女子力
『マリアちゃん、いいお嫁さんになれるわよ!』
『炊事、掃除、洗濯……男を騙すテクニックは全て習得済みです』
『訂正していい? マリアちゃんは腹黒いお嫁さんになれるわ!』
買い出しで色々な物を揃え、教会を隅々まで掃除した。労働の後の食事は美味い。芸術的なまでの薄切りニンジンを使った野菜スープは最高だ。いつもは賞味期限をかなり超えた野菜のスープだけども、今日は新鮮。刻んだベーコンと相まって胃袋に染みるぜ。
私の溢れんばかりの女子力をエスカリテ様に褒められたが、それを男性に披露したことはない。孤児院の子達はノーカン。昨日、瀕死にまで追いやった男には頭突きを披露してやったが。一応あれも女子力だろうか。
『マリアちゃん、お仕事終わった? 恋バナしようよ、恋バナ』
『昨日話したじゃないですか。頭突きかましてお金を奪ったって』
『それは追い剥ぎの話でしょ?』
そうとも言う。でも、私の恋バナはそれくらいしかない。前世ならツボを買わされそうになった話があるけど。あとは産業スパイだった奴もいたかな。七つの大罪を三つくらい網羅してた奴もいた気がする。
……ろくな男がいねぇ。だから前世の記憶を忘れてたのかも。こんなどうでもいい前世の記憶は忘れたままでいたかった。
おっといけない。あんな男どものことを思い出すだけで時間の無駄だ。もう夕方だし、夜に起きててもロウソクがもったいない。早めに寝よう……しまった。質素な暮らしが長すぎて大事なものを忘れていた。くそう、これもこれまでの男どものせいだ。
『マリアちゃん、どうかした? さっきから顔が怖いんだけど』
『ちょっと恋バナを思い出していただけです』
『殺し屋みたいな顔をしてたけど、彼氏が暗殺者だったとか?』
『そういうタイプはいなかったですね。もっとひどいのはいましたけど』
『暗殺者よりひどい彼氏って何?』
『それよりも買い忘れた物があるので出かけます』
孤児院暮らしが長かったせいか、シーツと枕を買うの忘れた。もう大量の藁に潜って寝る必要なんてないのに。睡眠大事。
『もう夕方なのに買い物? 危なくない?』
『日が落ちるまでまだありますから大丈夫ですよ』
それに王都は街灯がある。魔力で光るらしいから夜でも結構明るいらしい。それでも危ないと言えば危ないんだけど、辺境に比べたら王都は治安がいいから大丈夫だろう。
そんなわけで夕方の王都。大通り沿いの飲食店からは楽し気な声が聞こえてくる。これから仕事の愚痴を肴にお酒を飲むって感じか。私も飲みたいけど、まだ十八歳だからね、二十歳になるまでは駄目だ。異世界でもそういうのがあるのはちょっと楽しい。というか、この世界、絶対私以外の転生者がいたと思う。その人たちから色々と影響を受けている気がする。まあ、どうでもいいけど。
『ねぇねぇ、マリアちゃん』
『どうしました?』
『あの路地にいる子達って噴水で待ち合わせしてた子達じゃない?』
『え?』
路地と言われてどこと思ったけどすぐにわかった。薄暗い路地であの二人が数人の男たちに囲まれている。バレないように近づくと話し声が聞こえてきた。
どうやら男たちはあの女性に言い寄っているようだ。自分の方がお金があるとかかっこいいとか言ってるけど、逆に言えばそれしか良い要素がないのでは?
