隣国の第二王女(別視点)
目の前の男はよりにもよってマリア姉さんをこの国の王族に迎え入れるつもりらしい。馬鹿馬鹿しい、マリア姉さんが望んだとしても私がそうはさせない。だいたい、こんな小国、さらには常に他国から狙われているような危険な国の王族なんて何の意味もない。
それにこの国の王族なんて辺境への支援金を十年近く横領されていた無能。マリア姉さんの功罪でもあるけど、マリア姉さんがいなかったらこの国は五年前になくなっていたわ。そんなマリア姉さんを娶ろうなんて身の程知らずもいいところ、世の中が見えていないって怖いわね。庶民ならそれでもいいだろうけど、王族がそれじゃいつ滅んでもおかしくないわ。
私が言った五年前に滅んでるという言葉にずいぶんと考え込んでいるみたい。分かっているのか、分かっていないのか微妙なところね。
「マリアさんがいなければこの国は五年も前に滅んでいるですか?」
「違うならそれでもいいわ」
「ミシェルさんは色々と知っているようですね。詳しく教えて欲しいのですが」
「タダで?」
「お金が必要ですか?」
「お金でなくてもいいけど、私が欲しい物を持っているとは思えないわね」
「なら金貨十枚で」
ちょっと驚いた。それだけの金貨を提案するなんて。価値が分かっていないのか、それとも払うつもりがないのかしら――普通にテーブルの上に置いてこちらへ渡してきたわね。でも、先に渡すなんて馬鹿なのかしら。それとも真面目なだけ? 意外と私程度ならどうとでもなるとでも思っている? 頭がいいのか悪いのか、それとも単なる馬鹿か、ちょっと読めないわね。
もっと子供のころに会ったときは聡明な感じはしたけれど、今はそんな風に思えない。この国の無能な王族って色眼鏡で見ているからかしら。ここは揺さぶってみた方がいいかも。
「いきなりお金を渡すなんて私を信用しすぎじゃない? まさか婚約者候補だったからなんて理由じゃないわよね?」
「まさか。ミシェルさんがマリアさんの妹だからですよ。お金を受け取って嘘をついたら、マリアさんの顔に泥を塗る行為に近いと思うのですが、どうでしょう?」
やられた。マリア姉さんと一緒に来たときのわずかな時間で私がマリア姉さんを慕っていると見抜いている。マリア姉さんの妹として何かを聞かれた以上、私がちゃんと答えると思っているようだけど、それは正解。お金を受け取ったとしても第二王女として聞かれたのなら、どんな嘘でもつけるけど、マリア姉さんの妹して聞かれたら嘘はつけない。立場なんて気持ちの問題ではあるけれど、私がその立場にこだわっていることがばれているなんてね。
気に入らない。コイツは私のことだけじゃなく、マリア姉さんのことまで理解している。マリア姉さんの普段の振る舞いを私が真似ると確信している……仕方ない、金貨十枚も受け取っているし、正直に答えてあげる。でも、最終的には答えても貴方の甘さは指摘してやるわ。
「いいわ、それで何を聞きたいの?」
「マリアさんがいなければ五年前にこの国がなくなっているというのはどういうことでしょう?」
「分かってて聞いてるの? それとも本当に分からないの?」
「……質問に質問を返すのはどうかと思いますが」
「質問すれば必ず答えがもらえるとでも?」
「お金を払いましたが」
「なら返しましょうか?」
そう言ってテーブルの上にある金貨十枚を相手側へ移動させる。
お金を払えば正しい答えを貰えると思っているなんてどんだけ甘いの。それとも私がこのお金に執着すると思ったのかしら。これだけでもマリア姉さんとは釣り合わないわ。というか、マリア姉さんはコイツの質問にいつも答えているってこと? コイツへの怒りがどんどんたまっていくんだけど。
そう思っていたらフレイティスが苦笑いをしながら金貨を私の方へと移動させた。
「いえ、それはお納めください。私が甘かったですね。先にミシェルさんの質問に答えましょう。簡単に言えば、だいたいの事情は分かっています。ただ、ミシェルさんがどのことを言っているのか分からないので、こちらの情報は出さずに聞きだしたいと思いました」
そんなことを馬鹿正直に言うなんて評価が難しいわね……まあ、いいけど。
「いいわ。辺境への支援金を横領されていることは知ってるのよね?」
「そうですね。ですが、ミシェルさんもご存じでしたか」
「気付かないアンタらが馬鹿なのよ」
「そう言われると返す言葉がないですね」
「マリア姉さんが色々やって辺境の税収が上がっただろうから気付くのが遅れたのね。でも、十年は長すぎでしょ」
「毎年税収が上がる土地でそんなことされているとは思いませんよ」
「辺境からの不満がなかったでしょうからね。同情だけはしてあげる」
