密も共有しておくか。こんなんでどうにかなるわけでもないけど、引いてしまったお詫びみたいなものだ。
『事情は分かりました。確かに引きましたけど、人のために怒ってくれたのは嬉しいです。代わりと言っては何ですが私の秘密を教えます』
『マリアちゃんの秘密?』
『実は私、転生者なんですよね。こことは別の世界で生きてました』
『え? 嘘? 本当!?』
『最近、記憶が戻りまして』
『マリアちゃん、それってすごくレアよ!』
ずいぶんと驚いている感じだけど、そんなに驚くことだろうか。たぶん、転生者って大昔からいると思うんだけど。でも、ちょっと怒りは収まったかな。驚きの方が強くなってる。よし、このまま話を進めよう。
『そんなに珍しいですか?』
『結構珍しいわね。長く生きてるけど、話せたのは一人くらいだし』
『そうなんですか?』
『うん。その子から異世界の話を良く聞いたわー。マリアちゃんと同じ世界から来たのかしら?』
『分かりませんけど、どんな話してました?』
『腕が二本しかなくて不便だとか、大戦争で惑星を二つくらい失ったとか』
『私がいた世界とは違いますね』
『それは残念。あ、そうそう、種として絶滅しそうだったから、別の惑星に新しい生命体を作って送り込んだらしいの。後になって地球って呼ばれてたらしいけど、知ってる?』
『私が住んでた星に何してんだ』
いや、逆か? もしかしてものすごく過去の話で新しい生命体って人間か? くそう、知りたくない。
それはもう忘れよう。たぶん、何の関係もない。問題はいないはずなのに神様がいることになっていることだ。エスカリテ様が嘘をつくとは思えない。長い間寝てたって言うし、その間に新しい神が生まれたのかも。念のために私が知っている神様のことを聞いてみよう。
『神様の話に戻しますけど、戦神マックス様って知ってますか?』
『誰それ?』
『有名な神様の名前です。冒険者とか騎士様にかなり信仰されてます』
『知らない』
『なら芸術神ミリリン様はどうです?』
『全然知らない』
『誰なら知ってるんですか?』
『一番むかついた神ならナギスダかな。いまだにはらわた煮えくりかえる……!』
『知らないですね。何の神様なんです?』
『何の神ってのが良く分からないんだけど、今の神って何かをアピールしてるの?』
『え?』
神様ってそれぞれに専売特許というか、得意な分野があるんじゃないのだろうか。剣神とか弓神とか細分化されている感じのマイナー神もいるけど、基本的には何かに特化した感じの神様なんだけど。
『昔の神って大概なんでもできたよ』
『そうなんですか』
『代わりに人の信仰心が必要だったけど』
『今の神様は違うんですかね?』
私とエスカリテ様が同時に唸った。でも、よく考えたらどうでもいいかな。別に困ることないし。エスカリテ様はどうだろう。
『エスカリテ様は今の神様について気になります?』
『よく考えたら別にどうでもいいかも』
『なら特に調べない方向で。触らぬ神に祟りなし』
『素敵な言葉ねー。でも、私の趣味を邪魔したら潰すわ!』
『カップルを破局させる神なんていないと思いますけどね』
失恋神とかいたっけ? 逆に恋愛神とかなら仲良くなれるのかも。まあいっか。色々と面白い話を聞けたけど、それでお腹がいっぱいになるわけじゃないし、はるか昔のことだ。そんなことよりも今は生活基盤を盤石にする方が大事。最高の生活を送るために今日も張り切って行こう。