お金とか容姿は魅力の一つだろうけど、少なくともあの女性はそこに魅力を感じていない。私はお金に魅力を感じるけど、あんなことをしている男には魅力を感じないな。金だけくれ。
おお、朝にプレゼントしていた男性はちゃんと女性をかばっている。弱そうだけど、男気はあると見た。こういうのが真のイケメンだよ。私に寄ってくるのは雰囲気イケメンか詐欺師だけだが、こういう男性ってどうやって出会うんだろう? やはり策略が必要か。
あ、殴られた。さすが異世界。男気よりも武力が物をいう世界だ。しかも、女性が腕を引かれて路地の奥へ連れて行かれそうになってる。王都なのに物騒だなぁ。これなら辺境の方が治安が良いような気がする。
『マ、マリアちゃん! 誰か助けを呼ぼう!』
『そんなことしなくても大丈夫ですよ』
『そんな! 助けてあげないと!』
『え? ああ、そういう意味じゃなくてですね、私が助けます』
『え?』
『エスカリテ様が祝福したカップルを邪魔しようなんて巫女として許せませんからね』
それは口実。彼氏がいる女性を口説いてはいけないという法はないけど無理矢理はいかん。女性がなびくようなら放っておくけど、嫌がっているなら助けないと。
路地に入ってちょっと大きめの咳ばらいをする。全員が私に気付いた。
「お兄さんたち、ダサいよ」
「あぁ? なんだお前?」
「女性が嫌がっているかどうかわからないの? 空気が読めないとモテないよ?」
「空気が読めてないのはお前の方じゃないか? 変なお店に売られちゃうぜ?」
男たちはそう言うと下品に笑った。女性の方は「来ちゃダメ! 逃げて!」と私に言っている。殴られた彼氏さんもそうだけど、彼女さんも心がイケメンだった。そんな状況なのに空気を読めない奴らがニヤニヤしながら近寄ってくる。いいね、そうこなくちゃ。
「お兄さんたち素敵ですね」
「あ? なんだ、俺たちと遊びたかったのか?」
私の言葉の意味を勘違いしているみたいだ。ならちゃんと言ってあげないと。
「殴っても罪悪感を覚えなくていい人って素敵だと思いません?」
「あ?」
左足で思いきり踏み込み、右の拳で腹を殴りつける。えぐい角度でパンチが突き刺さった。男はくぐもった声をあげて腹を抱えながら膝をつき、前のめりになって倒れ呻いている。やはり頼れるのは武力。先生の言葉は正しいね。
「え?」「え?」『え?』
絡まれていた彼女さん、絡んでいた男たち、そしてエスカリテ様の驚きの声が重なる。
驚いていた男たちがすぐに凶悪そうな顔になったけど、もう遅い。残りの男たちにも腹部を狙ったパンチを食らわせた。別名、分からせパンチ。孤児院でも聞き分けのない新入りには分からせるために食らわせていた。別の意味で胃袋を掴まれたと言われたけど悲しくはない。私が孤児院を出たとき泣いて喜びやがって。王都に出てきたら覚えてろ。
おっと、そんなことを考えている場合じゃない。すぐさま倒れている彼氏さんを肩に担ぐ。
「お姉さん、今のうちに逃げますよ!」
「え? あ、うん!」
路地を出て大通りを走る。ここならまだ目立つし、追いかけてきても何とかなるはずだ。
こういうのは警察――じゃなくて、騎士団? いや、衛兵さんに保護をお願いすればいいのかな? でも、実質、強引なナンパみたいなものだから罪にはならないのかも。むしろいきなり武力を見せつけた私の方が危ない……? いや、先に彼氏さんを殴ったのは向こうだ。私は無実。
『ちょっとちょっと! マリアちゃん、あれ何!?』
『何って殴っただけですよ。ウチの孤児院は武闘派なので』
『武闘派の孤児院って何!?』
神様が驚くほどのことかな? 私が住んでた辺境の町は魔物が良く出るところだったから、武力が必要なんだよね。だから先生が色々と教えてくれたんだけど、確かに人が相手なら過剰な気もする。みっちゃんだったらもっと言葉巧みに男たちからお金を巻き上げた上に、衛兵に突き出す技術があるだろうけど、私にはそういう技術がない。方向性が違う女子力を上げ過ぎてしまった。
助けられたのはいいけど、時間的にシーツと枕を買う余裕がなくなってしまった。でも、仕方ないか。今日も昨日と同じように大量の藁に埋もれて寝よう。だいたいなんで教会にベッドがないんだろうか。
そうだ、このカップルさんたちにはエスカリテ様を信仰してもらおう。信仰心が上がってくれると助かる。そんじゃ、誰か信用できる人のところへ運びますか。