本来なら支援金が減ったことで暴動が起きてもおかしくなかった。でも、マリア姉さんがやったことがそれ以上に利益を生んじゃったのよね。孤児院は年中貧乏で生活は苦しかったけど、マリア姉さんのおかげで亡くなった子はいないし、支援金が減ったとしても問題なかった。それがこの国にとっては問題なんだけど。
「マリアさんがこの国を救ってくれていたことは知っています。それがなければ辺境で暴動が起きていた可能性も分かりますが、五年前という具体的な数字はどこからきたのでしょう?」
「それが分からないってことは、誰が犯人なのかも分かっていないのね」
「調査中ではありますが、貴方はそれを知っていると?」
「うちの国しかないじゃない。実行犯なんて誰でもいいのよ。誰が仕向けているか。重要なのはそこでしょ?」
「……それをミシェルさんが言っても良いので?」
「私には関係ないもの」
私はあの国とは何も関係がない。私が生きていると分かってアイレダという護衛を寄越してきたけど、この子は単なる生贄。むしろ護衛に失敗することを望まれている。そんなつまらないことに人生を捧げなければいけない可哀想な子。こんなことをする国が私の生まれた国で、しかも同じ血筋の奴が命令したなんて笑うしかないわ。血がつながっているなんて何の意味もないわね。むしろ血がつながっているから殺されそうになったわけだけど。
でも、私を魔物が棲む森へ捨ててくれたのはありがたかったわ。そのおかげであの孤児院へ行けたし、マリア姉さんに会うことができた。王族なのに魔力がないだけで殺そうとするなんて、どれだけ器が小さいのよ。進言したのは他の王位継承者の仕業だろうけど、それに乗せられる父も大概ね。
コイツの婚約者にでもなれていれば私にも利用価値があってあの城にいることはできたけど、今となっては逃げだせて幸運よね。あんな牢獄から出られたのは僥倖よ。そう考えると、理由をつけて婚約を断ったコイツのおかげかしら?
「ルガ王国が我が国の誰かを唆していたと?」
「それしかないでしょ。五年前、辺境を独立させようとしたのよ。うちの国の息がかかった商人がどれだけ入り込んでいるのかもちゃんと分かってる?」
「……怪しげな商人の何人かに当たりは付けていますが」
「まだその程度? 良かったわね、あの孤児院にマリア姉さんがいて。独立はロディス先生をどうにかすることが重要だったみたいだけど、孤児院の運営が何とかなっていたから裏切るまで持っていけなかった。出入りの商人が孤児院の運営を悪化させたり、唆していたのにマリア姉さんがぼったくりを見抜いて出入り禁止にしたから」
フレイティスが口元を押さえて考え込んでいる。でも、ちょっと嬉しそうね。もしかしてマリア姉さんが活躍していたのが嬉しいの? なんかむかつくわね。
でも、同意見かしら。私も嬉しい。マリア姉さんがあの商人がぼったくりなのを見抜いたことでロディス先生がこの国に対して反旗を翻すことがなかった。うちの国が関わっていることは分かっていたけど、マリア姉さんは何も気づいてないのに排除していくから心の中で笑ってたわ。
マリア姉さんがやり過ぎたから私が危ない目に遭ったけど……あれは忘れられない思い出になったわ。あの時、思った。マリア姉さんにうちの国をあげようって。気に入ってくれるといいんだけどな。
「ミシェルさん?」
「え? なに?」
「考え事ですか?」
「思い出していただけよ。マリア姉さんは何も気づいてないのに、危ない奴らをどんどん排除していくから見ていて爽快だったわ。成人もしていないただの庶民がそれを潰すなんてね。とにかくそれが五年前。マリア姉さんがいなかったら辺境は五年前にロディス先生を筆頭に反乱、独立して、その後はうちの国の領地になってたわね」
「ルガ王国からの干渉に対応していましたが、辺境にも手が伸びていましたか」
「当たり前じゃない。干渉が一つだけのわけがないわ。だいたい、派手な方は囮に決まってるでしょうに」
「いまさらながらに痛感していますよ」
「なら、分かったでしょう?」
「……何をでしょう?」
「マリア姉さんに相応しくないってこと。アンタ、王族として何かしたの?」
何もしていないわけじゃないとは思う。おそらく司祭をしているのは教団の力を借りたいとかそんな理由。第三王子だから身軽な方ではあるだろうし、継承権争いからも逃れたいとかそんな理由かしらね。
王族が甘い国……だとは思うけれど、うちの国よりはマシね。でもね、そんな国にマリア姉さんは相応しくない。どう考えても苦労するのが目に見えてる。
「私はね、マリア姉さんには幸せになって欲しいの。アンタと一緒になんかなったら死ぬその日まで苦労するに決まってる。だから諦めて」
それにマリア姉さんの伴侶なら、この私がマリア姉さん好みのすっごいのを見つけてあげる。アンタなんかよりもはるかに良い男をね。




